8. 罪と罰の狭間に囚われて(ロアside)
いつから、こうしているのか。
ロア――いや、かつてロアン・ヴェルディク・クローディアスと呼ばれていた俺は、うっすらと靄のかかった森の中を、ただ黙々と歩いていた。
視界はぼやけている。霧が晴れない。空の色も木々のざわめきも、なにもかもが遠く、現実感を欠いている。
足元に枯葉が舞い、どこかで誰かの笑い声が聞こえた気がした。
振り返ると、そこにいたのはかつての仲間達だった。
――あの時と同じ装備、同じ笑顔。
誰かが手を振った。もう一人が振り返って「先に行くぞ」と軽口を叩いた。
あの時、誰が俺に手を振ったのか。誰が俺に軽口を叩いたのか。もう……思い出せない。
その声達も風に溶け、すぐに何も聞こえなくなった。
(……また、か)
ここに来てから、もう何度目になるか分からない光景。
何度も何度も繰り返される、『あの瞬間の前』だけが、まるで罠のように再現される。
踏み込んだのは自分だった。罠を見抜けなかったのも、自分だった。
けれど生き延びたのも、また自分だけだった。
『運が良かった』
そう言えば、周囲は納得した。誰も俺を責めなかった。それどころか、慰めてさえくれた。
自分でも、そうやって誤魔化してきた。
――けれど、本当は違う。
(あの時死ななかったのは奇跡なんかじゃない。ただ、自分以外の誰かが命を差し出した。彼らの運を俺が奪い、使い果たした。そんな気がしてならなかった)
だからこそ、笑うしかなかった。だからこそ、「強さ」など持っていないふりをするしかなかった。
あの時仲間を全て失った俺には、もう、誰のために剣を振るえばいいのか分からなかったから。
風が吹き抜ける。霧がわずかに揺れ、影のような誰かが通り過ぎる。
――まただ。また、あの頃の顔が現れる。
これが罰ならば、甘んじて受けよう。俺だけが生き延びて、彼らを失ったことに対する罰。
俺はそう思っていた。
けれど、そんな俺の歩む記憶の森に――誰かが足を踏み入れようとしていた。
霧の向こう、微かな光と気配を連れて。