休暇の前に
「レイカちゃんは強化魔法を使って待機! イデイアちゃんはウチと一緒に足止めをするよ!」
「ああ、任せておけ。行くぞ!」
暖かな風が吹き渡る穏やかな野原。ミタマちゃんは剣を手に、イデイアちゃんは魔法を発動しながら敵に向かっていく。
私たちが相対しているのは、スパインドレイクと呼ばれる四足を持つ蛇型のモンスター。
その名の通り体中に鋭い針が生えていて、それを使って外敵から身を守っているんだけど、見た目の凶悪さと違っておとなしい性格をしているの。
本来なら討伐対象に入ることはないんだけど、目の前にいる個体は異常なまでに針が大きく伸びてしまった特殊個体。
人々や他のモンスターの暮らしに影響が出かねないということで、討伐することが決定したんだ。
「クギャア!」
大人しいはずのスパインドレイクが、牙を剝き出しにしながらミタマちゃんたちに攻撃を仕掛けようとする。
大きく伸びすぎた針たちは自身の体をも傷つけちゃうみたいで、その痛みのせいで気が立っているみたい。
発見するまでの間にも、目の前の個体が持つ針で傷ついたと思われる植物たちをたくさん見かけたから、少しでも針を短くしようと行動してたんだろうね。
「食らってなんかあげないよ! それ!」
攻撃を避けたミタマちゃんは、剣を横なぎに振るってとげとげしく伸びた針を斬り払う。
針を短くさえすれば、本体への直接攻撃が可能になるはずというのが最初の作戦だったけど、斬り払われた先から針の再生が始まっている。
この辺りも狂暴化した原因の一つみたいだね。
「蛇型のモンスターに火は効きづらいのが難点だが……。傷ついた部位を焼き固めるくらいならできるはずだ! ヒートショット!」
ミタマちゃんが傷をつけた部分に向け、イデイアちゃんが炎の魔法を発射する。
一寸の狂いもなく魔法は命中し、めらめらと燃え上がっていく。
スパインドレイクは自身の体についた炎に驚いて地面を転げまわるも、それが鎮火することはなく、傷を焼き続けていた。
「よし、こんなところだな。レイカ、行け!」
イデイアちゃんが魔法の発動をやめると、スパインドレイクの傷を焼き続けていた炎が消滅する。
針は短くなり、再生は行われなくなったことで、本体への直接攻撃が可能となった。
強化魔法をかけ終えていた私は奴のそばに一気に近づき、剣を振り下ろす。
「はあああ!」
速度と勢いが乗った一撃により、スパインドレイクの生命活動は停止する。
どうと音を立てて崩れ落ち、動くことはなくなった命へ祈りを送った後、長く伸びた針等の素材を回収することに。
針はさらに細く加工すれば裁縫用にも使えるし、料理に使う串代わりにもなるんだよ。
「本来なら大人しいのに、針が大きく伸びちゃっただけで命を奪われないといけなくなっちゃうなんてね……」
「私たちが退治せずとも、寿命を迎えることなくこの世を去っただろう。現にコイツには、他の個体たちが交流を望んだ様子が見られない。人と同じで、モンスターも孤独では生きられないんだ」
あまりにも特異な特徴を持つ個体が、他の個体に認められることはあり得ない。
もし、目の前で倒れている特殊個体がスパインドレイクの当たり前の姿になったら、自身も他のモンスターをも見境なく傷つけてしまうはず。
自身の苦しみで精いっぱいなのに、他のモンスターを気遣うことなんてできるわけがなく、子孫が増えていくことも難しくなる。
そうなれば種族全体の総数が減少し、最終的には種族自体の淘汰へと繋がっちゃうはず。
進化の一つではあるのかもしれないけれど、そんな形じゃ意味が——
「レイカ。おい、レイカ!」
「ひゃ!? ど、どうかした?」
イデイアちゃんの大きな声に驚き、正気に戻る。
考え事をしながら手を動かしていたつもりだったけど、いつの間にか止まってたのかな。
「どうかしたじゃないよ。レイカちゃん、地面に埋めたスパインドレイクをずっと見つめてるんだもん。こっちが心配になっちゃうよ」
