魔法剣士の少女たち
「ん、んぅ~ん……? ふあぁ~あ……」
眠りから覚醒し、まぶたを擦りながら起き上がる。
寝ぼけまなこで周囲を見渡すと、白い砂浜と青い海が視界に入り込んだ。
ここはとある街近くの海岸。綺麗な土地で休憩をしていたというのに、見たのはあまり面白さがない夢。
綺麗な海を望みながらのお昼寝なのに、これで終わらせてしまうのはもったいない。
もうひと眠りして、もっと楽しい夢を見よっと。
大きくあくびをしながら砂浜に寝転び、瞼を閉じようとしたその時。
「お前らしくないな。サボりか?」
「わぁ!?」
癖のある灰色の髪を、背中辺りにまで伸ばした少女の顔が視界に入り込む。
体を跳ね起こすと彼女はいたずらっぽく笑みを浮かべ、私の額を指で弾いた。
「痛った~……。脅かした上に、ひどいよイデイアちゃん……」
「私たちをヤキモキさせた罰だ。指定の時間、もう間もなくだぞ」
イデイアちゃんはポケットから懐中時計を取り出すと、私に現在時刻を見せてくれる。
針が示す時刻は十三時と五十五分。
集まるように指定されていた時刻まで、たったの五分しかない。
「ウソ!? もうこんな時間!? ちょっとだけ休憩してたつもりだったのに!」
「残念ながら真実だ。さあ、海都に戻ろう。お前の圧縮魔なら一瞬で移動ができるだろ?」
イデイアちゃんが差し出してくれた手を取り、一息に立ち上がる。
目的地である白亜の街へと体を向け、自身に宿る力に意識を集中させていく。
集中しながら海都の中で最も利用する施設を思い浮かべ、道筋を頭の中で描き出す。
通るはずの道を縮め、見るはずの景色を圧し、この場と行きたい場所を繋げる。
「私の手にちゃんと掴まっててね!」
「ああ、頼む」
イデイアちゃんの手を握り直し、一歩を踏み出す。
すると先ほどまで踏んでいたはずの砂は消え去り、白い建材で作られた建物が私たちの足を支えてくれた。
「……いくら急いでいるからって、建物の屋上に移動することはないだろう。どうやって目的地に行くつもりだ?」
「そんなの決まってるよ! 屋上を伝って目的地まで! 道を走っていくより、ずっと速いでしょ?」
肩にかけていたカバンから一冊の本を取り出し、目的のページを繰る。
現れたのは星型の魔法陣が描かれたページ。
それに刻み込まれた力と自身に宿る魔力を使用し、魔法として発現させる。
「コンフォルト! 行くよ、イデイアちゃん!」
「全く……。それ!」
身体能力を強化する魔法を使用した私たちは、白亜の街に存在する建物たちを飛び渡り、目的地目がけて猛進する。
この街の名前は海都ポルト。かつては一隻の船のみが港に入り、調査活動や大陸内の移動に用いられていた街だったけれど、現在は違う。
他の大陸との交流が活発化し、数多くの船舶が港を出入りするようになった結果、この大陸で最も活気がある街とまで言われるようになった。
そんな白亜の建物たちを踏みしめながら、私たちは空を走る。
屋上でだんらんする人たちを驚かせ、空を移動する私たちに気が付いた人々に手を振り返しながら。
かつて、この街を歩いていた時に羽織っていたフードや帽子は、いまはもうない。
白い髪と同色の角を隠さずに歩めること、自由に風を浴びられることに嬉しさを抱きながら、これから始まる出来事に思いを馳せる。
●
「あっぶな~い。時間ギリギリだよ、二人とも!」
目的地にたどり着くと同時に声をかけてきたのは、金の髪を肩の高さで切り揃えた少女。
彼女の名前はミタマちゃん。
年齢だけでなく、私が所属している組織に入ったのも、彼女の方がほんの少しだけお姉さん。
明るく元気で、どことなくほわほわとした雰囲気もあるけど、的確な指示を出せるとっても頼りになる女の子。
私のお友達として、同期として、仲間として切磋琢磨をしあってるの。
「ごめ~ん。ちょっとのんびりしてたら思ったより時間が経ってて……」
「しかも、もう一度寝直そうとしていたほどでな。私が様子を見に行かなかったら、どうなっていたことやら」
イデイアちゃんから肩を小突かれながらの注意をされ、舌を突き出す。
そうそう、彼女の説明もしないとね。
イデイアちゃんも私の仲間で、大切なお友達。私たちの中で一番冷静で、周囲の変化を目ざとく見つけられる優秀な子。
過去の記憶を失っているという事情があって、それを取り戻すことが彼女の最大の目的。
もちろん私たちも、彼女の記憶を取り戻すためのお手伝いをしているよ。
私たちは同じ組織に所属している仲間でお友達だけど、それぞれが暮らしていた大陸、それぞれが属している種族は大きく違うの。
私はホワイトドラゴンで、ミタマちゃんがヒューマン、イデイアちゃんは魔法族。
ホワイトドラゴンは白い髪に白い角を有するという身体的特徴があって、知的好奇心が非常に強いという性質がある。
私も色んなことを調べたり、知らない所に行ったりするのが大好きなんだ。
ヒューマンはこれといった身体的特徴はなく、特別変わった性質も有していない、悪い言い方をしちゃうと特徴がない種族。
