世界樹の朝露
「おい、起きろ。そろそろ動き出さなければ、朝露が取れなくなるぞ」
「う、ううん~……? もう、そんな時間……?」
体をゆすられる感覚で目を覚ますと、呆れた様子の表情を浮かべながら、私を見下ろしているイデイアちゃんの姿が。
カーテンに隠された窓に視線を向けてみると、そこから太陽の光が入り込んできている様子はなく、いまだ外は暗い。
朝露が取れるのは早朝だけと言われているけど、何もこんな暗い状態で起こさなくてもいいのに。
「私の方も、朝早くに動かなければ素材回収に間に合わないものがあるんだ。起こさずに出かけても良かったが、お前もミタマも暢気な部分があるからな。起きそびれる可能性を思えば、起こしておいた方が確実だろう」
「それもそっかぁ……。んぅ……! ん~! 起こしてくれてありがとね。おはよ、イデイアちゃん!」
ベッドに入り続けていれば再び眠ってしまう可能性があるので、這い出でながら体を伸ばす。
あとは身支度をして朝ごはんを食べれば、眠気は吹っ飛ばせるかな。
「ミタマちゃんはもう起きてるの?」
「アイツもまだ寝ているはずだ。これから起こしに行って来るから、お前は食事の準備をしておいてくれ」
身支度、朝食の準備を始めていると、いまだ眠気に抗えないでいるミタマちゃんが、フラフラとしながら部屋から出てきた。
イデイアちゃんが補助をしている様子を見るに、私よりも酷い寝起きになっちゃったみたいだね。
昨日作った料理を温め直し、新鮮な野菜をちぎって簡単なサラダを作れば朝食は完成。
顔を洗いに行ったミタマちゃんが、リビングにやって来るのを待つ。
「全く……。普段よりもかなり早い時間での起床とはいえ、こうも寝起きが悪いとはな……。出かける前までにはしっかり目を覚ましておけよ?」
「うん……わかったぁ……。おはよぉ、レイカちゃん……」
「おはよ、ミタマちゃん。ふふ、私たちの中で一番のお姉さんが、ふにゃふにゃになってるの、ちょっと面白いかも」
お姉さんという言葉に反応したのか、ミタマちゃんは自身の頭を横に振りつつ、頬をぺしぺしと叩き出す。
色々と頼りにさせてもらっているところがあるから、こうやって弱い部分を見せてもらうのは結構新鮮。
イデイアちゃんの弱い部分も見つけられたらいいのになぁ。
「言いたいことは分かるが、弱みを握りたいと言っているようにしか聞こえないぞ……。いくら身内とはいえ、そう易々と教える訳が――」
「イデイアちゃんはね、くすぐりに弱いんだよ。それ、こちょこちょ」
「ひあ!? ちょ……! 止めて……!」
仲間同士でのちょっかいの掛け合いもそこそこに、私たちは今日の予定を確認しながらの食事を始める。
私はミタマちゃんと共に世界樹へと赴き、朝露の回収を。
イデイアちゃんはケラスの里に残り、スイレンさんたちエルフの薬師の方々と共に毒消しを作る。
お喋りをしながらの朝食はあっという間に終わりとなり、それぞれの目的目掛けて動き出すのだった。
●
「おお~。ケラスの里から見てもでっかいな~って思ってたけど、間近で見るともはや圧倒されるなんてものじゃないね~」
エルル大森林を進み、世界樹のすぐそばまでやって来たその時、ミタマちゃんが大樹を見上げながら感嘆の声を上げる。
この森の中どころか世界で一番大きな樹だから、圧倒される気持ちは良く分かる。
既に間近で見たことがある私ですら、一回目とほぼほぼ同じくらい感動してるかも。
「圧倒されるものは世界樹だけじゃないよ? 樹のそばにはニーズヘッグ様もおられるんだからね!」
「大地の竜、ニーズヘッグ様か……。三年前の大海嘯事変を思うと、おっきなドラゴンって言葉に不安を覚えちゃうけど……。ケラスの里の人たちが安心しきっている様子を見るに、無用な心配なんだろうね」
「我々エルフは、この森に生まれた瞬間からニーズヘッグ様の庇護を受けているようなもの……です。あの方がおられることで安心することはあっても、不安に覚えるようなことはな……いでしょう」
相変わらず変な喋り方をしながら、私たちを世界樹へと案内してくれているイチョウさん。
他の守り人の方に案内を代わってもらうのかなって思ってたけど、ニーズヘッグ様と出会える人は限られているらしいから、変わらず彼が案内することになったみたい。
イチョウさんとお喋りすることは、お互い戦いに身を置く存在として知見になるし、聖獣の庇護を受けている者としても情報を交わせる。
何より、知り合いである彼となら安心できるしね。
「ま~た、レイカちゃんはそうやって……。期待させ過ぎちゃうのも罪なんだよ?」
「え!? 罪ってどういうこと!? 私、捕まっちゃうの!?」
言葉の意味が分からず、ミタマちゃんに質問をしてみるも、自分で考えろと言われてしまう。
いつもなら教えてくれるし、分からなくても一緒に考えてくれるんだけど、今日はどうしたんだろう?
