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この日は晴天であった。


季節は──この世界の多くが使用している暦をこの国も使っているので──木の芽月このめのつき

この国では夜間の除き年中温暖であるのであまり実感がないのだが、比較的多くの国で木の芽月は新芽や花芽がぷっくりしてくる、これから暖かくなるのだと人がワクワクしてくるそんな月だ。


今日は風もなく、花は花びらを散らす事をせず、誇らしげに華やかな我が身を人に見せつける。

雲ひとつもない美しい青空の下、輝くのは王都で一番大きな神殿。

白亜の神殿は日の光を浴び、今日という晴れの日(・・・・)を祝うかように輝いている。


神殿の前には厳重なる警備がとられ物々しさも感じるが、それでも王都だけではなく他の領地からもきたのだろうか、物々しさを感じさせない歓喜の顔を隠さない国民で溢れている。

神殿の中では荘厳な音が響き、その中では神殿神官長そして王宮神官長が、大精霊セーリオが残したものと言われ御神体としてここにあるクラスター水晶のような形の、景色に溶け込むほどの透明度を誇る溶けない大きな氷の前で、儀式を取り行っていた。

そして多くの貴族当主そして友好国の代表者らが見守る中、式が行われ、それが今、終えようとしている。

今日はこの国の王太子マチアス・アルフォンス・デュカスとギャロワ侯爵家次男であるウェコー男爵カナメ・ルメルシエの婚約式だ。




結局、何が試練なのかやはり見当もつかないまま、二人の正式な(・・・)婚約式がこうして行われた。

マチアスは試練だの乗り越えるだのは、心底どうでもいい(・・・・・・・・)事のようになっている。

なぜなら、カナメの心を守るというそれは“乗り越えるもの”ではなく“自分がそうしたい事”であるわけで、乗り越えるべきものという捉え方をしていることに、どこか違和感を感じ始めたのがきっかけだった。

生涯守りたいのだ。カナメのことを。乗り越えるとか乗り越えられなかったとか、そういうものではない。

試練なんてもの──マチアスの言葉を借りると試験なんてもの(・・・・・・・)、である──に関しては、もしこのまま何事もなく生涯を終える事ができたその時に「ああ、試練がなんだったか分からないが、自分は試練を乗り越えたのか」と思う程度でいいと思うようになったマチアスは、試練だなんだという事はもう止めにしたし、試練がいかなるものかなんて事を考える時間は無駄(・・)だとして捨ててしまう事にしたのだ。

そもそも、試練を与える人間にその内容を教えないような底意地の悪い神(・・・・・・・)が悪いと思い始めているマチアスは、自分の守りたい世界、守りたい場所、何より守りたい相手のために全力を持って生きていく方がよっぽども健全(・・・・・・・)と変化したのである。

カナメはどこか気にしている様子だったけれど、マチアスの変化に言及することはない。

最も、神を『底意地の悪い神』なんて思っていると知れば、流石に何かしら言っただろうだろうけれど。



御神体とされるその前でマチアスとカナメは、婚約証書に互いの名前を書き記す。

自分の名前ではなく相手の名前を書くというのがこの国のやり方で、自分の名前を書いてもらうほど相手に信頼を置いているという意味である。

二人が互いの名前を書くと署名した紙がパッと光り、この証書が正しく認められたと人に知らしめる。

二人の神官長が神の名の下に婚約の儀が正しく行われたと宣言をし、魔法で拡張された神官長の声が外まで届くと国民からの欣喜の声が上がった。

意外なほど歓迎している声にマチアスは

「ギャロワ侯爵夫妻、そしてサシャをはじめとする改革派の行動を国民も歓迎しているんだ。だからその旗印のようなカナメに、彼らも期待し歓迎しているからこその歓声だ」

と、顔には出さないが驚いている様子のカナメにそっと教える。


半数以上の貴族が『貴族世界の不文律』は『悪き習慣である』というその理念を隠さず声を上げるようになり、王立デュカス療養所には多くの支援が届く。

以前も話したが入所中のものたちの中には賛同者から届く心尽くしに前を向き始めたものもおり、今まで健康であった時に行なっていたからと教会や孤児院などで奉仕活動をし、自分の本来姿、例えば『他の誰かの為だけに生かされていた自分』という呪縛から抜け出し自分を取り戻そうとし始めたものもいる。

それは平民の生活に還元されもして、貴族の世界が変われば自分たちもこの先何か変わるのではないかと彼らも期待をしていた。

そんななかの婚約式。

王太子とその妃となるものの婚約式は王都の神殿で執り行われ、最後にお披露目という形で国民に自分たちの顔を披露しながら城へ向かう。

彼らは、この国がいい方に変わるのではないかと思わせてくれた王太子とその婚約者を見にきているのだ。


「すごいことだよ。カナメ、お前がこれを作ったんだ。他でもない、お前の力だ」



あの離宮で過ごした一週間、そしてそこからの年月。

あっという間に過ぎてしまった。

カナメも、本人が気が付かなくてもさまざまな変化があった。あっという間に過ぎたとカナメが思っても、あまりに多くのことがあったのだ。自分の自覚がないところでの変化も、自分が自覚している変化でも、自分が変えようと変わった部分であっても。多くある。

変えようとした部分で言うのであれば、今ではすっかり本当の自分を内緒(・・)にする術を覚えた。

内面は今も泣き虫で怖がりでそして本当に普通の子と言いたくなる貴族の次男(・・・・・)だけど、それは全て気心許した人の前だけ見せる姿、その姿を他者にはもう見せない。弱みになる可能性があるものは、いくらでも弱みを見せていい人たちの前だけの特別な姿だと隠す術を覚えている。

その努力はマチアスの隣に立ち続けるという気持ち一心だ。自分もこの人の隣で胸を張って立ち続ける。それがマチアスへ、そして自分を支え助け認めてくれる人たちへ返せるものの一つだと、カナメが信じるからだ。

そして彼らはそのカナメに惜しみない愛情をくれる。カナメはその愛情に愛情を持って返したい。

愛しているのだと、胸を張って。彼らの愛があるから自分はこうしていられるのだと、彼らに見せていたい。

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