最後の神族
「なんか、遺跡みたいな建物だね……。圧縮魔の時間遅延で劣化や崩壊は防いであるみたいだけど……」
「この造りは見たことないな……。まだこの足が踏みしめたことが無い、二つの大陸に住まう種族の建築様式なのかな……」
樹々の間に発見した、白色の建材で作られた遺跡のような建物。
これまでに見てきた建物たちとは異なり、破損している箇所はほとんどないみたいだけど、周囲を草木で覆われていることには変わりない。
入口を見つけるのは、苦労しそうだなぁ。
「何はともあれ、入れそうな場所を探さないと。光球も分けておかないとね」
「助かるよ。危険が襲ってきても、即座に対応できるように振り分けるとなると……」
私たちは人員を二つに分け、内部に繋がる入口を探索することにした。
私と一緒に行動するのは、お師匠、アヴァ様とグーラ様、スラランとルト。
お兄ちゃんたちが進む方向とは反対方向へと歩き出し、侵入口を探しながら建物の建築様式に考えを巡らせる。
ルクスル大陸は氷の大陸。冷気満ちる地に住む種族の人が神族に選ばれていたとしたら、雪とか氷の冷気関係を利用した建材で建物を作っているような気がする。
そうなると、この建物はルビア大陸の建築様式で作られていて、住んでいた人は魔法族ってことになりそうだけど。
「ここに住んでいる奴の名はディア、人々の安眠を見守る役目を持つ者だ。想像の通り、魔法族でもあるぜ」
「眠り……。もしかして、この地底大陸の昼夜を作ったのは……」
頭上を覆う葉の先に青い空はなく、茶色い岩盤があるだけ。
それなのに周囲に光が存在するのは、岩盤に取り付けられた巨大な照明があるから。
地底大陸には全部で四つそれがあって、それを点灯、消灯させることで、一日を表現しているんだって。
ずっと暗かったら生活なんてままならないし、逆に常に明るかったら心身に異常をきたしちゃうかもしれないもんね。
「私たちも、あの子が昼夜を作ると最初に提案してきた時は驚きましたよ。人々の安眠を考えるだけあり、眠ることがとにかく好きな子でしたからね。その時間、なんと一日の四分の三です」
「四分の三も!? 逆に言うと、たったの四分の一でやるべきことを完遂できるほど、優秀なお方であると……」
冷静なお師匠も、今回ばかりは驚かざるを得ない様子。
一日の四分の三を眠る人が、昼夜を作ろうと言い出したのはなんでだろう。
ずっと真っ暗闇の方が、眠りやすそうだと思うんだけど。
「日中の光を浴びて体を目覚めさせ、活動をして疲れた体を夜の闇に休ませる。眠りを深く理解しているからこそ、昼と夜を重要視してるってわけだな」
一日の大半を寝て過ごす奴だが、時間がある時には運動をする一面もあるんだぜとアヴァ様は続けた。
朝になったら起きる、夜になったら眠る。
睡眠のことを一日の流れくらいにしか考えて無かったけど、神族の人が重要視するくらい大切なんだなぁ。
よくよく考えずとも、ありとあらゆる生命は睡眠をとるもんね。
私も、睡眠についてもっとしっかりと向き合ってみようかな。
「む、内部へ入れそうな扉が——ダメか、開かないな……。内にディア様がおられる以上、建物を傷つけるような無暗な真似をせずに侵入したいが……」
お師匠が見つけた入口には、ドアノブが取り付けられた扉が。
ドアノブが微塵も動きださない様子を見るに、扉が壊れているんじゃなくてカギがかかっているみたいだね。
反対側がどうなっているかは分からないけど、カギさえ外せればここから入れそうだけど。
「それには内側に入る必要があるから、結局な……。ん? どうした、コバ。壁際で急に地面を掘りだしたりして。なんか見つけたか?」
「何か気になるものがあるみたいですね。コバちゃんが掘ろうとしている部分には——あら、小さな裂け目ができているようですよ」
グーラ様の仰る通り、コバが掘り進めようとしている部分の壁際には裂け目ができていた。
建物の内側まで続いているみたいだけど、私たちの体じゃどうやっても通れないや。
入れそうな場所がないか、他を探してみようかな。
扉から離れようとしたその時、スラランが裂け目の前に移動して飛び跳ねだす。
柔らかい体を持つ彼なら問題なく通れそうな隙間だけど、もしかして。
「ここから中に入って、カギを開けるつもりなの?」
私の質問に対し、スラランはひときわ大きく飛び跳ねる。
隙間を通り抜けられたとしても、建物内部に危険が無いとは限らない。
他に入口が無いことを確認してからの方が良いかな。
「ん、ソラたちがこっちにやってくるぜ。全員で来たってことは、入口は見つけられなかったか、見つけたとしても塞がっていたってとこか」
アヴァ様の言う通り、別の方向へと向かったお兄ちゃんたちが、私たちの進行方向からやって来た。
困った表情を浮かべているみたいだし、入れそうな場所を見つけられなかったと判断してよさそうだね。
