0010 狩猟クラブ
「私たちはジビエの飼育には手を出しません。代わりに、CIEに協力してもらい、数頭の獣たちと森を作ってもらおう。そこで自然繁殖を促進し、狩猟クラブを設立します」
と金田はオフトのメンバーに説明した。
「狩猟クラブ?」河野が興味津々に尋ねた。
「そうだ。野生生物を相手にすることで、僕たちの代わりに狩猟を行うクラブを作るんだ」 と金田は続けた。
「狩猟は非常に危険な活動です。誤って怪我をすることもあるし、場合によっては命を落とすこともある。そのため、狩猟クラブのメンバーには徹底的な訓練を受けてもらい、狩猟の技術と安全対策を身につけてもらう」
「それは分かるけど、具体的にはどうするつもりなんだ?」町田が尋ねた。
「狩猟クラブのメンバーが僕たちの代わりに危険な仕事を担ってもらうんだ。そして、狩った獣は依頼主が買い取り、オフトは仲介手数料を頂くシステムを作り出す。このシステムで、狩猟のリスクを管理しつつ、経済的な利益も得ることができる」と金田は説明を続けた。
「それはいいアイデアだね。狩猟クラブなら、リスクを管理しながら、オフトも利益を得ることができる」と町田が同意した。
「それに、自然繁殖の森を作ることで、持続可能な環境も提供できるわ」と優香が付け加えた。
金田は早速、CIEの研究者やプログラマーたちにこの計画を持ちかけた。
しかし、彼らの反応は予想通りのものだった。
「また面倒な話を持ってきたな、金田さん」と研究者の一人が苦笑いしながら言った。
「あのね、自然環境を作るのが一番大変なんだよ!牛や牧場を作るのとは、訳が違うんだ!」と研究者の一人が声を荒げた。
「自然繁殖の森を作るって、簡単に言うけど、かなりの労力が必要だぞ」と別のプログラマーが肩をすくめた。
「でも面白そうだし、やりがいはあるかもしれない。どんな動物を入れるんだ?」と好奇心を示す研究者もいた。
金田は説明を続けた。「広大な仮想現実の土地に、木々や草原、川などの自然環境を再現し、数頭の熊、鹿、猪、ウサギを放つことにします。これにより、自然繁殖を促進し、狩猟クラブが活動できる場を提供したいのです」
「なるほど。でも、リアルな環境を作るためには、生態系全体をシミュレーションする必要がある。動植物のバランスをどうやって保つかも考えないと」と研究者の一人が指摘した。
「その通りだ。それに、動物の行動パターンや繁殖周期もシミュレーションしなければならない」とプログラマーが補足した。
金田は微笑んで言った。「確かに大変な作業だけど、私たちがここで新しい可能性を切り開くことができれば、未来の仮想現実の可能性が広がると思います。みんなの力を貸してくれないか?」
その一言で、研究者たちは一瞬沈黙し、その後、互いに頷き合った。
「やってみよう。金田さんのビジョンに賭けてみる価値がある」
と研究者のリーダーが結論づけた。
数週間後、広大な自然繁殖の森が完成した。
この森は、多様な植生と地形を持ち、リアルな生態系を再現するために設計されていた。
森には、緑豊かな広葉樹の林、茂みが生い茂る草原、透き通った川、静かな沼地、そして岩がごろごろする丘陵地帯が広がっていた。
これにより、動物たちはそれぞれの生態に適した環境で生活できるようになっていた。
CIEの研究者たちは、熊、鹿、猪、ウサギなどの動物をメインに放ち、自然繁殖が促進されるようにしていた。
彼らは動物たちの行動パターンや繁殖周期を細かくシミュレーションし、生態系のバランスが保たれるように努めた。
ただ、研究者達は他の事にも手を着けていた。
草食動物がいるという事は、当然、肉食動物もいる。小動物がいるという事は、当然、大きな動物もいる。そして、餌となる植物や木の実なども必要と、考えられるだけの事を再現していたのだった。
オフトのメンバーやプレイヤーたちは、新しいプロジェクトに胸を躍らせていた。
