大地の竜の試練
「水源が汚されていたが、無事に浄化することができたと……。サナというマンドラゴラにも感謝をしなければならないな」
世界樹に寄り添うように巨体を預け、私たちを見下ろす黒き竜。
その瞳には、感謝と同時に悔悟に近い感情を抱いているように見える。
このまま何事も無ければ、エルル大森林の問題は解決に至るのだから、嬉しそうにしているかと思っていたんだけど、まだ何か抱えているものがあるのかな。
「……この大陸を見守る聖獣として、できたことはあっただろうかと考えてな。我々聖獣はあまりにも強大な力を持つがゆえに、基本的には見守ることしかできない。それは守護者として正しいのだろうかと、思ってしまったんだ」
「ニーズヘッグ様を含め、聖獣たちが少しでも力を振るえば、大陸そのものに影響を与えかねませんもんね……」
脳裏に浮かぶは、各地で出会った聖獣たちとの邂逅の記憶。
腕を振るうだけで、空から落ちる災いを破壊する風の聖獣。
連続して降り注ぐ落雷を、瞬時に止めてしまう雷の聖獣。
巨大な海流を顕現させつつ、海を自在に操るレヴィア様。
大陸全土の魔力枯渇を防ぐため、世界樹の抑制を続けていたニーズヘッグ様。
それらは、使い方を誤れば大陸どころか、この世界をたちまちのうちに破壊してしまうものであり、おいそれと振るうことは許されない。
強大な力を有しつつも、大陸に住まう命たちを苦しめる問題に干渉できず、心苦しさを抱く気持ちも分かるけど。
「ですが、私たちがこうして平穏無事に生きていられるのは、聖獣の皆様のおかげじゃないですか。私たちでは対処しきれない災いを防いでくれているというのに、私たちで解決できる問題まで押し付けてしまっては、共に暮らす命として情けないと思います」
「適材適所だよね。ウチら魔法剣士だって得意、不得意、できる、できないがあるんだから」
「できない部分は任せればいい。心苦しくはあるが、その分、できることで挽回すればいいだけだからな。まあ、聖獣がそれを理解できていないはずがないのだから、何かしら別の思惑があるのだろうが」
私たちが出した答えに対し、ニーズヘッグ様は表情を変える。
人と竜という、あまりにも大きな隔たりはあるものの、その表情は笑顔だと私の心は確信していた。
「そう、世界を救う英雄と言えど、できる、できないは当然ある。任せられることであれば任せろ、越えるべき障害を確実に越えるために……な。よし、それでは試練を達成した証を与えるとしようか」
「「「え!?」」」
私たち三人は、そろって素っ頓狂な声を上げてしまう。
試練を達成したと言われても、内容は何一つとして聞かされていない上に、この森に来てやったことなんて、毒の治療位なものなのに。
私たちは一体何を達成したことで、何を認められたんだろう。
「我が試練を通してそなたの中に見たかったものは、他者に任せることができるかどうか、それだけだ。そなたたちの様子から察するに、我と戦う可能性を考えていたか?」
「え、ええ……。天災という強大な力を相手取るには、まず一番に力が必要かと思っていたので……」
「まあ、それは間違いではない。だが、天災を破壊できたとしても、その余波はどうする? まさか、そなただけでそれらまでをも破壊するとは言うまい?」
瞼を下ろし、天災に立ち向かった後の景色を想像する。
ニーズヘッグ様のお言葉通り、力で粉々に破壊しただけでは、破片が大地に落ちてきてしまうはず。
世界中に散らばることになるそれらを、私だけが対処するなんて絶対無理。
誰かに任せる、確かに大切なことだね。
「試練を乗り越えた証として、大地の聖獣の力を受け継ぎし存在――我が子をそなたに託そう。さあ、生まれてくるがいい」
そう言うと、ニーズヘッグ様は自身の鱗を剥がし取り、地面へと埋めてしまう。
私たちは顔を見合わせながら、それが埋め込まれた地点をじっと見つめる。
かなり深くまで埋められちゃったみたいだけど、ちゃんと出てこれるのかな。
ニーズヘッグ様の子どもなのだから、ドラゴンであることは確かなんだろうけど。
「生まれ出でることが命の最初の仕事ということだろうか。私たちにできそうなことと言ったら、応援することくらいだろうか」
「手を貸し過ぎるのは、ウチら魔法剣士の理念に反しちゃうもんね。頑張れ! 頑張って出ておいで!」
「あ! 地面が盛り上がって来たよ! あとちょっとだよ! 頑張って!」
声援が響く中、地面は少しずつ盛り上がっていく。
やがて土の頂点からは小さな角が、手が現れ、顔が現れる。
新たに生まれ出でた命はきょろきょろと周囲を見つめた後、私たち三人組に視線を向けると、もごもごと口を動かし始め――
「初めまして、皆さん~。大地の竜ニーズヘッグの子、ラタトスクと申します~。ラタとでも呼んでください~」
自身をラタトスクと名乗った黒い小さなドラゴンは、地面から体の全てを抜き取り、その全貌を私たちに見せてくれる。
全長は私たちの頭部程度しかないものの、ドラゴンだけあって全身が強固な鱗に覆われており、小さな手足の先には尖った爪が。
背中には小さな羽が生えていて、それを一生懸命動かして宙に浮こうとしている。
ところが、生まれたばかりなためか思うように大地から離れられないようだ。
「か、可愛い~! ね、ねえ! 触っても良いかな!? 抱っこしてみたい!」
「お、落ち着けミタマ……。気持ちは分からんでもないが、そんなにがっついたらこの子も困惑して――」
「抱っこ、してくれるんですか~? もちろん、大歓迎ですよ~」
許可が出るや否や、ミタマちゃんはラタちゃんを抱き上げる。
同じ聖獣の子であるテペス君と比べるまでもなく、甘えん坊というかなんというか。
気質的には穏やかな子なのかな。
「試練達成の証と言っておきながら、押し付けるような真似をするわけだが……。どうかその子と共に世界を巡り、世界というものを教えてやって欲しい。聖獣の一翼として、世界を見守れるように……」
「もちろん、大歓迎ですよ! 私はレイカ! あなたを抱っこしている子がミタマちゃんで、こっちがイデイアちゃん! よろしくね、ラタちゃん!」
「レイカさんにミタマさん、イデイアさんですね~。こちらこそ、よろしくお願いします~」
抱っこされっぱなしのラタちゃんは、尻尾と翼をゆらゆらと動かしながら返事をしてくれた。
う~ん、すっごく可愛い。
あとで私も、抱っこさせてもらおっと。
「受け入れてくれたこと、感謝するぞ。ラタトスク、お前がどのような聖獣に至るか、その日が訪れるのを楽しみにしている。さあ、人と共に世界を見ておいで」
「分かりました、パパ~。不肖、ラタトスク。世界を見て回ってきますね~。レイカさん、ミタマさん、イデイアさん。よろしくお願いします~」
のんびり屋な聖獣の子、ラタちゃんを旅の一行に加え、私たちは世界樹から離れる。
ケラスの里へと戻り、新たな聖獣が生まれたことを報告すると、その日の内に盛大な宴会が催されることになった。
異なる土地の食事に舌鼓を打ち、踊りと音楽を楽しんでいるうちに夜となる。
疲れ果て、眠くなった私たちはベッドに入り、眠りに就く。
こことは異なる土地で聖獣と出会い、試練を受けている様子を夢に見ながら。