「ゴホン。まもなく森を抜け……ます。ニーズヘッグ様に失礼のないよう、お願い……します」
正面からは強い光が漏れ出し、私たちを強く照らしだす。
あれを抜けた先にニーズヘッグ様がおられる世界樹がある。
胸の奥が強く鼓動を打ち始めたのを感じながら、光を抜けると。
「来たか、次代の英雄候補よ。久しぶりだな」
お腹の奥に響きそうな、低く大きな声が聞こえてくる。
まばゆい光に慣れていない瞳を瞬かせながら声の方向へと視線を向けると、巨大な樹木にその大きな体を巻きつかせるようにしている巨大な竜の姿が。
あの方こそが大地の竜ニーズヘッグ様で、この森どころかアディア大陸そのものを見守る存在。
レヴィア様と肩を並べる、聖獣の一翼だよ。
「お久しぶりです、ニーズヘッグ様! ご健勝のようで何よりです!」
「ああ、ありがとう。ふふ、お前を見ていると懐かしさがこみ上げてくるな。お前が――お前たちが初めてこの森を訪れた時、我は病におかされていたんだったか。当時と比べるまでもなく、心身ともに成長したようだな」
ニーズヘッグ様よりお褒めの言葉を賜ったことで、口元が緩む。
初めてこの地を――この森を訪れた時、彼は魔力に関わる病に臥せっていたの。
かつてこの地に存在していたスターシーカーに、大量の魔力を注ぎ込むという使命を果たそうとしていたんだから、大きな影響を受けてしまうのは当たり前のこと。
そんな時に私たちがこの森を訪れ、パナケアちゃんの葉を用いて薬を作ったことで、快復できたんだよ。
「試練についてのお話も聞きたいところですが、まずは世界樹の朝露をいただくために参りました! あ、それと紹介をしないとですよね。私の隣にいる子は、私の仲間でお友達のミタマちゃんです!」
「うぇええ!? きゅ、急に紹介されても……。ご、ご紹介にあずかりました……。み、ミタマです……」
いつもはマイペースなミタマちゃんも、いまばかりは緊張している様子。
レヴィア様との会話は問題なくできていたから大丈夫かと思ったけど、こんなに大きなドラゴンと相対していればさすがに緊張しちゃうか。
「ほう、レイカの……。ゴホン。ミタマというのか! よく来てくれたね、歓迎するよ!」
突如として話し方を変えたニーズヘッグ様に対し、激しい違和感が胸中に出現する。
それはミタマちゃんもだったらしく、引きつったような表情にも、呆けているようにも見える表情を浮かべだす。
こんなにも大きくて立派で威厳に満ちたドラゴンが、フランク寄りの話し方をする姿を見ると、動揺の方が勝っちゃうよね。
「え、ええっと……。さ、先ほどの話し方をされる方が、ウチとしては楽かもしれません……」
「む、そうか……。少しでも緊張が解ければ良いと思ったのだが……。他者が求める形を探し求めるのも、なかなか難しいものだな」
口調を元に戻したニーズヘッグ様のお言葉に、うんうんとうなずくイチョウさん。
イチョウさんも口下手なところがあるし、ニーズヘッグ様と彼は似た者同士なのかな?
「挨拶はこれくらいにするとして、世界樹の朝露だったな? もうそろそろ落ちてくるはずだから、持っていくと良い。器は持っているか?」
「はい! スイレンさんからお借りしたものがありますので!」
私たちはカバンから小さなツボを取り出し、世界樹の根元へと近づく。
ほぼ真上を見上げるような体勢になった瞬間、葉の間でキラリと輝く何かを見つける。
落下点を予測して移動をし、ツボを掲げると――
「やった、取れた! これが世界樹の朝露か~」
ツボの中を美しい水で満たした私たちは、ケラスの里へと戻るのだった。




