表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
救星の英雄たち 壊星の陰陽竜  作者: 一木空
第一章 訓練風景
1/13

プロローグ

 アステラ。モンスターが行き交い、多種多様な姿を持つ人が暮らす世界。

 かつては種族間の繋がりが希薄どころか、異なる大陸への渡航すら難しい、狭く閉じられた世界だったが、現在は違う。


「スライムパン、焼きたてで~す! ぎっしりとクリームが詰まった、甘くてかわいいパンはいかがですか~!」

「お、お客さんお目が高いね~。こいつはマンドラゴラの秘薬と言って、滋養強壮効果が抜群な薬だ。中々手に入らない代物だから、お一人様一瓶限りだよ」

「ほ~。今日はずいぶんと良い鉱石が取れてるじゃないか。やっぱり、コボルトたちにも採掘を手伝ってもらうと違うな」

 とある草原地帯にある、石造りの大きな街。


 頭に角を生やす者、色とりどりの髪色をした、耳が長く尖った者、体が小さいものの、その小ささを利用して細かな作業を行う者。

 彼らはその街で、お互いを尊重しながら穏やかな暮らしを続けていた。


 その街からほんの少し離れた場所にある、広々とした高原。

 もっとも小高い丘の上に築かれた古びた家に、黒い髪を持つ老婆が一人で住んでいた。


「もう、この時期なのね……。風狼はとっくに滞在しているけど、他のはまだ来てないみたいね……。ま、その日までにはみんな来るでしょうし、連絡する必要はないでしょう」

 老婆は机に向かって何か文字を書いているようだが、窓から差し込む光により内容が読み取れない。


 されど机の端に置いてある大量の資料から、彼女は文字を書く仕事をしていることが察せられた。


「よい、しょっと……。ふう、さすがにここまで老いると文字を書くのも億劫ね……。風狼の従者の子、確か文字を書くことが趣味だって言ってたわね。色々教えこんで、弟子に取っちゃおうかしら」

 老婆はクスクスと笑いながら机を離れ、室外へと出ていく。


 背は曲がっておらず、歩みは確かだ。

 そんな彼女が向かった先にはリビングがあった。


 一人で暮らすには広すぎるように思えるが、床だけでなく、中心に置かれたテーブルも、窓際に置かれたソファにも、ほこりは一つとして存在していない。

 とても丁寧に掃除がされているようだ。


「毎日お掃除しているけど、この家もだいぶ古びちゃったわね……。あの人たちの大切な思い出の地だから、可能な限りは残したいと思っているけど……。あらゆるものは滅びるのが定め――ね」

 老婆はフッと溜息を吐くと、リビングを通り抜け、廊下を歩み、玄関の扉を開く。


 オレンジ色の光が差し込んできたことで、彼女は顔をしかめる。

 刻み込まれたしわたちがさらに深くなっていくことに機嫌を損ねつつ、彼女は敷地内の片隅に置かれた物たちへと近づいて行った。


 古びたいくつかの墓標たち。

 刻み込まれた文字はとうの昔にかき消え、墓そのものの痛みもかなり進行しているようだ。


「作り直すのも違うでしょうし、こうしてお掃除するくらいしかできませんが……」

 老婆はバケツに水を汲むと、それを利用して墓たちの清掃を始める。


 一つ一つを丁寧に掃除していると、突如として彼女の周りを穏やかな風が吹く。

 これと言って驚く様子も見せず、彼女は大空を見上げながら口を開いた。


「近くに来ているってのに、わざわざ連絡をしてくるとは……。何か良いことでもあったのかい? 風狼」

 誰かが老婆に話しかけているわけではない。


 されど、まるですぐそばに誰かがいるかのように話を続ける。

 ふむ、ふむとうなずいていた彼女は、突如として驚きの表情を浮かべ、すぐさま郷愁の念を抱いた表情へと変えていく。


 彼女の視線は、まるで夫婦のように寄り添う二つの墓標へと向いているようだ。


「あの時代を知りたいと思っている子たちがいる――ね。ええ、その役目、任させてもらうわ。いつ、どこで話をするとか決まってるの? そう、そう……。なら、みんなが集まる日が良いでしょう。過去の思い出話に興味を持ったということは、私たちのことにも興味を持ったはずだから。じゃあ、その日にね」

 老婆が風狼と呼んだ、姿の見えない相手との会話も終了へと至り、再び彼女は一人ぼっちとなる。


 されども彼女は、微塵も寂しそうな表情を浮かべることなく墓標たちの清掃を再開した。

 一つ、二つと磨かれていき、とうとう最後の一つとなる。


 何かを射出するような機構が取り付けられた、片刃の剣。

 最後の墓標の傍らに突き刺さっているこの剣は、不思議なことに微塵も古さを感じない。


 ただ単に、整備され続けているというわけではなさそうだ。


「私たちのお話、聞きに来てくれるんだって。いまはもう、あの時代のことを知っている存在は私たち以外いないけど、こうやって知ろうとしてくれる人がいる。それだけのことなのに、なんか嬉しくなるよね」

 老婆は剣の柄を握り、地面に突き刺さったそれを引き抜く。


 太陽の光が差し込み、剣先がキラリと輝いた。


「……私がみんなのところに行けるのはまだまだ先。待っていてなんて言わない。でも、時々でも見守っていてくれたら嬉しいな」

 老婆は剣身に額を当てる。


 銀色に輝くそれには、白髪に白い角を有した少女の姿が映っていた。

ご覧いただきありがとうございます。


それなりの長さのお話になる予定ですが、お付き合いいただけると幸いです。

前作、図鑑のスクリプトルもどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