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舞踏会の最後の挨拶は、マチアスが王太子に冊立したこと、また婚約者がカナメであることを発表することであった。

当然場が騒然となったが、その中でアーロンは祝いの言葉を述べた後ロドルフに許可を得てこう言った。


「もしハミギャに私とノアの血を引く王(・・・・・・・・・・)()が誕生した暁には、マチアス王太子殿下が(・・・・・・・・・・)選んだ王子(・・・・・)との婚約を願いに参ります。気の早い話ではありますが、どうかお許しください」


ハミギャ国の時期国王がマチアスの思いに賛同していることを匂わせるに十分な、そんな言葉である。




アーロンが残した言葉に様々な反応があった。

多くのものが『マチアス殿下の選んだ』という部分に、マチアスが即妃を取らず王族の血から次代を選ぶという事を考えているというそれに気がつきもした。

そしてそのことを、アーロンが賛成し後援しているという事も。

あの場にいた貴族は思っただろう。

あのような言葉(・・・・・・・)で言い返すアーロンが、何も考えずに、友人だからなどと言う理由であんな事を言い出す間抜け(・・・)ではないことに気がついているはずだ。


つまりあれは、アーロン一人の考えで(・・・・・・・・・・)はない(・・・)

これは大きな一石になった。


シルヴェストル、デボラ、そしてサシャ。カナメの家族、そして宰相夫妻に騎士団総司令官までが加わり大きな渦となって貴族界を席巻(・・)している『貴族世界の不文律』との決別の意を唱える運動は、これに歓迎と感謝を示した。

彼らはここで初めて水面下で動いていたそれを、隠すことをやめ表に出したのだ。

──────貴族の(・我らが)尊い青き血を、そして領地領民、自分の家を守るには、なによりも健全な世代交代をしなければいけない。

あの舞踏会以降、彼ら改革派(・・・)はその『貴族世界の不文律』で子を失った、娘を息子を不幸にした、そういう親からも徐々に徐々に協力を取り付けていった。


大きな渦となったのは騎士団総司令官の存在も大きい。


彼の次男(・・)は、“根っからの嫡男思想”である。

次男は長男を正攻法(・・・)で追い落とせないと知るや否や、大小様々な罪を犯し跡取りの座を我がものにせんとしていた。

騎士団総司令官はこの事件を受け辞任の意を示したが、この事件にある意味巻き込まれたステファニーはそれを拒否。

「そのような覚悟があるのならば、失われた信頼を取り戻してから後任に譲りなさい。あなたがすべきことは信頼を取り戻すことであって、それを部下に押し付けることではありません」

と言い、騎士団総司令官は今もこの座に座っている。

総司令官はこれに声を大にし賛成することで、二度とこのような事件を起こさないと示し、そして王妃への恩を返そうとしていた。

その騎士団総司令官の姿を見て、彼を尊敬し慕う者もこの意見に賛成を始めたのである。

単純な理由だってなんだって今はいい。

変えようと思う人間が多い方がいいのだ。


それでも依然変わらない考えを持つ貴族も多い。仕方がないことなのだろうが、多かった。

これに挑んでいる(・・・・・・)のがサシャの世代だ。

親が『貴族世界の不文律』を変えるつもりがなくても、彼らの子供は『貴族世界の不文律』を古いものと考えているものが多い。だからサロンで若者たちがおかしいと声を上げ、この先どうすればいいのかと議論をしている。

そしてこの若者の中には、エティエンヌも入っている。

第二王子であるエティエンヌを味方に、若者たちの声は広がっていった。



「舐められているとしか、思えんな」

堂々と、文官か何かに金を握らせてだろう、マチアスが受け取った書状の中に自分の娘を側妃として推すと受け取れる(・・・・・)書簡が入り込んでいる。

娘を側妃にどうですか?と受け取ろうと思えば受け取れる、匙加減が絶妙(・・・・・・)な書簡を前にできるのは金を握りこれをここに紛れ込ませた人物を探し処罰するだけだ。

だから送った方は「お咎めがなかった」と、またやるだろう。

しかし、自分という姿で王にな(・・・・・・・・・・)()と決めたマチアスがそれで許すだろうか?いや、そんなはずは絶対にあり得ない。

彼は目をつけている。この相手を自分が王になるまでの間にこの『貴族世界の不文律』を盾に平然とこのような事を当然だとやってのける無作法なものを閑職に追いやるか、いやいっそ()をすげ替えてやろうと。

このような事を事も無げにやる相手に対して払うべき敬意など、ひとつもないのだ。

事実、彼マチアスはそういう事を厭わずやってのける。そういう男なのだから、きっとやると決めれば何も躊躇わずにしてのけるだろう。

それに第一、マチアスは王太子である。彼らが下に見ていい存在ではない。

「溜まりに溜まるな。ここまでくるといっそ笑えてくる」

書簡をアルノルトに渡すと、彼は棚の一番下にある箱に等閑(なおざり)に投げ入れる。随分と溜まったそれに憫笑を禁じ得ない。

あれほど(・・・・)あの舞踏会でアーロンに言われたのに、この書簡を送ってきているものたちはあのアーロンの言葉が自国(この国)であっても同じだと考えられなかったのだ。

