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07

お互いの気持ちは同じだ。

今更確認する必要もないくらいに。

第一、このカナメが王子妃としての人生を受け入れた時点で、カナメの気持ちがそうであると疑う必要もない。

対してマチアスも同じだろう。

カナメを婚約者にしてほしいと願った時に親にどんな言葉よりも強く伝えたようなものだ。

王族として、王子として、どのような立場なのか──────酷い言い方をすれば国のために犠牲になる事も当たり前だと思うふしのあったマチアスが、カナメが良いと言った時点で彼の覚悟と想いはロドルフにもステファニーにも、そしてカナメの両親にも強く伝わっているはずである。

そんな二人が互いの気持ちに蓋をして、王命であろうがなんだろうが覆してやるのだと言う気持ちを持って、離れるなんて選択はやはり出来なかった。

もし、もう少し頭が回り何か(・・)を企てる事が出来るような小賢しさを持つ年齢となっていれば、もしかしたら何か起きていたかもしれないけれど──────それでもきっと二人は離れる選択する事は出来なかっただろう。


王子の婚約者は、王族の重圧に少なからず悩み苦しむ。

しかし、王子もまた同じである。王子という立場に苦しみ孤独も感じる。

それを時に支え、時に寄り添い、時に叱咤する。そう出来る相手(・・・・・・・)を王子の婚約者として探し、そして幼少期から心を通わせる事で互いを尊重する心と大切に思い慈しむ心を、育んでいく。

最初は婚約者という契約だったかもしれないが、それを少しずつ違うものに変えていけるよう、当事者が歩み寄るだけでなく、周りも彼らに心を砕き彼らの心に寄り添っって二人を見守っていくのだ。


マチアスとカナメのようにここまで相手を愛おしく思った今はもう、手放せなくなるほどに心が通う事は珍しくなかった。




教育が変わって、もしカナメがそれについていけなかったら。そうしたら流石にカナメを“解放”するだろう。

そうマチアスは考えた事がある。

しかしひと月たった今では、カナメはマチアスが、そしてロドルフやシルヴェストルが思うよりも飲み込みがいい(・・・・・・・)事を証明してみせた。

カナメ自身もここまで苦労しないとは思いもよらなかったのだが、それはカナメの元ある能力だけではなく精神状態が原因(・・)である。

考える時間があればあるほど、未来を想像してしまう。そうなるとカナメは不安と恐怖に飲み込まれそうになるのだ。

そうならないためには、目の前にあるものを、そんな事を考えなくて(・・・・・・・・・・)済むもの(・・・・)に手を出している方が楽だった。

難しく、そして厳しさも増した教育を前にしている時は、それだけ(・・・・)で良い。

それが悲しくも、カナメの評価につながったのだ。


──────このままであれば、問題なく王妃教育も進められましょう。お二人の婚約の発表も学園入学と同時にされても問題ないかと。もちろんそれ以降の方がより立派になられていると思われますので、それでも宜しいかと存じます。


そうロドルフに進言したのは、カナメの教育者をまとめる教師だった。


彼ら教師陣もマチアスとカナメが婚約者である事を知っている。

秘密というものは知る人がいればいるほど漏れやすくなるものだがしかし、彼らは魔法で契約をしてるためその可能性はなく、それに何より彼らは知識だけではなく忠誠心の高さでこの職についている。

それを双方知りつつ、それでもわざわざ命を賭けるような契約するのは当然事の重大さもあるけれど、それだけではなく教師陣である彼らが強くこれを望んだのだ。

その意図するところは、『違反した時の命さえなくなるだろうその契約をするほど、王であるロドルフに忠誠を誓っている』のだと示す、自分たちの忠誠心をロドルフに示す絶好の機会を、この忠誠心の塊のような彼らが逃さなかったのである。

自分の忠誠を形で示せると言う事、そしてこのような契約を結ぶ必要がある事の一端を担えると言う事は、彼らにとって人が思うよりもずっと誇れるべき事であった。

王族に対し教育を施すという役を与えられている、そしてそれを真っ当にこなす。これだけだってロドルフに自分たちの想いを伝えるに十分かもしれなくても、彼らは形として示せる機会を逃さなかったのだ。

「そうか……」

「はい。カナメ様はこちらが思うよりもずっと、優秀でいらっしゃいます」

マチアスは問題なくついていくと思っていたが、その反面心配であったカナメのその進み具合にロドルフも宰相も安堵した。

貴族であるカナメ(・・・・・・・・)が耐えられないと投げだすとは思ってはいなかったが、最悪も想像していた事がこの安堵で証明されている。


良くも悪くも貴族の次男で野心もなければ普通で良いと言い切るカナメをこの役(王子妃)に縛り付けた時から、そして今ではそれ以上にカナメがどちらに(・・・・)転ぶのかと心懸かりだ。


