再訪、ケラスの里
「珍しいことに、ヴォミットフロッグが大繁殖してしまってな。この森のあちこちに出没するようになってしまったんだ。吐き出した毒が樹々に触れると傷んでしまうから、退治してくれて助かった」
「お気になさらず。エルフの方々には色々とご援助いただいておりますからね。多少なり、恩を返せたのであれば」
先ほど倒したヴォミットフロッグに関わる話をしながら、私たちの前を歩くシルバルさんとイチョウさん。
モンスターが急増するとなると、三年前の大海嘯事変を思い出しちゃうけど、そこまでの被害にはなっていないのかな。
「あ、ああ……。さすがにあれほどにはな……。と、とはいえ相手は毒持ち。厄介なことには変わりないのさ……」
私からの質問に対し、イチョウさんは動揺したそぶりを見せながら答えてくれる。
彼は異性との会話がすごい苦手らしくて、緊張でうまく喋れなくなっちゃうんだって。
三年前は普通に話しかけてくれたのに、なんか変な感じ。
「このエルル大森林にも、諸大陸から多くの人々が訪れているのでしょう? その方々との会話はどうされているので?」
「異性との会話は、基本的に他の奴らに任せているんだ……」
イチョウさんの返答に対し、質問をしたシルバルさんは大きく溜息を吐く。
私も、ヒューマンの人たちに話しかけるのが苦手だった時期があるから、気持ちは分かるかな。
お兄ちゃんやお姉ちゃん、ミタマちゃんのおかげで問題なく話しかけられるようになったから、イチョウさんにも理解者が現れれば――
「もったいないよねぇ~。カッコイイし、強いし、冷静なのに」
「私たちのような知り合いとも思うように話せないのでは、矯正も難しいだろうな。宝の持ち腐れもいいところだ」
辛辣かつ、失礼な言葉をささやき合うミタマちゃんとイデイアちゃん。
シルバルさんと話しているから気付いていないみたいだけど、間近でイチョウさんが聞いていたら落ち込んじゃうんだろうなぁ。
「モミジちゃんは――確か、旅に出ちゃっているんですよね」
「あ、ああ……。お前の弟と一緒に……な。世界が開かれた以上、一所に留まらせているのももったいないと思って行かせてみたんだが……。アイツがいればな……」
モミジちゃんという人物は、イチョウさんと同じく、この森の守り人――の見習いの女の子。
明るく元気で、誰にも物おじしないで物事を伝える子だから、彼にとっても良い話相手だったと思うんだよね。
旅に出て経験を深めることは大事だし、外界の情報を集めてくるのも良いことなんだけど、支障が出ちゃうのは見逃せない。
ここに滞在している間、私がイチョウさんとお話することで少しは改善されるかな。
「も、申し出はありがたいが……。俺なんぞのために気を割く必要はないぞ……。お前はニーズヘッグ様に会い、英雄としての修行をする――」
「確かに修行は大切なことですが、人々とお話するのも大切ですよ! 交流を深めたり、情報を交換したり! 何より私は、イチョウさんのことをもっと知ってみたいんです!」
私の言葉に対し、イチョウさんは息を呑むような仕草をしつつ、瞳を大きく動かす。
そのままうなずいてくれるのかと思いきや、彼はそっぽを向いて歩みを再開してしまう。
モミジさんの代わりになれればって思ったんだけど、余計なお世話だったかな。
「レイカはホワイトドラゴンの好奇心という意味で言ったのに対し、イチョウさんは人と人の関係という意味で受け取ったと言ったところか。前途は多難そうだな……」
「イチョウさんもイチョウさんだけど、レイカちゃんもレイカちゃんだね」
ミタマちゃんたちの言葉に疑問を浮かべつつも、イチョウさんの後を追いかける。
エルフの人たちの集落へ続く道は分かっているけれど、そこに住む人が案内をしてくれるのなら、その後に続くのが一番。
わざわざ無用な危険を冒す意味はなんにもないもんね。
お喋りをしながら森の行軍を続けていると、樹々の間から光がこぼれ始める。
あそこを抜けた先にあるのがエルフたちの集落、ケラスの里。
樹々を利用して作られた家々や、綺麗な湖があるとっても素敵な場所。
自然が豊かなことも特徴だけど、何よりも――
