これまでの記憶
「僕たちは、君たちにとってのもう一つの家族だ。だから出ていく必要なんかない。君たちがここを巣立っていきたいと本気で思うその時が来るまで、僕たちが守るから」
黒い前髪に真っ白の髪が混ざりこんでいた時のお兄ちゃんが、私の肩に手を置きながら語りかけてくれる。
旅に出たお兄ちゃんを探すという目的でアヴァル大陸を訪れ、彼の所にたどり着いたのが五年前。
当時の私は、ヒューマンから突如として攻撃を受けたことに恐怖し、同種族の人々を信用できない状態に陥っていた。
集落に近寄ることはせず、ヒューマンを見つければこそこそと離れる。
そのような状態で、ヒューマンが住むこの家に向かおうと思ったこと、滞在ができたことは、いま思うと違和感いっぱい。
運命って言葉だけじゃ説明しきれないけど、この後に起きた様々なことを思うとどうでも良くなっちゃうかな。
「こんなに可愛らしい角、初めて見たよ。羨ましいなぁ……。ちょっと、触ってみてもいい?」
次に思い浮かぶは、私の仲間であり友達のミタマちゃんと初めて会った頃の記憶。
魔法剣士となるための試験を受けた私は、戦闘能力の確認ということで模擬戦を行った。
対戦相手は、私より少しだけ早く魔法剣士の修行を始めていたミタマちゃん。
その戦いは残念ながら負けちゃったけど、本気でぶつかり合い、自身の正体を正しく伝えられたことで、彼女とは唯一無二の友達になれた。
いまでも時折、角を触られちゃうことがあるんだよね。
「僕の記憶の中にも女の子が出てくるんだ。お兄ちゃんって呼んでくれる、血は繋がらないけど大切な妹。やっぱり、君なんだね」
とても温かくて優しい笑みが心に浮かび、口角が緩む。
里帰りをした私たちは、故郷に襲い掛かるモンスターと戦った。
そのモンスターは狂暴かつ強力で、狩猟に長けた村人や、あらゆる状況に対応できる魔法剣士たちをも軽々と吹き飛ばすほどだったの。
モンスターの討伐に成功した人々は、悲しみに暮れ続けることなく復興作業を始めていく。
ホワイトドラゴンとヒューマンが協力して作業を進めていく姿を見て、私の不信感は大きく減少したっけ。
その最中、私は一人で思い出の地へと向かい、大切な人が現れるのを待っていた。
現れたのは、私の心を救い、故郷を救ってくれた人。
黒い前髪に白い髪が混ざりこんだあの人が現れ、私が最も望んでいた言葉を伝えてくれた。
誰よりも大好きで、誰よりも尊敬している人が、私を妹だと言ってくれたの。
血が繋がっていないだとか、種族自体が違うとかそんなの関係ない。
お兄ちゃん、私、弟のレンの三兄妹で生きていくことをここで決めた。
「め、迷惑とかそういうわけではなくてだな! いきなり友達になんてなれるのか、よく分からなくて……!」
動揺し、慌てふためく灰髪の少女——イデイアちゃんの姿が脳裏に浮かぶ。
アイラル大陸から帰還した私は、叙任式の後に正式な魔法剣士となった。
そんな頃に共に任務を受けたのが、イデイアちゃん。
私、お兄ちゃん、ミタマちゃん、イデイアちゃんの四人で任務に向かったんだけど、近隣の村に報告へと向かった際に、私とイデイアちゃんが化け物と勘違いされちゃったんだよね。
あんまりな物言いをする村の人たちに対し、お兄ちゃんとミタマちゃんが本気で怒ってくれて、嬉しかったなぁ。
即席ながら協力して任務に当たれたこと、記憶を失い、頼れる人がほとんどいなかったイデイアちゃんに親近感を覚えたことから、私とミタマちゃんは彼女と友達になった。
物静かで冷静で、お堅い彼女を街に引っ張り出すのは大変だけど、一緒に任務に向かって、訓練をして、帰りにお菓子を食べに行くのは最高に幸せなんだ。
「もう、理解しているだろう? その剣の役目、そして握った者が担う使命を」
深い、深い森の中、その中央に世界樹と呼ばれる巨大な大樹が存在し、それを守っているこれまた巨大な黒い鱗を持つドラゴンが話しかけてくる。
その美しくも恐れを抱きそうになる瞳には、一本の剣を握るお兄ちゃんの姿が。
ドラゴン——正しくは聖獣の一翼であるニーズヘッグ様から、世界樹内部へと侵入し、そこに存在するものの様子を見て、可能であれば持ち出してほしいと依頼をされた。
私とお兄ちゃんだけで世界樹を進んだ結果、台座に突き刺さっていた一本の剣を発見。
私たちが持ち出すことに成功したそれは、英雄の剣と呼ばれる遥か過去の遺物だった。
その時に聞かされた、いずれこの世界に訪れるという天災。
世界を守るため、英雄の剣と共に戦う戦士こそが英雄と聞かされ、私とお兄ちゃんは英雄候補者として鍛錬と剣の修復方法を探すことになったんだ。
「アタシの評価としてはこんなところだね。アンタは優秀なれど、英雄たる傑物とは言い難い。英雄の剣は十分扱えているようだが、難しいかもね」