「え? あ、あれ……?」
視線を正面に戻してみると、そこに命尽きたスパインドレイクの姿はなく、柔らかそうな土がこんもりと盛られていた。
素材回収が終わっただけでなく、埋葬までもが済んでいたことに気づかなかったなんて。
「ぼ~っと考え事をしたまま作業をしちゃうなんて、レイカちゃんも優秀な魔法剣士になったもんだねぇ~」
「それ、皮肉だよね? んもう、ひどいなぁ~」
「そこまでにしておけ、二人とも。任務も終わり、素材の回収と後処理も済んだ。軽く一休みをしたら、海都に戻るぞ」
荷物をまとめ終えた私たちは、スパインドレイクを埋葬した地点から少し離れた場所にある小高い丘で、少し休憩をすることに。
緩やかな斜面を登り終え、丘の頂点で大きく伸びをする。
美しい景色がざわめく心を静め、戦いで火照った体を穏やかな風が冷ましていく。
「レイカちゃん、どことなくそわそわしてるね。何かあったのかな?」
「休暇前だからだろ? 村に戻ると言っていたから、家族に会えるのが待ち遠しいと言ったところだろうさ」
背後から、ひそひそとささやく声が聞こえてくる。
イデイアちゃんの言っていることは正しいけれど、それだけが理由じゃない。
ルクスル大陸とルビア大陸、まだ足を踏み入れたことがない大陸たちに向かえる可能性が高まったから。
そわそわしているように見えるのなら、それが一番の理由だよ。
「ルビア大陸、私の故郷——か。彼の地に私の家族はいるのだろうか。かつての私は、どんな暮らしをしていたのだろうか。炎が大地を焼くと聞くが、どんな大陸なんだろうな」
「あ、イデイアちゃんまでそわそわし始めた。レイカちゃんは好奇心が、イデイアちゃんは記憶が戻る可能性を思えば我慢もできなくなっちゃうよね。せっかくだし、ウチも何か目的を考えておこうかな」
草の上に座り込みながら、海を渡る目的を考え始めるミタマちゃん。
私にはいろんなことを知りたいという欲望があるけど、だからと言って好奇心の赴くままに行動するわけにはいかない。
いずれ向かう予定がある二つの大陸は、方や氷が大地を覆い、方や炎が大地を焼く厳しい土地。
私の不用意な行動のせいで、みんながケガを——それ以上に辛い目に合わせちゃったら嫌だしね。
「最悪の事態を防ぐために、お前の義兄含め、多くの人が協議をしているんだろうさ。そうだ、レイカ。お前は海都に戻らず、ここから直接村へと帰ったらどうだ? その方が移動に無駄が出ないだろう」
「え? まあ、お休みの申請は受理されてるし、その方が楽だけど……。報告せずに勝手に帰っちゃうのは……」
「これくらいの報告なら、ウチらだけで大丈夫だよ。早くみんなに会いたいだろうし、集めていた情報を共有しなきゃ、でしょ?」
二人の勧めを聞きながら、カバンの中にある一冊の手帳を取り出す。
この中に記されているのは、先ほど戦ったスパインドレイク同様、特別な能力を持ってしまったモンスターたちの情報。
私は魔法剣士としてのお仕事の傍ら、それを集めているの。
三年前、私は家族と一緒に本を作っていた。
様々なモンスターの情報と、様々な種族の情報が書き記された、異種族・モンスター図鑑と名付けられた本を。
いまではそれは無事に出版され、多くの人が手に取ってくれているけど、今回のように特別な力を持つモンスターが現れる可能性がある以上、情報の刷新を続けなきゃいけない。
比較的自由に動け、それなりに戦いなれている私が、率先して情報を集めているの。
「早く家に戻れば、この情報たちを纏める時間も増えるもんね。分かった、報告は二人に任せていい?」
「ああ、任せておけ。よし、休憩もこの辺りでいいだろう。ミタマ、行けるか?」
「もちろん。それじゃ、レイカちゃん。休暇明けにまたね!」
一斉に立ち上がるも、私が足を向ける先は二人と異なる。
私のもう一つの故郷、アマロ村へ。
いまの私を形作った、大切な家族たちがいる家に帰ろう。