国の王太子を、国王を、軽んじているのかと言われてもおかしくない事なのに、彼らは『貴族世界の不文律』があればなんでも許されていると思っている。

仮にマチアスが側妃を取るとしても、この国の法律で『王族、及び王妃と王太子妃が厳選し、そしてその中から打診をしていく』と決まっているのだ。

向こうから勧められ、それならばその娘にしよう、となったことなど一度もないというのに。もう彼らは嫡男思想が正しく、他は過ちであり、そうであるのなら全てを軽んじていいと思うような思考に染まりきっているのだろうか。だとしたら恐ろしい。

「俺をなんだと思っているのか、問いただしたいものだ。俺はこれでも、王族なんだがな」

これでもまだ「自分たちのやり方が健全である」そう大声で言い堂々をしているとは、マチアスは全く理解出来ず首を捻ってしまった。



時計を見たマチアスは立ち上がり、書類の束を持ち執務室を出ていく。

アルノルトはその後ろをいつものようについていった。

向かう先は国王の執務室だ。

「必ずやり遂げて見せようと思うが……どう思う?」

「何の問題もないかと。よくできておりました」

「アルノルトがいうのなら、安心だな」

小さく口角を上げるマチアスにアルノルトは顔には出さないが、胸に広がるじんわりしたものを味わう。

あの舞踏会で変わったものは多い。その一つがマチアスのこの(・・)変化だ。

エティエンヌのような、マチアスが理想としたようなものではないけれど、彼は間違いなく周りをうまく使うように“意識”し始めた。

きっと彼の性格を思えば難しいと感じた事もあるだろう。今も難しいと思い悩むこともあるだろうし、らしくない行動だと頭を抱えたり疲れたりもするだろう。それでもマチアスは意識してそうするようになった。

しかしそれもあって、マチアスを支持するものが、そして嫡男主義に意を唱えるものが増えたとアルノルトは感じている。

自分を信頼し任せるものは任せてもらえていると実感しマチアスに忠誠を誓うアルノルトだが、今のような言葉をかけられたのは本当に最近になってからだ。

自分の信念を曲げずに自分のままで国王になる。真面目で不器用で、相手を真っ向から糾弾する王でもいい。しかし、国王を心から支えたいと家臣たちに思われるような王にもなる事で、カナメの心を守れるのだと考えたマチアスはそうあろうと、舵を切った。

マチアスは、王となったエティエンヌを支える王族になるのだとそうなるにはどうしたらいいかと模索していた時のように、自分がエティエンヌを支えようと思ったような感情を他者に持たせる王にもなるのだと、模索しているのである。


国王の執務室へ入れば、約束の通り宰相と複数部署の顧問がいる。

彼らの前でこれからマチアスは、自分を支えこの国の考えを変えようとした人たちへの恩を返すべく、そして自分の乗り越えたいもののために一石を投じるのだ。


「本日はお忙しい中私のために、貴重なお時間をいただきまして感謝します。今、私は──────……」


この後、デボラが始めた不当な扱いを受けた夫人、そして嫡男をも保護する活動は大きく大きく変化した。

彼ら──────傷つき心を病んでしまった人たちを保護し心身ともに治療していこうとする施設の建設許可がおり、すぐに建設が始まったのである。

この建設許可は正しく(・・・)議会を通り、建設もこっそりではなく人に見せるようにはじめ、王立(・・)としてそれは堂々と誕生した。

つまり国はここで初めて、はっきりと決別の意思を顕にしたのだ。

健全なる世代交代をしなければ家も領地もそしてそれまで培った歴史も、そしてこの国の未来も守れないのだと初めて声をあげたのだ。

それが本当にそう(・・)なるには、まだまだ時間がかかるだろう。しかしきっといつしか、叶うだろう。

今日もデボラはそう信じ、そして祈っている。我が子のためにも、そして未来のために。


この施設の名前は王立デュカス療養所。

マチアスが王太子として初めて手を入れ成したことは、これを建てた事となった。

建設に携わった関係者、そしてこれに賛同し惜しみなく協力してくれた貴族たちからの意見で、マチアスの名前──マチアスのフルネームは、マチアス・アルフォンス・デュカス(・・・・)である──が入れられ、まさに王太子の名のもとに王族が建てた施設として堂々と王都に建つ。

それはまるで神殿のように神聖で美しく、そして人を癒すには何が必要なのかを考え抜いた施設である。

入り口に立つ祈りを捧げる少女の像は、いつかここが過去の遺物になる事を願っているように見えた。

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