逆に言えば、ありとあらゆる事象をある程度そつなくこなせる能力を持つ、平均型の種族がヒューマンの特徴かな。
そして魔法族について。いまのところ、彼らについて分かっていることはほとんどない。
魔力を有さない物体にそれを宿らせる能力を持つこと、イデイアちゃんがその種族であること、ルビア大陸と呼ばれる大地に住んでいることくらいしか分かってないんだ。
この三つ以外にも、世界にはたくさんの種族が存在しているの。
大陸同士の交流が盛んになったことで、異なる種族が行き交うようにはなってきたけど、実際のところはまだまだ。
いつか私たちみたいに、色んな人が肩を組んで物事に取り組むようになってくれたら嬉しいな。
そして、私たちが所属している組織についてなんだけど——
「はいはい。お喋りをしたい気持ちは分かるが、そこまで。整列!」
聞こえてきた声に振り返りつつ、直立する。
声の主は、白い服を纏った金髪の男性。
彼の名前はルペスさんと言って、私たちが所属する組織で一番偉い人。
名を覚えたほとんどの人にあだ名をつけ、あだ名で呼ぶというちょっと変わった性格をしていて、私が白角ちゃん、ミタマちゃんは子狐ちゃん、イデイアちゃんが銀狼ちゃんって呼ばれているんだ。
とても整った顔立ちをした方で、女性からの人気が凄いみたい。
いまも通りがかった女性から黄色い声をかけられているんだけど、私にはよく分かんないや。
「マスター・ルペス、どうしてあなたがここに? 本日与えられるは任務ではなく、訓練だと思っていたのですが……」
「その通り、君たち三人にはこれから訓練を受けてもらう。半年後に行われる、大陸間開通記念祭の警備を担ってもらうためにね。君たちに訓練内容を伝えると同時に、訓練をする様子を見に来たのさ」
マスター・ルペスの言葉に、私たち三人はそろって驚く。
大陸間開通記念祭は、その名の通り大陸間の航路が開通したことを祝うお祭り。
一般人だけでなく、王族や貴族と言った高貴な方々も参加予定で、諸大陸からもお客人を招く世界的な催し物なんだ。
まさか、そんな大事なお祭りの警備を任されるなんて。
「君たちは日頃の任務を立派にこなしているし、知識や実力も増してきている。そろそろ、守護任務をやってもらおうと思っていたのさ」
「優秀な人物たちにのみ任される、最重要の任務ですね! ミタマちゃん、イデイアちゃん! 私たち、認められたよ!」
皆で手を取り合って喜ぼうとしたものの、イデイアちゃんだけはつまらなそうにしている様子。
あんまり嬉しくないのかな。
「さすがに無理がある話だと思ってな。王族や諸大陸から客人が訪れるとなれば、その警備は殊更厳重なものになる。実際の所、私たちは数合わせにも入れられていないはずさ」
「え……。そ、そうなんですか……?」
「ど、どうなんですか? マスター・ルペス……?」
日々の任務や訓練で、私たちがいくら能力を伸ばしてきたと言っても、経験はまだまだ浅い。
私たちより経験豊富な人はたくさんいるし、強い人もたくさんいる。
そんな人たちに先んじて警備役を任されるのは、イデイアちゃんの言う通り無理があるかもしれない。
「ハハハ、さすがにバレてしまうか。そう、守護任務と銘打ってはいるが、君たちにこれといった役目を与えるつもりはない。祭りを大いに楽しみ、何か問題が起きた時に行動を起こせるようにしてくれていれば問題ないよ」
「そういうことですか……。ちょっとがっかり……」
真実を教えられ、がっくりと肩を落とすミタマちゃん。
だとしても、重要な祭事の場において、戦えるようにしておいて欲しいと言われるくらいには、信頼されているってことでもあると思うんだけどなぁ。
「それもまた然りさ。それでは今日の訓練について説明しようか。この度、記念祭会場に不審人物が入り込んだ。人々の安全を守るため、君たち魔法剣士にはこれを発見、追討してもらう」
魔法剣士、それが私たち三人とマスター・ルペスが就いている職業。
剣と魔法を用いて戦う遠近両用の剣士で、自己強化を行いつつの接近戦と、魔法を使いつつの遠距離戦を組み合わせた戦法が得意なんだ。
剣と魔法の専門家と比べたら特出した強みはないけれど、汎用性が高いのがウリかな。
その汎用性の高さから、調査や討伐、護衛と言った多種多様の依頼を任されることが多く、みんな忙しく働いているんだ。
「はい! 質問です! 不審者役はどなたがされるのでしょうか?」
ミタマちゃんが大きく手を挙げ、自ら訓練内容の確認を始める。
さっきは肩を落としていたけど、認められつつあることを理解した途端にやる気が戻って来たみたい。
「聞いて驚くな? 今回は——」
「おっとっと~。訓練相手の説明は、このボクに任せてほしいな~」
マスター・ルペスの発言を遮る形で現れたのは、大きな丸眼鏡を額にかけた小さな女の子。
のほほんとした声と、変わらぬ小さな姿は間違いない。
彼女は——
「ダイアさん! お久しぶりです! お元気でしたか?」
私がダイアさんと呼んだ人物は、にこやかな笑みを浮かべながら手を振り返してくれた。