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アマロの学び舎

「ぐるっと見てきたけど……。立派な学校になったんだね~」

 いくつもの椅子と机が並べられた一室。まだ新しい木の香りが漂う部屋の中で、私とナナお姉ちゃんは椅子に腰かけながらお喋りをしていた。


 いまいる場所は、アマロ村にある小さな学校。

 これからお姉ちゃんは教師として、私は生徒として、これからやってくる子どもたちと共に魔法学の授業をする。


「建物の修繕に国からの支援金を使ったって言ってたっけ。修繕前は、ところどころから隙間風が入るようになっていたらしいから、それを気にせずにお勉強できるのは嬉しいだろうね」

「勉強しようにも集中しにくかっただろうし、風邪を引いちゃうもんね~。やっぱり、温かい部屋が一番だよ~」

 開けられた窓からは春の温かい日差しと、ほんの少し冷たい風が入ってくる。


 いまの季節でも直接風を受ければ肌寒さを感じるのに、冬で、しかも隙間風が入っていたかもと思うと鳥肌が立ちそう。

 室内にいるのに寒いのは、元気な子どもでも嫌だよね。


「さて、そろそろ子どもたちがやってくる時間だね。お出迎えしにいこっか」

 時計を見つめながら動き出すお姉ちゃんに続き、建物の外へと向かう。


 屋外に出ると同時に、にぎやかな声が聞こえてくる。

 友人とはしゃいでいると思われる声に、今日の授業内容について話す声。


 それらが発せられている方角に視線を向けると、勉強道具を手にこちらへやってくる子どもたちの集団の姿が見えた。


「あれ? ナナお姉ちゃんとレイカお姉ちゃんだー! もしかして、今日の先生って……」

「うん、そうだよ。今日は私がみんなに魔法のことを教えようと思います。さあ、教室に——」

「ナナー! レイカー! 久しぶりー!」

 明るく元気な声に振り返ると、そこには緑色の髪を長く伸ばした少女の姿が。


 よくよく見ると、頭部から生えているものは髪ではなく葉っぱ。

 青々としたそれを長く伸ばしているこの子は、人ではなくマンドラゴラと呼ばれる植物系のモンスター――パナケアちゃん。


「パナケアちゃんだー! もしかして、お勉強をしに来たの?」

「うん! みんなと一緒にお勉強するの楽しい! もちろん、遊ぶのも!」

 私がパナケアちゃんと呼んだ少女は、他の子どもたちと手を握り合う。


 彼女はモンスターではあるけれど、スラランたちと同じように人と寄り添って生きていくことを決めた存在。

 人とたまに交流するだけでなく、こうして自ら人という存在を知ろうとしているんだからすごいよね。


「ナナの授業、楽しみ! 早く始めよー!」

「はーい。さ、みんなも中に入って! 授業を始めるよ!」

「「「はーい!」」」

 私たちは教室へと入り、授業を始める。


 元気いっぱいの子どもたちに悪戦苦闘しつつも、お姉ちゃんは立派に魔法学を教えていくのだった。



「さて、私の授業はもうそろそろお終い。最後に今日のお勉強がちゃんと分かったか、テストをするよ」

「「「ええ~!? テスト~!?」」」

 授業終了まで約二十分となった頃、突如としてお姉ちゃんはテストをすると言い出した。


 理解度の把握という意味では必要ではあるけれど、どうしても他者と比較されてしまうので私もテストは苦手。

 子どもたちが不満を上げる気持ちは良く分かるな。


「ふふ、そんなに不安がらなくても大丈夫。一人一人が問題を解くんじゃなくて、みんなで話し合って答えを出してもらう形にするから」

「みんなで話し合う? でもそれじゃ、みんながどれくらい理解できたか分からないんじゃ?」

 生徒に混ざって授業を聞いていた私が、教師をしていたお姉ちゃんに質問をする。


 テストや試験をするのは、何かに対する理解度が十分に進んでいるかを確認するため。

 みんなで話し合って一つの答えにするのでは、把握なんてできなさそうだけど。


「話し合いをするということは、得た知識を発信するということ。みんなが分からなくても自分が分かれば自信に繋がるし、逆に自分が分からなくてもみんなの話を聞いて考えれば理解が進むからね」

 お姉ちゃんの返答は、私たち魔法剣士が行う情報のすり合わせに近いものがあるように思えた。


 危地に出ている状態で情報の齟齬や認識の違いが存在すると、命取りになってしまう場合がある。

 それを防ぐために各々が理解していることを口に出し、纏めることで、より正確な情報にして己の内に蓄えていく。


 お姉ちゃんが話し合って答えを出させるという形を取ったのは、各地で講義をしているのもそうだけど、魔法剣士のお嫁さんだからというのもあるのかな。


「お姉ちゃんと先生の言っていることは良く分かんなかったけど、みんなでおしゃべりして答えを出せばいいんだよね~?」

「うん、そうだよ。問題は——そうだね、これから君たちは魔法を使おうと思っています。魔法を使うには何が必要で、何をする必要があるか、みんなで話し合って答えを出してごらん」

 お姉ちゃんから出された議題をテーマに、生徒たちは話し合いを始める。


 さて、正しい答えを導き出すことはできるかな?