「はぁー!あの人達、本気で自然環境を作って来たよ!リクエスト以外の動物もいる!」金田は感心している。
「この森は本当に美しい。自然な環境で狩猟ができるなんて、素晴らしい体験だわ」と優香が感動した様子で言った。
「そうだな。これなら、リスクを承知の上で狩猟を楽しめる」と町田も同意した。
金田は狩猟クラブのメンバー募集を開始した。仮想現実内での掲示板や広告を通じて、狩猟経験者や山岳警備隊の経験者、さらには荒くれ者たちにも参加を呼びかけた。多くの応募者が集まり、その中には多種多様なバックグラウンドを持つ人々がいた。
「初めまして。狩猟クラブに興味を持って応募しました。私は元山岳警備隊で、救助活動の経験があります。名前は田中誠です」
「俺は見た目はこんなだが、狩猟に関してはプロフェッショナルだ。名前は佐々木剛。役に立つかどうかは分からんが、試してみてくれ」
「俺は狩猟歴20年だ。ジビエの獲物を捕まえるのは得意だが、チームでの活動はあまり得意じゃない。名前は中村俊です」
他にも、数名の応募者がいたので、とりあえず、全員を受け入れることにした。
初日から、メンバー同士の衝突が始まった。意見の違いや性格の違いから、喧嘩が絶えなかった。
「お前のやり方は危険だ!」と中村俊が佐々木剛に叫んだ。
「俺のやり方が一番効率的だ。文句があるなら自分でやってみろ!」と佐々木剛が反論した。
「うるさい!ここは俺たち全員のためのクラブだ。協力しないと意味がないだろう!」と田中誠が声を荒げた。
金田はその様子を見て、深いため息をついた。「皆、静かにしてくれ。私たちはここで共通の目標を持っている。それは、リスクを管理しながら狩猟を行い、依頼主に対して責任を持つことだ。個々の技術や経験を尊重しつつ、協力し合う方法を見つけなければならない」
しかし、佐々木剛が苛立ちを露わにしながら言った。「俺は勝手にやらせてもらう。こんなところで縛られるのはごめんだ」そう言うと、佐々木剛はクラブを去ってしまった。
数日後、狩猟クラブのメンバーたちは、経験豊富な中村俊の指導のもとで狩猟技術を学び、危険な狩猟を行うための方法を身につけていった。
彼らは森の中で獣たちと向き合い、その生態を学びながら、命のやり取りをする狩猟の厳しさと責任を痛感した。
「このシステムなら、狩猟のリスクを管理しながら、オフトの利益にもつながる」と金田は満足そうに言った。
狩猟クラブのメンバーが初めて森の探索から帰ってきた後、金田に感想を伝えた。
「金田さん、驚きましたよ。これは仮想空間のはずなのに、まるで本物の森の中にいるようでした。風の音、葉のざわめき、動物たちの足音まで、全部リアルなんです」と田中誠が感嘆の声を上げた。
「動物たちの動きも自然そのものでした。熊の気配を感じたときの緊張感は、現実と全く変わりませんでした」と中村俊が付け加えた。
「狩猟のシミュレーションがこれほどリアルだとは思いませんでした。狩猟中は全神経を集中させないといけない。これなら確かに訓練には最適です」と優香が言った。
その時、メンバーの一人が急に息を切らしながら駆け寄ってきた。「緊急事態です!メンバーのひとりが熊に襲われて怪我をしました!」
金田はすぐに対応を指示した。「全員、冷静に行動しろ。負傷者を安全な場所に運び、治療を始めろ。」といっても治療キットがない。
別のメンバーも報告した。「中村が毒蛇に噛まれて動けなくなっています!」
「救助隊を派遣して中村を保護しろ。抗毒剤を用意して、すぐに治療を始めるんだ」と金田は冷静に指示を出す?いや、出せなかった。この世界には医療というものがないのだから。
さらにもう一人が駆け寄ってきた。「蜂に刺されたメンバーが数人います。はちみつを取ろうとしたら襲われたんです!」
あまりにも悲惨な状況に医療がない世界。このままでは、みんなが死んでしまう。
金田は管理者権限で、負傷した者を復活させた。
