進化と淘汰
「特別な能力を有してしまったモンスターか……。わた——僕たちもこれまでに何度も見てきているけど、群れから離れてしまった個体がそれに当たる場合が多かったな……」
「群れから離れたから特別な能力を持つに至ったのか、特別な能力を持ってしまったから群れから離れざるを得なくなったのか。その辺りの調査も、図鑑作成の一助になりそうだな」
私が集めてきた情報を確認してくれる、ソラお兄ちゃんとウェルテお師匠。
自身が生き残るため、力を得ようとするのは生命として当たり前。
進化し続けることが必然なら、私たちも知識を得て対抗していかないとね。
「普通に考えたら群れから追い出すのは非効率、だよね。特別な能力を有す個体の子孫を増やせば、それだけ種族の繁栄をしやすくなるわけだし」
ナナお姉ちゃんが言うように、特別な能力を得た個体が子孫を残していけば、種族の未来は守りやすくなるように思える。
けれどそれをせず、群れから追い出してしまうのは、やっぱり種族の淘汰を防ぐためなのかな。
「特別な個体を恐れるから排斥行動を取るわけじゃなく、群れ、種族の淘汰を防ぐため、ごく普通の個体はそれを排斥し、種族の未来を守ろうとする……か。わた——僕も君たちの意見と一致しているよ」
「レイカが集めてくれた、スパインドレイクの特別な個体の情報。これがスパインドレイクの当たり前になれば、群れ内でいさかいが起きやすくなる。そうなれば子孫を残すのも難しくなるからな」
「特別な能力を有すより、子孫を残す方を優先……。変わったことで、群れ自体が絶滅しちゃったら意味がないもんね……」
人もモンスターも、大きすぎる変化は拒みたくなるものなのかもしれない。
だけどもし、特別な個体が普通の個体では排斥できないほどに力を得てしまったら、その群れはどうなってしまうんだろう。
仮に人でもそれが起きてしまったとしたら、どうなっちゃうのかな。
「適材適所っていうものがあるからね。その能力を生かせる場所で、存分に力を振るってもらうって形になるのが基本かな。平和ボケした考え方をするなら……ね」
「あまり考えたくはないけど、そういうことにも——」
「ちょっと、二人とも。せっかく家族でだんらんをしているのに、悲しいお話をし続けたらもったいないよ。ほら、クッキー食べて、食べて」
ナナお姉ちゃんからクッキーを食べるように促され、ようやく思考が正常に戻る。
状況が悪くならないように想定することは大切だけど、気が沈んじゃうまで考え込む必要はないもんね。
せっかく家族で一緒にいるんだから、みんなでできそうなことを考えないと!
「図鑑用の資料を纏めて……。ルトたちを連れて遊びに行くのもいいね。きっとあの子も、わた——僕たちに会いたがっているはずだし、会いに行くことも考えておこう」
「まだ会ってない村の人にも挨拶してこないと! ところでお兄ちゃん、もしかしてだけど一人称がごちゃごちゃになっちゃったの?」
私の質問に、お兄ちゃんは苦笑を浮かべながら頬をかく。
特別大使に就任した彼は、公の場では一人称を僕から私に変えるようにしているんだって。
各国の偉い人たちが集まる中、僕を使い続けるのはきまりが悪かったみたいなんだけど、こうして間違えるくらいならいつでも私にしちゃえばいいのに。
「それはまあ、そうかもだけど……。違和感とか、無いかい?」
「聞きなれていないから違和感があると言えばあるけど……。僕でも私でも、お兄ちゃんに変わりないよ。だよね!」
「ふふ、そうね。ソラはソラだもん、私は何も気にしないよ」
私とお姉ちゃんの勧めを受け、お兄ちゃんは大きくうなりながら悩みだす。
そんなに悩むことじゃないと思うんだけどなぁ。
でもまあ、そんなところもお兄ちゃんらしいや。
「図鑑関連でもちょっとした進展があったことだし、日頃から威厳を付けておくのも悪くないと思うが?」
「図鑑関連? もしかして、調査団員の募集がうまくいったの?」
お兄ちゃんはクッキーをつかみ取って口元へ運ぶと、パキリと小気味よい音を立てながらそれをかみ砕いた。
現在の私たちは、三年前と比べる意味もないほどに忙しい日々を過ごしている。
図鑑一冊分にできるほどの情報を集める余裕なんてなくなっちゃったから、モンスターの調査をする人たちを募集することにしたの。
図鑑などの情報源となりうる資料は、常に更新をしなきゃいけない。
調査をする時に準備すべきこと、必要なこと、調査結果を資料にするためのノウハウを教えて、ずっと、ずっと先の未来まで受け継いでもらおうってわけ。
現在を生きる私たちがどれだけ頑張っても、いずれは新たな生態を持つモンスターが現れ、情報が一致しなくなっちゃうからね。