「えっと……。魔法を使うには、まず使いたい属性を考えなきゃいけないんだよね。炎に、水に、風に——後なんだっけ?」

「雷、氷、土の六つだよ! それと呪文を混ぜて——」

「呪文は魔法のパワーを決めるやつでしょ? それも必要だけど、混ぜるのは魔力だよ」

 小鳥たちが一斉に飛び立つがごとく、子どもたちは答えを求めて話しだす。


 行われているのはテストなのに、こんなにも楽しそうに問題を解いていく姿を見られるなんて思わなかったな。


「後は杖とか本とかの……。まど、まど?」

「魔道具を用意しておくだったはず」

「属性を決めて魔力と混ぜる、魔道具を持つ、呪文を唱える。これで魔法を使えるはずだよね! 先生、どうですか!?」

 確信に至ったところで、生徒たちは答えを発する。


 それは過不足無い答えであり、回答を聞いたお姉ちゃんはにっこりと嬉しそうな笑みを浮かべた。


「正解だよ。みんな、ちゃんと魔法の使い方を覚えられたみたいだね。それじゃあ授業の最後に、私が魔法を使うところを見せてあげる」

「ホント!? やったー! ナナ先生の魔法が見られるー!」

 授業をやり遂げたこと、正しい答えにたどり着けたことに対するご褒美に、生徒たちは大喜びする。


 魔法という特別な力は、子どもたちにとっては憧れになりやすい。

 簡単なものでも目を煌めかせながら見つめるくらいだから、大魔導士であるお姉ちゃんの魔法となったら嬉しくないわけがないよね。


「教室の中で見せるのは危ないから、外に出ようか。休憩時間にもなるからちょうどいいしね」

「はーい! お外めがけてダーッシュ!」

 子どもたちは席から立ち上がると、我先にと校舎の外へとかけていく。


 めいっぱい頭を使った後なのに、元気いっぱいの彼らに笑みを浮かべつつ後を追おうとしていると、パナケアちゃんが私とお姉ちゃんの手を取った。


「レイカとナナも早く行こ! おいてかれちゃう!」

「ふふ、そんなに焦らなくても大丈夫だよ。お姉ちゃん、何の魔法を使うか決めてあるの?」

「もちろん。休憩時間のことも考えるとぴったり——ではあるんだけど、確実に物足りないだろうなぁ……」

 私とお姉ちゃんは、パナケアちゃんに手を引かれながら建物の外に出る。


 休憩時間にぴったりな魔法って何だろう。

 子どもたちが喜びそうなことと言ったら、遊びに使えそうなものだとは思うんだけど。


 物足りないって言うのも良く分かんないや。


「喜んでくれるのは確かなんだけどね……。まあ、あとは見てからのお楽しみ。レイカちゃんも楽しんでくれると嬉しいな」

 お姉ちゃんがしようとしていることをあれこれ考えているうちに、彼女は魔法を発動する準備を始める。


 子どもたちは期待いっぱいの様子でお姉ちゃんのことを見つめており、魔法の発動をいまかいまかと待ちわびていた。


「それじゃあ始めよっか。最初に使う魔法は——アイスエリア。みんな、空を見ててね」

 杖を手に呪文を詠唱し終えたお姉ちゃんは、空中に強い冷気を抱く空間を作り出す。


 この魔法は見た目の変化が分かりにくい魔法なので、空中を見つめる子どもたちは少し不思議そうな表情を浮かべながら首をかしげてしまう。


「続けて、ウインドエリア」

 さらにお姉ちゃんは風の魔法を唱えるも、これもまた変化が分かりにくいものなので、大きい変化を期待していた子どもたちは不満げな表情を浮かべだす。


 冷気が満ちる空間に穏やかな風を吹かせたということは、お姉ちゃんがしようとしているのはもしかして。


「そして最後に、アクアレイン」

 お姉ちゃんは自身の目の前に大きな水の塊を生み出したかと思うと、それを杖で軽く叩く。


 すると水滴は細かく分散しながら舞い上がり、強い冷気と風が巻き起こる空間に侵入し——


「あれ? 真っ白いのが——もしかして、雪!?」

「ホントだ! 雪だー!」

「いっぱい降れー! 積もっちゃえー!」

 子どもたちが言うように、空から落ちてきたものは雪だった。


 分散された水滴が冷気に触れたことで凍り付き、それを風が優しく地上へと落とすことで雪になったんだね。

 とはいえいまの時期は気温が低めとはいえ春だし、積もるどころかすぐに溶けちゃうんだろうな。


「さすがに積もるまでは無理だけど……。こういうものは作れるよ。それ!」

 お姉ちゃんはさらに水の塊を出現させ、それを冷気の空間に打ち込んでいく。


 そうして落ちてきた雪の結晶を風で集め、躍らせるようにしながら何かを作り始める。

 白い粒でしかなかった雪たちは密集し、お互いを冷やしながら固まっていき——


「わぁ……! ルトとコバだ!」

「ルトの頭に乗ってるのって、スラランだよね!」

 スララン、ルト、コバを模した雪像として生まれ変わった。


 子どもたちは一連の光景を見て大興奮。

 お姉ちゃんの魔導士としての実力を知っている私も、この美しい演技に感嘆の溜息をつかざるを得なかった。


「以前から目を見張る技術があったが、いままで以上に成長しているんじゃないか?」

 突如として聞こえてきた第三者の声。


 けれど良く知っている声に振り返ると、そこにはウェルテお師匠の姿が。

 朗らかな笑みを浮かべている様子を見るに、一連の出来事を見守っていたみたいだね。


 でも、お師匠が学校に来るなんてどうしたんだろう。

 今日は家で鍛錬をするって言ってたのに。


「地底から連絡が来たから教えに来たんだ。最後の神族の居場所に繋がる道が分かったそうだぞ」

 興奮が冷める暇もなく、私たちに新たな旅への呼び声がかかるのだった。

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