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救星の英雄たち 壊星の陰陽竜  作者: 一木空
第一章 訓練風景
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深き暗闇の中で

 体が重い、なのに浮遊感を感じる。

 とても眠い、なのに眠れない。


 暗く、深い闇の中。私はゆっくり、ゆっくりと落ちていた。

 まぶたを開いて落下地点を見定めようとするも果てはなく、どこまでも闇が続いているだけ。


 心細さから叫びたくなり、恐怖から逃げ出したくなる。

 されど悲鳴が喉を割くことはなく、両の手足が何かに触れることもなかった。


 ほんの少しだけでいいから光があれば怖くないのに。

 誰かの声が聞こえるだけで安心できるのに。


 私以外には誰もいない。私以外には何もない。

 ただ暗闇だけが、私を冷たく包み込んでいる。


 この場に存在する闇は、私を飲み込み喰らおうと、もしくは黒く染め上げようとしているのかな。

 夜の闇は優しく甘く、安らぎを与えてくれるのに、なぜこうも受ける印象が違うんだろう。


 何もできぬまま、私は闇の底にたどり着く。

 もはや微塵も動くことはできず、起きようにも起き上がれない。


 この場を逃れる方法を考えても、意識が少しずつ消えていく。

 周囲に存在する闇が私を覆い、包み込んでいく。


 体を、心を染め上げられ、闇に溶け落ちようとしたその時。

 遥か上方に小さな灯火が見えた。


 その輝きは私めがけて落下し、黒く染まっていく体と心を照らしてくれる。

 体に力が入るようになったことに気付き、私は光に向けて手を伸ばす。


 光は自然と手の中に納まり、その輝きを強めていく。

 眩しさに目が焼かれそうになる中、光は少しずつ形を変え、剣となって顕現する。


 様々な機構が取り付けられた片刃の剣、スターシーカー。

 探索者という意味を込めて名付けられたこの剣は、私が握るべき物ではある。


 けれどいまは別の人が所有者であり、ここにあっていいはずがない。

 私を助けに来てくれたのかな。一人ぼっちの私を導きに来てくれたのかな。


 何も分からないけれど、いまはこの剣と共に歩んでみよう。

 それを握ったまま立ち上がり、周囲を見渡す。


 辺りは闇ばかりで足元も見えず、出口も見当たらない。

 どちらに進めばいいんだろう。どこを向けば、光を見つけられるんだろう。


 この場にとどまっていても変化はない。分からずとも動かないと。

 自身が感じるまま、闇に向けて一歩を踏み出す。


 闇を踏み、蹴る感覚に真新しさはない。

 まるで、舗装された道を踏み、空気を蹴りながら進んでいるかのよう。


 スターシーカーという心強い味方を得たことにより、恐怖は微塵も感じない。

 このままどこまでも、より深く暗い闇であろうと進んで行けそう。


 そんなことを考えたせいか、突如として闇が周囲を駆け巡りだす。

 恐れぬ私を怖がらせようと、威嚇に近い行動を取っているのだろう。


 スターシーカーを握り直し、勢いよくそれを振る。

 こちらの反撃に驚いたらしく、闇は尻尾を巻くようにして逃げ去っていく。