「こっちはダメだったよ。入口自体はあったけど、大樹の幹で塞がれちゃっていてさ……。斬り倒すにも時間がかかっちゃうよ」
「そっかぁ……。こっちは入れそうな入り口を見つけたんだけど……」
カギがかかっていて入れなかったこと、壁際にスラランならば通り抜けられそうな隙間を見つけたことを伝える。
お兄ちゃんは腕を組んでしばらく考え込んだ後、少し表情を歪めながら息を吸い、スラランに視線を向けた。
「スララン。危険がある可能性を承知で、内部へと入ってみてくれないかい?」
お兄ちゃんの心配そうなお願いに対し、スラランはその場で回転しつつぴょこぴょこと飛び跳ねる。
安心させようとしているのは分かるんだけど、完全に手出しできない場所に進もうとしているわけだからどうしても、ね。
「スラランならきっと大丈夫。大海嘯事変で、スライムたちの司令塔となって戦ってくれるほどに勇敢なんだからね。危険そうなものを見つけたら、すぐに引き返してくるようにね」
お姉ちゃんの言葉にひときわ大きく飛び跳ねたスラランは、壁の割れ目に自らの体を進ませていく。
心配しながら数十秒ほど待っていると、カチャリとカギが開くような音が。
お師匠が警戒しながらドアノブを操作すると、何の抵抗もなく扉が開いていく。
「ふむ、危険がある様子はないな。良くやったな、スララン。お手柄だぞ」
開かれた扉の先には、特に変化のない様子で跳ね回るスラランの姿が。
無事だったことは嬉しいけど、警戒していた分、ちょっと拍子抜けかも。
「気を抜くのは早いぜ。どでかい危険はないはずだが、解放されたばかりで本調子じゃないディアを、安全な場所まで連れて行かなきゃならないからな」
「建物からだけでなく、森からも脱出しなければいけませんもんね。よし、森を進んでいた時の隊列で探索を始めようか」
隊列を組みなおした私たちは、アヴァ様たちの案内の元、建物内を進んでいく。
廊下から覗き見える部屋には、たくさんのベッドが用意されているみたい。
宿屋みたいなイメージが脳裏に浮かんできちゃった。
「ええ、宿屋のようなものですよ。ストレスやら不眠症やらで疲れ果てた人々を、静かで穏やかなこの地へと招き、休ませることを目的とした建物なのです」
「いまは巨大な森になっちまったが、俺たちが眠りにつく前は小さな林が建物の前にある程度だったんだぜ。後は温泉もあったか。自然を見て心を休ませ、ゆっくりと温泉に浸かって体を温める。後は布団に入って眠りに就くってわけだ」
アヴァ様は瞼を細め、当時を懐かしむように語りだす。
過去の世界でも、温泉を楽しむという文化があったんだね。
私たちの故郷に招待したら、喜んでくれるかな。
「お、そいつは良いね。しかも、お前たちの故郷は雪国だから、雪見風呂を楽しめそうだ! 天災への準備でかかりきりになってるアイツらも呼び寄せて、労うのも良いかもな!」
「気を抜くなと自分で言っていたのに、現在のことを放って先を考えてどうするのですか……。もうすぐ、隠し通路がある部屋に着きますよ」
グーラ様が指し示す部屋へと入ると、これまでに見てきた部屋同様に複数のベッドが設置されていた。
仕掛けを見つけて隠し通路を開けば、その先にディア様がいるんだよね。
「うん、そうだよ。ここの隠し通路を開く仕掛けは複数人で操作する必要があるから、レイカちゃんとソラ君、ウェルテさんにも手伝ってほしいな」
「ああ、分かった。何をどうすればいい?」
ラクリマちゃんの指示に従い、壁際に移動して隠された仕掛けを探す。
え~っと、取っ手がどこかに隠されて——あ、ベッドの下にそれっぽいものがある。
あれをみんなで同時に引っ張れば良いんだよね。
「ちょっと邪魔だから移動させて……。こっちは準備できたよー」
「こっちも大丈夫。いつでも行けるよ」
「それじゃあ、一、二の、三で引っ張ろうか。行くよ、一、二の、三!」
掛け声に合わせて取っ手を引くと、足元の床が音を立てながら動き出す。
圧縮魔の時間遅延があるとはいえ、いまも問題なく動くなんてすごいなぁ。
私たちの技術も、いつかこの領域に届くのかな。
「そうだな……。効率化だとかの面でまだまだだが、大体の技術は俺たちの時代と変わらないものになってきてると思うぜ。ただ、それぞれの種族が得意とするものが偏っちまってるのはちょいとまずいかもしれないが」
「技術や知識の譲渡に関する会議は行っているのですが、思うようには進展していませんね……。とりあえず隠し通路が無事に開いたようなので、ディア様の解放を考えましょう」
部屋の中心には、螺旋階段が出現していた。
この階段の先に、最後の神族であるディア様がいる。
好奇心、期待、心は様々な音を鳴らしながら跳ねだし、足は暗闇へと向かっていく。
階段を下りきり、様々な足音が響き渡る中、一つの結晶が私たちの前に現れた。
これの中で、最後の神族、ディア様が眠りに就いている。




