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兄の姉と妹

「あれ? スララン、湖に行きたいの?」

 散歩、買い物のために草原を歩いていると、共に家から出てきたスラランが湖方向へと移動を始めた。


 ルトとコバもついていく様子を見るに、みんな揃って水遊びをしたいみたいだね。


「少しくらいなら寄り道をするのも悪くないだろう。私たちも行くとしようか」

「は~い。ついでに、レヴィア様の像にお祈りしていこうかな」

 スラランたちの先導に従う形で湖へと向かう。


 湖面には穏やかな風が吹き渡り、小さな波が立っている。

 この湖の名はアマロ湖と言って、かつてとあるお方が暮らしていた聖なる場所でもあるんだ。


 とはいえ、その記憶や歴史は多くの人に忘れ去られちゃったから、観光地として扱われているのが現状かな。


「冷たい湖だというのに、モンスターたちは元気だな。体力には自信があるが、こういうことに割こうとは思えん」

 波打ち際へとたどり着いたスラランたちは、さっそく水の中へと飛び込んで遊び始める。


 現在の季節は秋。

 まだちょっと夏の暑さが残っているし、飛び込みたいと思わなくもないんだけど。


「私も以前であれば一緒に遊んでいたではずですけどね……。いまはとても……」

 この大陸にやって来た当時と比べたら、体力は格段についている。


 それなのに、水の中に入りにくく感じるようになったのはなんでだろう。

 服が濡れたら嫌だとか、髪を乾かすのが面倒って気持ちはあっても、水に入るのが苦手だとか、泳げないってわけではないんだけどなぁ。


「ああやって思いっきり遊んでいる姿を見て、羨ましさが湧いてこないわけではないんですけどね。どうしても面倒だとか考えてしまいます」

「まあ、思いっきり遊べるように見守ってやるのも保護者の役目だ。あの子たちのことは私が見ておく。やりたいことがあるのならやってきてもいいぞ」

 ウェルテお師匠の言葉にうなずいた私は、近場にある小さな祠へと近づく。


 その中には水蛇を模した石造と、お供えと思われる果実が置かれていた。

 この祠は、石像のモチーフとなった偉大なる存在、水の聖獣リヴァイアサンに日頃の感謝をささげるための場所。


 私たちがレヴィア様と呼んでいるそのお方は、幼い時分をこの湖の中で暮らしていたの。

 時が移ろうにつれて大きく成長したあの方はこの地を去り、感謝を捧げるという文化も忘れさられ、石像も人知れず湖に沈んでしまったんだ。


 けれど湖の底で眠っていたこれを発見して引き揚げたことで、かつての文化が再生し始めたんだよ。


「海を行く方々を見守って下さり、ありがとうございます。この平和を続けられるように精進していきますので、引き続き私たちを見守りください。……よし、完璧!」

 お祈りを終え、軽く掃除をしてから祠を出ると、ちょうどモンスターたちも湖から出てくる姿が。


 毛に着いた水気を飛ばすためにルトとコバが身震いをし、弾け飛んだ水滴をもろに受けてしまったお師匠が怒声を上げている。

 怒りつつも持ってきていた布で拭いてあげようとしている辺り、かつて抱いていた憎悪はすっかり鳴りを潜めたみたい。


「アハハ、初めてお会いした時とは大違いじゃないですか」

「あの時のことを茶化すのは止めてくれ。私もモンスターたちとこうして交流をしたおかげで、全てのモンスターが人を襲うわけではないことを理解できたんだからな」

 いまではモンスターたちと仲良くなれているお師匠だけど、三年前まではモンスターに激しい嫌悪を抱く人物だった。


 モンスターの手によってお父上の命が奪われたことで、あらゆるモンスターを討ち滅ぼそうとしていた彼女は、あまりにも悲しそうで、あまりにも痛々しかった。

 そんなお師匠を止めようと、彼女の弟であるお兄ちゃんが戦いに臨み、壮絶な姉弟喧嘩の果てに、一人でモンスターと戦い続けることを辞めてくれたの。


 当時とは比べようもないほど穏やかになっているけど、復讐の炎が再燃しそうになることはないのかな。


「いや、いつだって復讐心は抱いているさ。ただ、心の向けるべき方向が分かったからこそ、無茶なことも、でたらめなこともする気が無くなっただけだ。不満か?」

「いいえ、そんなことはありませんよ。復讐心であろうと、正しく扱えるのであれば関係ないと思っていますから。使えるものは何でも使う、魔法剣士の在り方でもありますからね」

 ルトたちの体を拭き終えたお師匠は、私の返事に答えることはせずに村めがけて歩き出す。


 隠れていくその横顔には、小さく笑顔が浮かべられていたのを私は見逃さなかった。


「さあ、村に行こっか! ルトたち用の美味しいごはんも買おうね!」

「ワウ! ワウ!」

「ワウ! ワオォーン!」

 モンスターたちは大喜びし、先行くお師匠を追い越して村へ向かっていく。


 復讐心を抱いても、その向け先を、使い方を間違わなければ大丈夫。

 抱かないことが一番ではあるけれど、戦いに身を置く生き方をしている以上、可能性も想定しておかないとダメだよね。


 そんなことを考えつつ、モンスターたちを追いかける形で私たちは村へとやって来た。

 この村の名はアマロ村と言って、先ほど寄り道してきたアマロ湖と、新鮮な果実を用いての果実酒が有名な村だよ。


 時刻は夕暮れ前ということで、村の商店通りには買い物かごを手に持つ人々の姿がちらほら。

 あんまりのんびりしていると、お夕飯の食材が買えなくなっちゃうかも。


「お師匠が買おうと思っている物って何ですか?」

「酒を買うつもりだ。ソラもナナも、交流を結んだ大陸に影響を及ぼせる立場になっただろう? 気苦労もあるだろうから、たまには羽目を外してもらおうと思ってな」

 方や大陸間協議会の特別顧問に、方や魔導士たちを取り纏める大魔導士。


 お師匠が言う通り、その立場に就く苦労は並大抵のものじゃないことは想像がつく。

 お酒だけで快気させるのもあんまり良くなさそうだし、お休み中に私ができそうなことも考えておかないと!


「そうだな……。ルペスの目を信じないわけではないが、やはり実際に見るのと聞くのとでは違うからな。ソラと模擬戦でもして、日々の成果を確認してもらうのも良いんじゃないか?」

「なるほど……。お兄ちゃんはそれで良いかもだけど……」

 お兄ちゃんはともかく、お姉ちゃんはあまり運動が得意ではないので、それ以外の形で気分転換できそうなものと言ったらなんだろう。


 美味しい物を食べることも良さそうだけど、それだけじゃなんだか物足りない。

 そうだ、お姉ちゃんは私たちの故郷にある温泉に入るのが好きだから、次のお休みの時に招待するのも良いかも。


「確かに、あそこの風呂は良かったな。ふふ、次回は母さんも連れて家族旅行としゃれこむのも悪くなさそうだ」

「遠いので乗り物が必要ですけど……。お兄ちゃんの伝手を頼ればその辺りも問題はなさそうかな。えへへ、おじいちゃんが作ったお菓子を食べたくなってきちゃった!」

 今回のお休みが始まったばかりだというのに、次のお休みのことまで考え始めてしまう私たち。


 必要な食材等を買い集める間も、家に帰宅するまでの間も話し合いを続けた結果、家族旅行はお兄ちゃんとお姉ちゃんへのサプライズという形にするのだった。

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