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1. プロローグ


「お父様、(わたくし)、政略結婚などいたしませんわ。あの方の『趣味』は、到底耐えられるものではございませんの」


 静かに差し出した絶縁状を見下ろして、お父様は鼻を鳴らした。


「……やっぱりな。お前はそう言うと思ってたよ、ミコト」


 ここは王都エルディアの東にある屋敷。その一室にある革張りのソファーに腰掛け、私を見て苦笑いを浮かべている。


「ミコト」


 娘の名前を呼ぶ声は、穏やかで、それでもどこか寂しげだった。


 入り口の扉の前に立つのは娘である私。淡いクリーム色のドレスに真珠の髪飾りを身に付け、金色の巻き髪をリボンで結わえている。


「このまま『あの方』と婚約を続けることはできません」


 自分で思ったよりも静かな語調だったが、声は震えない。良かった……と心から安堵した。


「一度は受け入れようと思ったんです。エストレーリャ家の為に。でも、あの方の『趣味』を知って、どうしても……夫婦になるのは……無理でした」


 ――だって、求婚の証としてあの方が差し出したのは、私そっくりに作られた等身大の人形だったのだから。


 青い瞳、細い鼻筋、赤みの強い唇……そんな風に精巧に作られた顔立ちで、髪質まで本物そっくり。しかもその人形は、純白のウエディングドレスを着せられて、ガラスケースに収まっていた。


 ――「見てください、ミコト嬢。未来のあなたとの生活を、こうしてシミュレーションしておきました」

 ある時彼は誇らしげに言った。

 

 ――「これは七体目です。一体目はもう少し表情が硬くて……」

 そこまで聞いた時点で、私は頭の中が真っ白になっていた。


 断じて、断じて無理だった。このまま放っておけば、結婚後も私の分身を並べて定時にキスでもしそうな勢いだったのだから。


 私は元商人で今や新興貴族となったエストレーリャ伯爵家の一人娘。王都でも少しばかり名の通った正真正銘の伯爵令嬢である。


 そしてお父様は元々異世界から転生してきた稀有な男だった。前世では『|MIKANミカン WORKSワークス』という、『日本』のアウトドアブランドの創業者兼デザイナーだったらしい。

 

 こちらの世界でも革新的な技術と奇抜なセンスで、『異世界版アウトドア用品』を売り出し、旅人や冒険者にとっての憧れとなった。


 つまり私のお父様は、この世界の『キャンプ』文化を一変させた、革命児なのである。


「……というわけで、この家を守る為に絶縁はいたしますけれど、お願いが一つだけ。とはいえ、実はもう既に、セバスチャンには頼んでありましたのよ」


 セバスチャンというのは我が家の執事であり、お父様の右腕。お父様に心酔し、自らもMIKAN WORKSの商品開発に携わっている。

 

 私はふわりと微笑んで、お父様に一冊のノートを差し出した。


「これ、お父様の開発メモをもとにして、私が改造した旅用馬車『|MIKAN Base-Oneミカン・ベースワン』です。セバスチャンに突貫工事で作って貰いましたの。旅立ちの準備は、すでに整っておりますわ。あとは……引き渡しだけ」


 パラパラと私が手渡したノートのページを捲るお父様の横顔は、誇らしくもあり、寂しげでもあった。


「お前なぁ……我が娘ながら、ほんっと、ちゃっかりしてやがる。で、マジで行くのか? 王都出て、一人で?」


 無精髭と垂れ目がちなのがお父様の特徴。


 そういうのをお父様のいた世界では『ワイルドイケメン』と言うらしいけれど、確かにお父様はこの世界でも光る部分がある、とても魅力的な人だった。


「ええ。自由と美味と、新しい出会いの為に。MIKAN WORKSの性能を、この身をもって証明して差し上げますわ」


 満足げに頷く娘に、お父様は半ばあきれながら笑った。


「……ま、お前が泣いて戻ってきた時のために、王都の家はそのままにしといてやるよ」

「お気遣い、感謝いたします」



 

 そうして迎えた旅立ちの日。


 王都を出て最初の宿泊地となる丘の上で、私は改造馬車の屋根に登り、夕日に手をかざした。


「この世界の隅々まで、私の目で見て、舌で味わって──『記録』いたしますわ」


 そう宣言したミコト・ド・エストレーリャ。名前だけはやけに格調高いのも、元伯爵令嬢ならではの宿命だ。


(……けれど、旅先ではもう少し、名乗り方を考えた方がよろしいかもしれませんわね)


 誰にともなくそんなことを思いながら、私はMIKAN Base-Oneミカン・ベースワンを動かし始めた。


 そして、動き出す。お父様から受け継いだ天才的チート技術の結晶、MIKAN WORKS製の旅道具とともに。


 始まったのは、気高くてちょっぴり変わった『元伯爵令嬢』の、ゆるやかで少しだけ贅沢なスローライフであった。

 

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