薬液を撒いて
「お待たせしました。世界樹の朝露を用いた特製薬液、完成しましたよ」
ケラスの里へと戻ってきた私たちは、スイレンさんに世界樹の朝露を渡し、薬が完成する時が来るのを待っていた。
製薬が行われていた部屋から出てきた彼女の手には、美しく輝く液体が入った小瓶が。
持ってきた朝露は決して多くない量ではあったけど、これで汚染された樹々全てから毒を抜くことができるのかな。
「見た目では分かりにくいでしょうが、ほんの一滴垂らすだけで樹木に染み込んだ毒を消し去ることができるんです。使いすぎると逆に悪影響を与えてしまうんですよ」
「この森の大きな樹たちが、ほんのちょっぴりの薬液だけで……? そんなに強力だと、人に使うのは難しいんでしょうか?」
「薄めれば使えるらしいが、急激に効果が落ちてしまうそうだ。その加減を見極めるのもまた難しく、調整を行える者はごくわずか。当然、私は無理だった」
私の質問に答えてくれたのは、スイレンさんの元で作業を見学させてもらっていたイデイアちゃん。
制作された薬液の更なる説明ができている辺り、真剣に作業工程を見学していたみたいだね。
「ええ、それはもう。あれほどの熱意を感じたのは、ナナさん以来でしょうか?」
「し、知り合いとはいえ、大魔導士様と比べられるとは……。恐れ多いですよ……」
そう言いつつも、スイレンさんの言葉に嬉しそうにしているイデイアちゃん。
魔法族という、魔法と強い関わりを持つ種族である彼女も、ナナお姉ちゃんは尊敬に値する人って思ってくれているみたいで、私も嬉しいな。
「薬液の適量については既に教えてもらっている。早速、樹々に撒きに行くぞ」
「うん、分かった! スイレンさん、もしヴォミットフロッグが現れた時は討伐しちゃっても?」
「ええ、構いません。森の各地で守り人たちが作業及び討伐をしているはずなので、困った時は声をかけてあげてくださいね」
受け取った薬液を大切にカバンの中に入れ、私たちは家の外に出る。
待機していたシルバルさんと合流した後、ケラスの里の外に広がる大森林へと進むのだった。
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「む、ここの樹木は汚染されているようですね。早速、薬液を撒いてみましょうか」
シルバルさんが指し示す先に視線を落とすと、ヴォミットフロッグが吐き出したと思われる毒が付着している樹木が。
これに薬液を使えば、治療ができる。
ほんのちょっと使えば良いとは聞かされているけど、付着している毒の量を見ていると、本当にちょっとだけで大丈夫なのかなって思っちゃうな。
「効能を見たわけじゃないから、どうしてもな。とはいえ、長年この薬を使っているエルフたちが言うんだ。私たちの知識や経験などあってないようなものだろうさ」
イデイアちゃんは薬液を丁寧に測り取り、毒に落とす。
ポチャンと水滴が弾ける音が響くと同時に、紫色の液体に波紋が広がり、毒々しかったはずのそれから色が抜けていく。
あっという間に透明な液体になってしまうと同時に、毒を受けていた樹木が一気に活性化していった。
「すごい……。こんなに一瞬で、治療が終わっちゃうなんて……。自己判断で行動しなくて、本当に良かったよ……」
「毒が消えるだけじゃなく、快気に至らせてしまうとはな……。どこか恐ろしくもあるが、いまはこれが頼りだ。他の場所に向かうぞ」
薬液の効能に恐れ戦きつつ、森の奥へと進んでいく。
私たち同様に毒の排除を行っている守り人たちと情報を交わしたり、現れたヴォミットフロッグと戦ったりしながら薬液の散布を続けていると、ひときわ大きな毒の沼を発見した。
さすがに広大な範囲の毒を消すのは難しそう、などと考えていると。
「おや? 良い香りに誘われてやってきたら、エルフじゃない人たちが」
