地底からの呼び声
「地底への移動はそれでよいとして、その後は——と、姉さんがレイカたちを連れて帰って来たみたいですね」
学校での授業が終わる間際、ウェルテお師匠からの連絡を聞いた私たちは、急いで自宅へと戻ってきた。
自宅の前では、お兄ちゃんと老齢の男性が会話をしている。
しわが刻みこまれた表情とは裏腹に背筋は伸び、足腰も弱っている様子が無い。
間違いない、彼は——
「おお、レイカにナナ! 久しぶりだな! アヴァ様が遊びに来たぞ!」
自身をアヴァ様と名乗った人物は、明るい笑顔を私たちに向けてきた。
彼との初めての出会いは、三年前のグーラ地底大陸。
彼が結晶の中に封じ込められていたところを、私たちが解放したんだ。
とてもすごい人ではあるんだけど、そう感じさせないフランクな性格の持ち主だから、お話もしやすいの。
「神族であるあなたが、遊びに来たとおっしゃるのはどうなんですか……」
「おいおい、ソラ。神族を名乗らせてもらってはいるが、俺はお前と同じヒューマンだって言ってあんだろ? 尊敬してくれるのは嬉しいが、違う種族のように扱われるのは悲しいぜ!」
お兄ちゃんが額に手を付けて呆れる中、アヴァ様は大笑いをする。
神族というのは、世界に存在する各種族の中から選ばれた優秀な人物たちのこと。
だからと言って特別な能力を有しているわけではなく、それぞれが各種族たちの能力と全く同じものしか持っていないんだって。
神族というのは、あくまで立場を表すための言葉でしかないみたいだよ。
「お話は聞きました! 最後のお方がいる場所に、たどり着くための道が見つかったんですよね?」
「ああ、その通りだ。だが、そんなことを教えるために、わざわざ地上に出るなんてまどろっこしいことするわけないよな?」
「最後の神族を救出し、封印から解放した後に連絡をされる形でも問題はありませんよね。つまり、その人物の解放に立ち会ってほしいと言ったところでしょうか?」
お姉ちゃんの推理に、アヴァ様は満足そうな笑みを浮かべる。
わざわざ立ち会ってほしいということは、その人物が私たちにとって重要な存在ってことかな。
もしくは、性格に難があるってことにもなりそうだけど。
「んまあ、難があるってのは間違いとは言えねぇがな! そいつは、魔法族なんだ」
「魔法族……。なるほど、先んじてその人物と出会って交流をし、彼の種族について知識を付けておけということですか。現在と過去ではかなり違う部分もあるでしょうが、ご配慮感謝します」
イデイアちゃんが魔法族ではあるけれど、彼女は記憶を失っているから、その種族が住んでいる土地や文化等が分からない。
邂逅する時に問題が発生しないように、知識を付けておくべきなのは確かだね。
「お前たちが来れば、グーラとハートも喜ぶはずだからな! ただソラから聞いたが、お前らは休暇中って——」
「もちろんお手伝いに行きますよ! 神族の復活は急務ですし、ついでに地底の探索もできるなんて最高じゃないですか!」
申し訳なさそうな表情を浮かべかけたアヴァ様の言葉を遮るように、手伝うと宣言する。
せっかくここまで来ていただいたのに、手ぶらで帰らせちゃうなんてダメだよね。
それに、地底にはまだまだ見ていない場所がたくさんあるから、私の知的好奇心も存分に満たせる。
ラクリマちゃんやグーラ様にも会いたいしね。
「私もお手伝いします。家でのんびりしていることだけがお休みじゃありませんし、私もレイカちゃんと同じように地底をもっと知ってみたいので」
お姉ちゃんもまた、私の意見に同意をしてくれる。
残りはお兄ちゃんとお師匠の意見だけど。
「ハハ! 本当に、ソラとウェルテの言う通りになったな! んじゃあ、これからすぐにグーラ地底大陸に向かうが問題ねぇな?」
「あれ? お兄ちゃんとお師匠、最初から行くつもりだったの?」
アヴァ様が即座に確認を始めたということは、お兄ちゃんもお師匠も地底に向かうつもりだったということ。
二人も神族の復活を望んでいるのは確かなはずだけど、ついでに地底の探索ができることを楽しみにしているのかな?