 足元を覆っていた闇もまた私のそばから離れていき、隠されていた足場が露わになる。

 足場にしては不自然な輝きを放っており、見ていると心がざわめきたつ。


 好奇心のまま剣を振い、足場を覆う闇を追い払っていく。

 現れたのは過去の記憶。誰よりも大好きな人に、様々なことを教えてもらう風景だ。


 私は、この記憶を踏みつけているのかな。

 それとも、この記憶が闇に落ちそうな私を支えてくれたのかな。


 懐かしさを抱きながら記憶を眺めていると、闇の中に小さな輝きが出現していることに気付く。

 あれらの闇を払えば、同じように記憶が見えるかもしれない。


 剣を振って輝きを大きく広げてみると、やはり記憶が現れる。

 次に現れたのは、大好きな人が一人で海を渡ってしまう記憶だった。


 悲しくて、寂しくて、気落ちしてしまう程だったが、あの人が海を渡ったからこそ、私も海を渡る決心を抱けたと思うと、これも大事に保持していくべき記憶なんだよね。


 次に現れたのは、海を渡り、新天地へとたどり着いた記憶。

 ヒューマンと呼ばれる現地の人々に対し、無遠慮に近づいてしまった結果、彼らは大きく驚き、恐怖の悲鳴を上げながら石を投げてきた。


 最初は意味も理由も分からず、彼らの種族に対して恐怖心を抱いてしまったが、よく分からない、見たこともない存在が近づいて来れば怯えるのも無理ないこと。

 なぜなら、私の頭部には——


 左腕が頭部に向かって移動していくなか、新たな輝きを発見する。

 闇を払い、眠っている記憶を揺り起こすと、二人の男女の前で泣き崩れる私の風景が。


 二人とは異なり、私の頭部は白い髪に覆われ、同色の角が生えている。

 ホワイトドラゴンと呼ばれる種族に見られる特徴が私にあったからこそ、ヒューマンたちに怯えられ、攻撃を仕掛けられたのだ。


 この風景に映っている男女はヒューマンではあるが、私に怯えた表情を向けていない。

 むしろ泣き崩れる私を抱きしめ、泣き止ませようとしていた。


 この二人が私を受け入れてくれたから、いまの私がいる。

 新天地での暮らし方を教えてくれたから、ヒューマンとも仲良くできるようになった。


 次の記憶は、金の髪を持つ少女と相まみえている風景。

 訓練用の剣を手に、私たちは懸命に打ち合いを行っている。


 戦いには負けてしまうものの、この戦いがあったおかげで彼女とは友人関係になれた。

 いまでも共に遊びに出かけ、切磋琢磨し合う間柄。この後にもう一人友人を作ることになるが、その記憶も出てきてくれるだろうか。


 次の記憶を探すため、周囲の闇に視線を向ける。

 されどどこにも輝きは出現せず、闇に向けて剣を振ってみても記憶は現れなかった。


 自身の記憶を探ってみるも、それらは何の抵抗も無く脳裏に浮かび上がる。

 この先にも多くの記憶は存在するというのに、なぜ、それらを見られないのだろう。


 その瞬間に抱いた気持ちを思い出すためにも、もう一度見直しておきたいのに。

 などと考えていると、これまで私が歩んできた記憶たちがガタガタと揺れていることに気付く。


 キミには多くの道がある——

 突如として聞こえてきた声に辺りを見回してみるも、声の主らしき姿は見当たらない。


 されど、進むことができる道はたった一つ。

 キミならどの道を選ぶ?