「ねね、どんな人たちが募集してくれたの? もう会った?」
「こんな人がいるって聞かされているくらいさ。図鑑を読んで憧れを持ったところに募集を見つけて飛びついた人とかがいるみたいだから、そのうち話をしに行かないとね」
お兄ちゃんの話に耳を傾けながら、多くの人たちと共に調査に出かけている様子を想像する。
見つけたモンスターを巡って、わちゃわちゃしちゃったりするのかな。
時には論争が巻き起こることもあるかもだけど、たくさんの人が意見をぶつけ合うことで、より精密な情報になっていけばいいな。
「実は、アマロ村にも募集を受けてくれた人がいるんだ。明日はその人たちと話をしに行こうと思ってる」
「私たちみーんなが知っている人なんだって。ふふ、一体誰なんだろうね?」
おやつの果実を含み、ほっぺを動かしているスラランを見つめながらお姉ちゃんは笑みを浮かべる。
なるほど、確かにあの人なら募集に飛びついてくるかもね。
世界各地に住むスライムたちに会いに行けるチャンスです! とか言ってたりして。
「いまは特別大使としての仕事を中心にやっていかなければならないけど……。いずれはその役目も誰かが引き継ぐはずだし、そうなれば図鑑の方に注力できるようになる。本格的な始動はそこからかな」
「準備期間、研修期間ってわけだね。頑張らないと!」
「私も色々とやるべきことが終わったら、そっちを手伝いたいところだけど……。大魔導士としてみんなを導かなきゃいけないわけだから、難しいかなぁ……」
喜びながら未来の話をする私とお兄ちゃんに対し、お姉ちゃんはほんの少し顔を俯かせながらつぶやく。
彼女は長年の夢が無事に叶い、大魔導士の座に就くことができたんだよ。
大魔導士というのは、強力な魔法を自由に扱えて、強大な名声を有していなければ到達できない、魔導士たちの頂点。
あらゆる魔導士を導き、その行く先を決定していくという役目を持つ、いわば魔導士たちのリーダーでもあるんだ。
政における決定権が王様に集約されているように、魔導士においてのその権限はお姉ちゃんに集約されているというわけ。
容易にその座からは降りられず、次代に託すための準備をするにしてもかなりの時間がかかっちゃう。
お兄ちゃんとの時間も制限されてるから、きっと寂しいんだよね。
「特別大使としての役目が終われば、ソラが護衛として動くことも可能になるさ。そうすれば一緒にいられる時間が増えるだろう。大魔導士としての役目が終わったら、また皆で出かければいいさ」
「ちょ……。姉さん!?」
お師匠の助言により、お姉ちゃんの表情が明るくなる。
確かに、お兄ちゃんがお姉ちゃんの護衛をすれば、いつでも一緒にいられるよね。
う~ん、私も護衛役に名乗りを上げちゃおっかな。
「レイカまで……。いや、確かに姉さんの言う通りだね。私たちで良ければ、君の護衛をやらせてもらうよ」
「ふふ、良いの? 色々押し付けちゃうかもよ?」
「共に過ごせなくなった時間を穴埋めできると思えば苦はないさ。私としても、新たな経験を得られるかもしれないしね」
お兄ちゃんとお姉ちゃんは、とても幸せそうな表情で見つめ合いだす。
二人と一緒にいるのは大好きだけど、こうして親密な姿を見ているとこっちが恥ずかしくなっちゃいそう。
お師匠もどことなく気まずそうな表情を浮かべてる。
この場から一緒に抜け出すには——
「ご馳走様! スララン、ルト、コバ! 一緒にお散歩しに行こうか!」
「ワウ! ワウ!」
「ワウォーン!」
クッキーとジュースを口に放り込み、椅子から立ち上がりながらモンスターたちに声をかける。
お師匠にも素早く目配せをし、共に出かけるための言い訳を考えてもらう。
「村で買い物をしてくる。一緒に行くか? レイカ」
「お買い物……。あ、じゃあ晩御飯の材料も買ってくるね!」
散歩ついでのお買い物であれば、少し遅くなったところで問題はない。
お師匠とお買い物に行くことはあんまりないから、楽しみ!
「久しぶりだから、腕を振るわせてもらおっと。ハンバーグの材料、買ってきてくれる?」
「やった! たくさん買ってくるから、いっぱい作ってね!」
「ふふ、モンスターくらいなら問題はないとは思うけど、不注意で転んだりしないようにね」
買い物かごを手に取り、お兄ちゃんたちの言葉を背に受けながら家を出る。
家族の幸せを守るためにも、私の役目に向けて頑張らないと!
でも、それが来るのはまだ先の未来だから、いっぱい、力を付けておかないとね。
決意を新たにしながら、草原を走り出すモンスターたちをお師匠と一緒に追いかける。