「やった! できた! ノームを生み出せたぞ!」
「ああ!? どこに行くの、サラマンダーさ~ん!」
光の中に踏み込むと同時に、私の頭上を小さな黒いドラゴンと赤い鳥が飛んでいく。
これがエルフたちの集落、最大の特徴。
召喚魔法の力で生み出された、様々な使い魔たちが宙を飛び交っているんだよ。
特に最近は、いろんな種族の人たちが召喚魔法を覚えようとこの集落を訪れるようになったから、よりたくさんの使い魔たちの姿を見られるようになったんだ。
「幻想的……! こうやって見てると、私も召喚魔法を使いたくなっちゃうなぁ……!」
「少し学んだことはあったが……。私には芸術面の才能がなかったせいか、うまく形にならなかったな……」
召喚魔法を使用するには、いくつかの能力が必要となる。
魔法を扱う技術もさることながら、芸術面において優れた能力を有していることが、特に重要だね。
魔力を変形させて使い魔の姿に作り替え、それを維持し続ける必要があるんだけど、何かしらの行動を取った際に少しでも歪みが発生すると、途端に崩れちゃうの。
使い魔たちの呼び出しに成功した後も、色々な活動をさせるためには訓練が必要だから、想像以上に習得が大変なんだよ。
「こうして使い魔たちを呼びだせるようになる人が増えるのは、我々エルフとしても嬉しいことだが……。習得を諦めざるを得ない人物の背を見るのは忍びないな……」
イチョウさんが瞳を向ける先には、がっくりと肩を落とし、とぼとぼと宿に入っていくホワイトドラゴンの人の姿が。
人によって得意不得意が出るのは当然なことだけど、目的を達成できず、打ちひしがれている姿を見ると、私も不安になってきちゃう。
本当に私は、英雄になって天災を払えるのかなってね。
「ニーズヘッグ様の元へは明日の朝に案内する。集落内の散策なり、里長への挨拶なり自由にしてくれて構わない。今日はこの建物で休んでくれ」
ぼんやりと考え事をしていると、いつの間にか今日の宿泊地にたどり着いたらしく、目の前には木造の小さな家が現れていた。
初めてこの集落に来た時も、この家に泊めさせてもらったんだっけ。
どことなくアマロ村の私たちの家に似てるから、のんびり過ごせたんだよね。
「確かに、言われてみれば面影があるな。私たちとしても馴染みがあるのはありがたい。荷物を置き、着替えをしたら、里を一回りするか?」
「里長さんにも挨拶をしておかないとね! エルフの人たちにとって、一番大切な場所に行くんだから!」
「皆様が出かけている間、私は……。訓練場に向かうとしましょうか。以前から、我々の戦闘技術を見てみたいと要請があったので」
シルバルさんと別れた私たち三人組は、ぐるりと里を一周しつつ、里長さんのお宅へと向かうことにした。
赤、青、緑などの髪色をしたエルフの人々と交流をしつつ進んでいると、キャンバスに絵の具を塗り付ける人、切り出した木材を用いて彫刻を作る人々の姿が。
エルフの人たちは芸術を重んじる文化があって、あちこちで芸術制作に勤しんでいる姿を見られるんだ。
大陸間の渡航が可能となったことで、彼らが作る芸術品が出回るようにもなったんだけど、森から採れた物は森に返すという文化が存在するから、いざ売り出されるとなってもすごい値段になっちゃうみたいだけどね。
「里内ではこれと言った問題は発生していなさそうだね。そろそろ、里長さんの所へ行こうか?」
「一周もしたし、ちょうど良さそうだな。レイカ、案内を頼むぞ」
「まっかせてー! それじゃ、里長さんのお宅へしゅっぱーつ!」
里長さんが住んでいるのは、里の中心から少し離れたところにある泉。
そこの中心にある小島の上に建てられているのが、里長さんが住むお家なの。
ただ、泉には橋がかけられていないし、小舟が用意されているわけでもない。
じゃあ、どうやって島へ渡るかというと。
「ウンディーネさん、いますか~?」
手を泉の水に浸しつつ、声をかける。
すると小さな泡が泉の内に出現し、水面へと上がってきた。
それどころか泡は水面を離れて空気中へと浮き上がり、形を変えていく。
やがて泡は、見覚えのある姿に――小さいけれど、レヴィア様に似た姿へと変化するのだった。