背後から聞こえてきた声に身を跳ねさせながら振り返ると、そこにはつやつやとした緑色の髪を腰の長さまで伸ばした人物の姿が。
一瞬、エルフの守り人かと思ったものの、よくよく見ると耳は尖っていない。
髪の毛のように見えるものは、長く、長く伸びた葉のようだ。
もしかしなくとも、この方は――
「マンドラゴラさん、ですか?」
「ああ、そうだよ。私はこの大森林に住まうマンドラゴラ。エルフの皆からはサナと呼ばれているよ」
自身をサナと名乗ったマンドラゴラの方は、私たちにニコリと笑顔を見せてくれた。
その表情は女性の物に――いや、どことなく男性っぽく見えてくる。
確か、マンドラゴラには雌雄の区別はないって話だっけ。
同じくマンドラゴラのパナケアちゃんは女の子っぽい見た目だし、人と同じように個体によって見た目や性格も変わって来るってことなのかな。
とりあえず、男性として扱わせもらおっと。
「すんすん……。なるほど、その薬液からは我々の香りがするね。しかも、深く温かい香り……。なるほど、始祖の物を使って毒の治療をしてくれていたんだね」
「確かにその通りですが……。始祖の物とは?」
ミタマちゃんの質問に対し、サナさんはふふふと笑うだけで答えを返してくれなかった。
始祖の物というと、遥か昔から存在している世界樹のことを指しているように思えるけど、マンドラゴラと世界樹にどんな関係があるんだろう。
同じ場所に暮らしている以外にも、他にも秘密があるのかな。
「森を侵食する毒を何とかしたいと思っていたところに、始祖が手を貸してくれるとはね。いまを生きるマンドラゴラとして、情けない真似はできなさそうだ。すまないが、その薬液を貸していただけないかな?」
「それは……。どうする? 二人とも」
「ウチは問題ないと思うよ。専門家に任せちゃった方が、安心だし!」
「私も同意見! マンドラゴラさんの治療法も見てみたいからね!」
意見が纏まり、サナさんの手に薬液の瓶が渡る。
彼は瓶内に収められたそれを、ちぎり取った自身の葉の上に掬うと毒沼そばに近づき、跪く。
口元に薬液を乗せた葉を寄せ、大きく息を吐きだすと。
「わぁ……! 綺麗……!」
吹き散らされた薬液は、息から風へと移動し、毒沼全域に広がってからゆっくりと落下していく。
紫色に染まっていた土地は彩を取り戻し、美しい泉へと変化するのだった。
「ここは泉だったのか……。毒に汚染された水源ということは、かなりの生命たちが影響を受けていたんじゃないか?」
「その通り。水源自体はいくつもあるとはいえ、地下茎を通して少しずつ他の水源をも汚染してしまう。早めに対処ができなければ、この森は全滅していただろうね」
サナさんから何気なく放たれた言葉に、体が大きく震える。
私たちがこの森を訪れていたかったとしても、エルフの人たちが対処をしていたのは確かなはず。
けれど、知らぬ間に一つの種族と、数多くの生命たちの住む場所が無くなっていた可能性を思うと、あまりにも能天気でいすぎたかもしれない。
気を抜くことは大事、楽しんだり好奇心に誘われたりすることも必要なことだけど、後に起こりうる事象も想定していなければ、危険や異常事態を見落として大問題に発展しちゃう可能性がある。
ニーズヘッグ様からの試練は、まだ説明すらされていないんだから、気を引き締め直さなきゃ!
「この場まで、薬液を持ってきてくれてありがとう。地下の汚染に関しては、時を置けば解決に至るはず。いるべき場所へと戻り、報告をしておいで」
「分かりました。お手伝いをしていただき、ありがとうございました」
サナさんと別れ、ケラスの里方向目掛けて歩き出す。
集落へは問題なくたどり着き、スイレンさんへの報告を済ませた後、少々休憩してから世界樹へと続く道を進む。
樹々の影を抜けてきた私たちの姿を見て、ニーズヘッグ様は優しい微笑みを浮かべてくれるのだった。




