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アーロンの提案を、結局マチアスは断った。

仮にカナメの二体の精霊が神の雫であったとしても、そうではなかったとしても、自分はどうしたいのか自分は何を乗り越えたいのか、自分はどうやって乗り越えたいのか、立ち止まって向き合ってみた結果断ることにしたのだ。

マチアスも、カナメへの気持ちや心配、そしてこの先の事、大きな事から小さなものまで積み重なったありとあらゆるものに追われて、気持ちが急いていたのだろう。

本人(マチアス)が思うよりもずっと、カナメと同じく、この状況をなんとかしなければという気持ちで全力で走り続けているのだ。

無理もないがそういう状態であればあるほど、いくらマチアスとはいえ気が急いてしまったり、藁にもすがるような気持ちになって当然であった。

そんな気持ちで──────いや、それ以上に、これからカナメに降りかかるであろう多くの雑音(・・)をカナメの精霊を道具にし消していきカナメの心を守ると言う方法では、マチアスが思う試練(・・・・・・・・・)を思う乗り越えた結果に辿り着かないのではないか。そう、マチアスは立ち止まって冷静に考えたのである。

だからこの件は『不明だったカナメの精霊の属性が判明した』だけの成果でいいとした。

この件はいつか公表すればいいとも思うが、それもまだ先になるだろう、そうしておくべきだとマチアスは思った。


カナメを守るために使う物は、これ(精霊)じゃない。

カナメを守るために使うものは、自分自身だ。


マチアスは漠然とそう、思ったのである。



最上階での一件で、ますます距離が縮まった四人は実に有益に交流をした。

それはロドルフの思う以上のことで、この先の両国の関係がますます強くなる事に期待せざるを得ない。

強いどころかマチアスとアーロンは子供同士を婚約させようという、まだまだ先の話をしている──この件に関してはアーロンの方が夢中になっている節があるが──のだけれど、それを知ったらきっといくらロドフルとはいえ驚き声を失うだろう。

それだけ、もとより友情を持っていたマチアスとアーロンのそれが、硬いものに変化していた。

王太子というのは孤独であることも多い。

それを救いあげようとしそうして助けてくれるのが婚約者であり伴侶でもあるのだけれど、それだけではない王太子であるからこその孤独を、そしてこの世界でも珍しい王族ながら同性を婚約者とし──同性婚が可能な国は他にもあるのだか、王族までとなると実に珍しい──婚姻する非常に珍しい国の、同性が婚約者の王太子として相談できる関係というのはマチアスにもアーロンにもいい変化をもたらしていた。

二人の性格はあまりに違うけれども、だからこそ二人は互いの長所が互いにいい影響を与える事ができたのかもしれない。


それは二人の婚約者であるカナメとノアもそうなのだろう。

交流最終日には顔を寄せあい、何やら真面目な雰囲気で内緒話(・・・)をしている姿が見られる。


カナメの()を晒すようでかわいそうだが、これを読んでいる方にはこっそりと打ち明けておこう。


この時カナメは、自分が幽霊や悪魔が怖いという話と「だから夜の城やいわくつきの話が恐ろしい。気にするななんて言う人の気がしれないね」と打ち明け、同じくよく自国の城に登城するだろう、もしかしたら夜遅くまでいるかも知れないだろうノアに、怖くはないのかと聞いていたのだ。

ノアはあまりそういう事を気にしないし、悪魔はともかくとして──この世界では悪魔という存在は実在するという方向でぼんやり(・・・・)信じている人もいる──幽霊がいるとは考えたことがなかった。

それほどまでに怖がるのであれば、ノアが簡単なお守りを用意するとカナメに約束をしたのである。

光と闇の精霊の加護を使ってお守りを作ると、魔払いの効果があると言われている(・・・・・・・・・)からだと言って。

ノアのお守り。これでカナメの恐怖が拭えるのいいのだけれどなにせカナメは筋金入りの(・・・・・)怖がりだ。

その上ノアは『効果があると言われている』と言った。そう、あると言われている(・・・・・・・・・)、のだ。

カナメの怖がりを思うとあるらしい(・・・・・)という意味に近しいニュアンスでは仮に効果があろうとも、残念、カナメの前では焼け石に水だろう。

非常に悲しい事だけれど、カナメは生涯、この怖がり虫と共に歩んでいく可能性がある。




交流日最後の夜は、舞踏会が開かれた。

場所は城の大広間。

寄木細工のような美しい床は艶やかに磨かれ、ホールで動く人の邪魔にならないような場所で天井を支える柱は白く輝く大理石。

このホールを華やかに飾る令嬢や夫人のドレスの邪魔にならないようにか、壁にあるその装飾は華麗でありながらでしゃばりすぎない。

天井から釣り下がるシャンデリアは、全てこの国自慢の透明度の高い鉱物をこのホールにふさわしくカッティングしており、照明の光がまるで星のように煌めく。

天井の装飾は滅多に人が見ないだろうに、息を呑む美しさだ。

友好国の王太子とその婚約者のために開く舞踏会にはふさわしい、王国の威信をかけた美しい大広間である。


ロドルフ(国王)ステファニー(王妃)そしてカナメの両親と兄、ジヴェ伯爵家夫妻(グラシアンとその妻)にアーロンとノアの面々はこの舞踏会の前に夕食会をしており、そこでロドルフとステファニーはマチアスとカナメが、アーロンとノアと自分たちが思う以上に友好関係を築き上げ、まるで知音(ちいん)のような振る舞いである事に素直に驚いていた。

人と人の出会いはいい方向に力強く進むこともあれば、悪い方向へそうなる時もある。今回はまさに前者だったのだと、愛している息子マチアスを思いこの二人を招待したロドルフは自分の選択は間違いではなかったのだと、強く感じた。


この出会いがこの国にとっていい方向に進んでくれればいい。

王太子マチアスにとっていいものであることを願った。そんな思いでした事ではない(・・・・・・・)

息子マチアスにとっていいものであると願ってした事だ。


ハミギャの国王であるアーロンの父ゲルトには無理を言った形になっている。

向こうも色々(・・)とあって、アーロンとノアを国外に行かせている余裕は正直なかっただろう。

息子のことを思い提案したように伝えた訳では当然なかったが、もしかしたら何か勘付かれたのかもしれない。

今更ながらホッと一呼吸おいて考えたロドルフはそう思う。

ゲルトとロドルフは、どこか似ているところがある。

どこか、という曖昧さで。けれどもやはり何か似ているとお互いに感じた。

だからもしかしたら、今二人を送ろうと思わせたのかもしれないと。


──────若いもの同士、切磋琢磨してくれればうちのアーロンも芯が入っていい。うちのはいまだに『王太子ってがらじゃない……』なんてこぼしているから、ひとつ勉強させてやってほしい。


そう言って送り出してくれたゲルトも、ここまで二人の仲が近付くなんてきっと思っていなかっただろう。

いい刺激になると二人が文通のようなことをしていた時も仲がいいとは思っていたが、それ以上になるとは今の今まで想像もしていなかった。

今日の夜、これから始まる舞踏会。

きっと何かが()れるだろう。

ロドルフは確信に近いものを持っていた。

アーロンには何かあれば気にせずにやってくれていい、そう許可もしている。

息子は一体この舞踏会でどんな姿を見せてくれるのだろうか。

どうして楽しみになっているのか、ロドルフには分からない。


しかしどうしてか、カナメを見つめるマチアスを見ていると、楽しみになるのだ。

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