荒れ狂う海を進む船の甲板、一体の巨大な海蛇が私たちに語り掛ける記憶が蘇る。
英雄の剣が修復され、新たにスターシーカーという名が与えられた後のこと。
ニーズヘッグ様と同格の存在である、聖獣リヴァイアサンを探しに私たちは海に出た。
目的はアヴァル大陸の周囲を覆っていた巨大な海流、戻りの大渦を止めてもらうこと。
同時に、英雄としての素質を見極める良い機会ということで、聖獣の試練を受けることになったんだ。
結果は残念ながら不合格。
戻りの大渦は止めてもらえたけど、お兄ちゃんは英雄として認めてもらえなかった。
私は成長中ということで評価は貰えず、いまも修行を続けていると言ったところ。
お兄ちゃんが合格できなかったのに、私なんかがって思っちゃうこともあるけど、お兄ちゃんがなれなかったからこそ、私がなってみせるという気持ちもまた強くなった。
そろそろリヴァイアサン——レヴィア様が試練を与えてくれるのかな。
「皆さんにとっての名もなき英雄を褒めてあげてください。見えない英雄を讃えてあげてください。この戦いは、英雄たちのおかげで乗り越えられたのですから」
戦いに勝利したものの、傷つき、疲弊している人々の中心で、言葉を伝えるナナお姉ちゃんの姿が見える。
アヴァル大陸には、魔力結束点という膨大な魔力が噴き出る大地の裂け目が各地に存在しており、その魔力に影響を受けたモンスターたちが、人や集落を襲うという事件が度々起きていた。
それらの中でも特に大きかったのが、十年前に端を発し、三年前にやっと解決へと至った事件、大海嘯事変。
モンスターたちが大波のごとく押し寄せてきたあの戦いに私も参加したけど、無我夢中で戦ったから良く覚えていない。
でも、事件の原因となってしまっていたモンスターを打倒したお姉ちゃんが、みんなにかけた言葉はいまも私の心に残ってる。
私も、誰かにとっての英雄になれていたのかな。
「君たちはもう一つの私の試練を乗り越え、協力を取り付けた。だったら私も測ってあげる。成長すべきはかつての世界か、いまの世界か。私の試練で!」
宙へと浮かび上がり、絶望に染まり切った瞳で私たちを見下ろす黒き翼竜。
遥か過去の時代で英雄に選ばれた聖獣は、襲い来る天災を払うため、単独で立ち向かった。
スターシーカーの前身、英雄の剣を手にして。
けれどそれが叶うことはなく、世界が傷ついてしまうという事態に陥ってしまう。
地下に避難していた人々はやがて地上に戻るも、天災に焼き払われ、資源量が減少した世界でかつてと同じ暮らしを謳歌することはできなかった。
その結果、各異種族が分かれての争いが起こり、日を追うごとに戦いが過熱していくことになってしまったの。
このままでは世界そのものが壊れてしまうと判じた聖獣たちは、かつての人々が暮らしていた巨大大陸を六つに分割し、それぞれに各種族を振り分け、各聖獣が人々と大陸を見守るという決定がなされた。
こうして生まれたのが、私たちが住む現在の世界。
けれど、七体の聖獣の内の一体、バハムート様だけはかつての世界を取り戻そうと行動を続けていた。
私たちの説得により、現在の世界を見守る決意をバハムート様は抱いてくれたけど、その心の内でくすぶり続けていた、敗れた英雄としての心が暴走し、飛び出してしまう。
ラクリマと名付けられた黒き翼竜は、過去を改変することで世界を上書きしようと動き出してしまったの。
当然、現在の世界に生きる私たちはそれを認められず、戦いに挑んだ。
かつての英雄と英雄候補、そして、聖獣と聖獣のぶつかり合いという壮絶な戦いの果て、私たちの勝利で戦いが終わる。
とはいえ、ラクリマとバハムート様は同一の存在。
ラクリマが倒れればバハムート様も倒れることになり、それは聖獣の一翼が欠落することになってしまう。
バハムート様は自由に動ける体をラクリマに譲り渡し、代わりにその心を支えるために眠りにつく形で自身の存続を図り、無事に成功。
心の奥底に閉じ込めていた願いを理解し、それを叶えたことで、ラクリマは一人の少女としてこの世界を守る決意を抱き、もう一度、英雄となるための修行を続けているの。
彼女は彼女でやるべきことがあるからそんなに会えないけど、時に一緒に鍛錬をして、時に一緒にお出かけをする仲にまでなれてる。
ミタマちゃんとイデイアちゃん、そしてラクリマちゃんと一緒に、お菓子を食べに行きたいな。
それからもいろんな経験をしたけれど、これと言えるようなことは起こらなかった。
やっぱり、一所にとどまっているより、世界を飛び回る方がいろんな経験ができるよね。
もうすぐ、二つの大陸に向かえるようになる。
楽しくて嬉しいことの間に辛くて苦しいこともあるはずだけど、私は絶対にめげない。
たくさんの知識と力を得て、その先に訪れる天災を振り払ってみせる。