全てを諦めた王太子妃となるのか、それとも全てを受け入れたただの王太子妃になるのかと。


前者になってしまえばマチアスが黙っていないだろうし、シルヴェストルだって我慢出来ないだろう。

後者になってしまえば、マチアスだって人としての心を閉ざしかねない。


執務室で一人となったロドルフは、あの日の決断を今だって覆したい(・・・・)


マチアスは確かに国王たる器だ。それは間違いようもない。

しかし今の時代、マチアスの冷静さと冷徹さでエティエンヌを支えるという姿でも良いと、その方がいいかもしれないとも思ったからこそ、エティエンヌを王太子とする予定だったのだ。


戦時下や危険が迫る中の時代ではマチアスがいいだろうし、何よりそんな時ではエティエンヌでは──仮にエティエンヌがマチアスのように采配出来たとしても、彼にはそう思わせない(・・・・・・・)独特の雰囲気がある──、貴族を含め国民の不安を煽りかねないだろうから王には指名出来ない。

エティエンヌの当たりの良さ()は歴代国王の中で群をぬいている。人に上手に頼るところも、うまくて(・・・・)いい。

この時代の国王(・・・・・・・)ならば、この当たりの良い王が周りとの関係をより良く築くのではないか。そのマチアスの思いは父であり王であるからこそ良く理解でき、宰相もそれに同意した。


マチアスのために話しておくが、彼はカナメを婚約者にしたくてこれ(・・)を提案賛成したわけではない。彼はこの国の王族としてそうあるべきだと思い、王子として国王に自分の考えを伝えたまでである。


この提案に同意した宰相は王の ──────ロドルフの父の弟の子だ。

ラヴラン公爵家の次男として生まれ、今はラヴラン公爵家の次男が一代限りで使用するジヴェ伯爵家の当主となっているグラシアン・ドゥケ。

王族を理解し、いざとなればいかなる(・・・・・・・・・・)事をしてもそれを守る(・・・・・・・・・・)として生きるこの男もほとんど逡巡せずに同意したのだから、彼らの考えはこの先の王家を思い、この国を思い最善であるとされたのだろう。


だからこそそれを覆すと言われた時、どれだけグラシアンが驚愕に目を見開いた事か。

どうしてですか、と詰め寄ったグラシアンにただ首を横にふり、一向に話さない様子を見てグラシアンは手の中の書類を全て床に落としてしまった。

グラシアンには現王に近しい血が流れている。

万が一の時は、王になるかもしれないとある程度の教育を受けたグラシアン──彼の兄はラヴラン公爵家を守るために、自ら継承権を放棄している──はこのロドルフの、従兄弟の仕草で理解してしまった。

これはもう何があっても変えられ(・・・・・・・・・・)ない(・・)事だと。

ロドルフでも、変えられないものであると。

グラシアンは「そんな……まさか。そんな事が」と言ってその場で倒れそうになるくらい、それほどの衝動が生まれた。

あまりに重い決定を前にグラシアンが次に言葉に出来たのは、カナメの今後だ。

「カナメはどうなりますか」

いつもならば、執務中は公の姿勢を何があっても崩さないグラシアンが『ウェコー男爵』と言わずにカナメと言うほど、彼の心は乱されていた。

ロドルフもその気持ちは十分に理解出来る。自分の時代にこんな事になれば、こうなって当然だ。ロドルフだって決断しなければならない(・・・・・・・・・)状態であると知った時、王の仮面を落としたのだから。

「このままだ。このまま、何がなんでもカナメを王太子妃にする」

「ご冗談を。カナメの性格を思えばそんな無茶は」

「わかってる!わかっていても、もうどうしようもない(・・・・・・・・・・)んだ……カナメでなければならない……そう、そう言う事なんだ」

グラシアンは断るとすぐに執務室をで、特別書庫を目指した。

マチアスとカナメの事を守りたい一心で。

しかし助ける方法なんて、見つからない。当然だ。この国ではそれ(・・)を受け入れてきたのだから。

宰相として愚かだと言われても、国を支える貴族として、そして王族の血を受け継ぎ継承権さえある人間として大愚と言われても、国への忠誠心と同じくらいに王子たちへの情があるグラシアンは確認せずにはいられなかったのだ。


だから今、グラシアンは思う。

何があっても、彼らを守ろうと。

彼らの心を、未来を、なんとしてでも守ろうと。

宰相として、王子殿下の親族として、彼らが国王となり王妃となった時に彼を守る一番の身であろうと決めたのである。

まだカナメがどちらに転ぶか分からない。

全てを諦めた王太子妃となるのか、それとも全てを受け入れたただの王太子妃になるのか。

だからこそ、自分の出来る範囲で何か出来る事を探したい。

マチアスの愛した彼のまま王太子妃としてあれるよう、彼を、そしてマチアスを守りたい。

彼はその思いを深く吸った息と共に、体の中に閉じ込めた。

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