 言葉の意味を理解できずに不安を抱いていると、記憶たちがふわりと浮き上がり、私の周囲に漂い出す。

 映っていたはずの光景はかき消え、新たな記憶が映し出されていく。


 雪深い土地で私の大切な人と再会する記憶。

 新たな衣装を纏い、組織へと所属するための叙任式に参加する記憶。


 鉄の船に乗り込み、新たなる大陸に向かう記憶。

 一本の剣を見つけ、それを大切な人と共に引き抜こうとしている記憶だ。


 家族と共に歩む道——

 整備された街路を歩むがごとく、穏やかな道。変化に乏しく、己を守るための歩み。


 キミは良き家族に恵まれるだろう。

 されど栄光や名声を得る可能性は限りなく低く、凡庸な終わりを迎えるかもしれない。


 目の前に流れてきたのは、大切な人と再会する記憶。

 いまはつまらなさを感じるかもしれないが、将来的に家族に囲まれて生きられるのは幸せなように思える。


 見果てぬ世界を求め、旅をする道——

 荒野を進むがごとく、舗装は無くとも見通しが利く道。厳しさはあるものの、好奇心を楽しむための歩み。


 君は数多くの冒険をするだろう。

 栄光や名声を得られる可能性はあるが、冒険の途中で命を落としてしまう可能性もある。


 目の前に下りてきたのは、鉄の船で新たな大陸へと向かう記憶。

 様々な世界を冒険することは嬉しくはあるが、それを通して得た知識や経験を持ち帰らなければ、冒険に出た意味がないだろう。


 強き仲間たちと共に歩む道——

 人の手が入らぬ森を進むがごとく、障害ある道。時に穏やかに、時に厳しく、成長を求め続けるための歩み。


 キミは良き仲間たちに恵まれるだろう。

 されど皆と共に歩み続けることにより自らを圧し潰し、己という存在を見失ってしまうかもしれない。


 目の前に現れたのは、叙任式に参加する記憶。

 競い合える仲間が得られるのは嬉しいが、現在の自分が分からなくなるのは嫌かもしれない。


 己を信じ、歩む道――

 人の手が届かぬ海や高き山脈を進むがごとく、険しき道。歩むことすら困難ではあるが、それらを超えた先に己が得たいものが見つかる道。


 キミは遥か未来にまで轟くほどの栄光を得られるだろう。

 されど一人で生きる苦しみ、寂しさを味わい続け、孤独なる終わりを迎えるかもしれない。


 目の前に浮き上がるは、剣を引き抜く記憶。

 名声を得たとしても、一人で終わりを迎えるのはあまりにも寂しいが、遥か未来まで自分の名が残るのは良いかもしれない。


 どれも魅力を感じる道だが、どれにも欠点があるとなるとどうにも手を伸ばしにくくなる。

 私が進むべき道は、本当にこれらしかないのだろうか。


 もう一つだけある。キミが進んで行く中で、新たな道が見つかるかもしれないという道。

 先延ばし程度でしかなく、真に選択しなければならない瞬間は来てしまうけれど。


 選びたくない道しか残っていなかったとしても、選ばなければならない。

 キミは、それを容認できるのかい?


 足元にあった記憶の光景がかき消え、新たな景色が描き出される。

 大切な家族や仲間が集まり、多くの人々に知識の譲渡をしている光景だ。


 モンスター図鑑と呼ばれる書籍を作るための事前確認として、一般の人々に向けて啓蒙を兼ねた説明会を行ったのだが、初めてということもあり四苦八苦することに。

 人々からは知識を得られたことへの感謝をされたが、いま思うとあまりにお粗末だっただろう。


 けれど、その手探り感が楽しかった。

 より情報を充実させる方法を思いつけたことが嬉しかった。


 私たちはいつだって何かを探し続けてきたのだから、新たな道を見つけることなど造作もないはず。

 悩む必要などない。私が選ぶのは、新たなる道を見つけるための道だ。


 キミが選ぼうとしている道は、果てしなく続く探究の道。

 時に迷い、見失うことがあったとしても、これまでに得た知識や経験がキミを救うだろう。


 この私に最も合った、ホワイトドラゴンとして生まれた存在に相応しい道。

 いつか真に選ばなければならない瞬間に向け、知識と経験を得ていこう。


 スターシーカーを握り直し、足元の記憶に突き立てる。

 剣がその光景を吸い尽くした結果、支えるべきものを失った私の体はさらに深い闇に向けて落下しだす。


 キミはどんなに深い闇の中であろうと、どんなに眩しい光の中であろうと進んで行ける力を得た。

 ワタシもキミと共に歩み、キミと共に大いなる役目を果たそう——


 声が消え去ると同時に、スターシーカーの剣先が光を発しだす。

 その光が膨らみ、体が覆われていくにつれ、強い眠気を覚える。


 闇に落ちながら、光に包まれながら、私はまぶたを下ろす。

ご覧いただきありがとうございます。


毎週月曜日、18時に投稿していきますので、お付き合いいただけると幸いです。

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