「いいですか、これは緊急で特別な処置で、二度とやりません。医療班を作りますので、今後はそっちを使ってください」
さらに金田は深刻な表情で言った。「この仮想空間は現実と同じように危険があることを忘れるな。これからはより一層の注意が必要だ。」
狩猟クラブのメンバーたちは、仮想空間であっても現実と同じように命を守るための意識を再確認した。彼らはそれぞれのアクシデントから教訓を得て、より慎重に行動することを誓った。
その後、金田はCIEの研究者たちに相談し、仮想空間内に医療班と薬を用意する必要性を強調した。「今回のアクシデントで分かったように、仮想空間であっても現実と同じように危険がある。だからこそ、医療班や必要な薬を常備し、迅速に対応できる体制を整える必要があります」と金田は強く訴えた。
研究者の一人が頷きながら答えた。「確かにその通りだ。我々も今回の事態を重く受け止めています。仮想空間内での安全対策を強化し、必要な医療設備を導入する準備を始めましょう。」
こうして、仮想空間内に医療班と薬が常備されることになり、狩猟クラブのメンバーたちはより安全に活動できるようになった。
狩猟クラブは徐々にその存在価値を高め、ジビエ肉の依頼が後をたたなくなっていった。
ある日、高級レストランから特定のジビエの肉を大量に注文する無茶な依頼が舞い込んできた。
「そんな量の狩猟は無理だ。持続可能な狩猟を行うためには、限界がある」と田中誠が説明したが、レストラン側は納得しなかった。
「どうしても必要なんです!この料理がなければ、お店の評判が落ちる!」とレストランのオーナーが食い下がった。
それに失礼な事を言って来た。
「どうせ、データなんですから、ちょちょっといじれば簡単にできるんでしょ?」
その言葉に田中がキレた!田中の鉄拳がレストランオーナーの顔にめり込む。
「ふざけんな!俺達が死ぬ思いで狩って来てるんだ!」
「バランスを保ちながら、持続可能な狩猟を行うためには、お客様の要望に全て応えることはできません。ご理解ください」と中村俊は毅然とした態度で述べた。
このように、狩猟クラブは商業的な圧力にも負けず、自然環境を守るためのポリシーを貫き通した。
その一方で、ある日、狩猟クラブに新たな依頼が舞い込んだ。
以前去っていった佐々木剛が山岳地帯で迷子になっているという情報だった。
「まさか、あの男が…」と町田が呟いた。
「彼も助けなければならない。私たちの役目だ」と田中誠が冷静に言った。
「でも、彼は自分勝手に行動して危険を招いたんだ。助けるべきか?」中村俊が疑問を投げかけた。
「確かに彼の行動は無責任だった。でも、私たちは命を救うためにここにいる。見捨てるわけにはいかない」と藤田が強く言った。
チーム内で意見が分かれ、しばらく議論が続いた。
最終的に、田中誠の指示で救助チームが編成され、荒くれ者の佐々木剛を捜索することになった。
救助チームは再び山岳地帯へ向かい、佐々木剛を捜索した。
彼は怪我を負っており、体力も限界に達していたが、救助チームの迅速な対応で無事に保護された。
「俺が間違っていた…勝手な行動がこんな結果を招くとは…」と佐々木剛が反省の言葉を口にした。
「これからは私たちと一緒に行動しよう。協力することで、もっと多くのことが達成できるはずだ」と田中誠が言った。
佐々木剛は感謝の気持ちを示し、狩猟クラブに戻ることを決意した。
彼は以前とは違い、協力的な態度を見せるようになった。
こうして、狩猟クラブは救助活動を通じてその存在価値を高めながらも、本来の狩猟活動を続け、自然環境の保護と持続可能な狩猟を推進していった。
彼らの活動は、プレイヤーたちの安全と自然環境の保護に大きく貢献し、狩猟クラブの存在がますます重要なものとなっていった。
狩猟クラブはその活動範囲を広げながら成長し、未来の大きな組織へと進化していくのであった。