「そ、そんなことはないよ? 神族の復活という大切なことよりも、自身の感情を優先するわけがないじゃないか……」
「アヴァ様ならば、その程度のことで気を悪くなどされないだろう。普段はさんざ、自身の感情を圧し潰しているんだ。久しぶりに、自身の想いを発してみたらどうだ?」
いい淀むお兄ちゃんに対し、小さく笑みを浮かべながら素直になるよう言い聞かせるお師匠。
私たちとの付き合いがまだ短いアヴァ様ですら、ニヤニヤと笑みを浮かべている様子を見るに、お兄ちゃんが本心を隠しているのは確かみたいだね。
「昔みたいな感覚で旅ができるのは、これが最後とは言わずとも減っちゃうかもしれないしなぁ……。アヴァ様、失礼ではありますが、今回の捜索を楽しませていただいてもよろしいですか?」
「ああ、もちろん構わないぜ。あいつを封じた結晶が壊れるようなことはねぇし、お前たちがいなければ、俺たちの復活はもっと遅れていたわけだからな。早まった分を考えればお釣りがくるほどだから、気にすることはないさ」
不安そうにしていたお兄ちゃんの表情も、アヴァ様の満面の笑みに柔和する。
ここにレンやテペス君、あの人たちもいれば、初めて地底に行った時と同じになるのになぁ。
「そればっかりは、巡りが悪かったと諦めるしかねぇやな。だが、ついてきたい奴らがいるみたいだぜ?」
「え? あ!」
アヴァ様が視線を向けた先には、スララン、ルト、コバ、そしてパナケアちゃんの姿が。
スラランたちはともかく、パナケアちゃんは学校でお勉強してるはずなのに。
「なんか面白そうだったから、追いかけてきたー! みんな、どこか行くんだよね? パナケアたちも連れてってー!」
両手を空に伸ばし、ぴょんぴょんと飛び跳ねながらお願いをしてくるパナケアちゃん。
スラランたちも連れて行って欲しそうにしているけど、必ずしも地底が安全とは限らないしなぁ。
アマロ村の周辺に凶悪なモンスターが現れることはほとんどないし、あんまり時間をかけるつもりもないけど、私たち全員が一斉に出かけるのはちょっと怖いかも。
村を守っている人たちに声をかけてきた方が良いかな。
「村の安全については問題ないぜ。以前にレヴィアと会った時に、鱗を貰ってきていてな。ここに来る前にそいつを湖にある祠に置いてきた。アイツの加護があれば、凶悪なモンスターが寄ってくることはないぜ」
「学校に向かう前に、アマロ村の主だった者たちに連絡してきた。自由に楽しんでこいとのことだ」
「ルトたちも戦闘能力は十分あるし、この子たちでは対処しきれない存在が現れたとしても皆で守ればいい。護衛任務、何度も達成しているって聞いているよ」
アマロ村の防衛はアヴァ様が手を打ってくれた、ルトたちのことは私たちが守るだけ。
時折任される護衛任務で、全く知らない人を守ることを考えればなんてこともない。
お兄ちゃんにお姉ちゃん、お師匠もいるからきっと大丈夫!
「よっし! そんじゃあグーラたちがいるところまで一気に移動するぞ! 大丈夫だとは思うが、そのまんまだと体調を崩しちまうかもだから、目をつむっておいてくれな!」
アヴァ様の指示通りの行動を取り、私たちが行くべき場所を心に浮かべる。
山脈を越え、草原を過ぎ、洞窟を抜けて廃墟を進む。
心の中でたどり着いた場所は、美しい木造の建物——グーラ料亭!
「もう瞼を開けても大丈夫だぜ。おーい! グーラ、ハート! 連れてきたぜ!」
ぱちりと瞼を開いて周囲を見渡そうとすると、めまいが発生する。
それは私だけでなく、お兄ちゃんたちにも、スラランたちにも起きている様子。
次第に足にも力が入らなくなり、地面に倒れ——
「わわわ! みんな、危ない!」
草に覆われた地面にぶつかりそうになったその時、ほんのわずかにふよりと体が浮く。
回らない頭とかすむ瞳で周囲を見渡してみると、黒い着物を纏う少女が駆け寄ってくる姿が。
私たちは吐き気とめまいで動けぬまま、彼女の力によって奥に見える建物へと連れていかれるのだった。




