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ハミギャからの客人とは夕食を共にしたのち、挨拶をしてすぐに別れた。

長旅で疲れているだろうことを思えば、当然の選択だろうか。

二人はこの国の特産品の一つである、通年日中と夜の寒暖差の激しい国だからこそ取れる野菜をいたく気に入った様子で、それを見たマチアスは早速、滞在期間中この野菜でさまざまな料理を一品は作るようにと厨房の責任者に伝えるようアルノルトに言い、ここでホストとなった二人の本日全ての予定が終了した。


自分のために用意されている部屋に戻ったカナメは、今日初めて会ったノアを思い出す。

彼のふんわりした笑顔の裏で同性の婚約者、しかも王太子の婚約者であることをどう思っているのか。とても聞きたくなっていた。

彼はどの様な覚悟を持っているのか、今の立場をどう考えているのか。知りたいことが沢山浮かんだ。

四人全員が同じ歳。そしてそれぞれ同じ立場。聞きたい気持ちがより大きく膨らんでもおかしくはない。


明日は王太子同士で『今より一層友好的になるにはどういった協力が必要か』などを話し合うと言っていた。

(その時間、自分はノアと話してみよう……)

カナメはそう決めてベッドに潜り込んだ。




翌日。

アーネに頼みノアに連絡を取るといつでも大丈夫だと連絡がき、カナメは早速離宮へと向かった。

離宮へ着くと侍女が離宮の後ろに整えた庭へ案内してくれ、そこへ行くとカナメが庭師から何か聞いている姿がある。

ここでは当たり前にある草花が、気候の違う国にはないことも当然多い。

特に通年夜以外は温暖なこの国には、その寒暖差だからこそ生まれた花が美しいと評判だ。

何か気になるものを見つけたのなら後で届けるように手配しなければ、とカナメは後でアーネに庭師に話を聞いておくように言いつけておこうと決めたようだ。



カナメが来たことに気がついた彼の従者エルランドがそっと、ノアにカナメの到着を告げた。

「昨日は温かい歓迎をありがとうございました」

にっこりと笑うノアにカナメもつられて笑う。

エルランドに促され二人は離宮内のサロンへ入り、互いの従者以外を下がらせた状態でカナメの言葉を待った。

「実は」

そこから国外の人間に聞かせても問題ないだろう部分をカナメは話していく。

自分が婚約者のままマチアスが王太子になったこと、王太子には子供が必要になること、そして

「誰にも負けないと、自分の心に負けたくないと頑張っているけど……難しくて」

苦しい胸の内まで吐き出してしまった。

これはカナメも予想外である。しかしカナメはきっと目の前の人の雰囲気がそうさせるのだろう、とそういうことにしておいた。

「ノアの国では、同性でも子供が産めると……それに恐怖を感じないものなのかなんて、聞いてもいいのかな?」

思わず正直に聞くとノアは目を丸くして、しばらく考えてから自身の従者であるエルランドに「これは王太子殿下を婚約者に持つ者同士のナイショの話(・・・・・・)だから」と言い含め

「女性でも出産で死ぬかもしれないでしょう?じつは男だとその確率があがるんだ。これはもう、体が出産に耐えるものではないんだもの、仕方がないかなって思う。話によると男の方が出血にも弱いと聞くし、痛みにも弱いかもしれないし」

「じゃ……じゃあ、どっから……え、本当に産む(・・・・・)っていうこと?」

「ああ。ううん。違うよ。ぼくの体から生まれるっていうのとは違うんだ。でも、妊娠中の苦しさや出産の痛みとか、そういうのは完全に(・・・)体にくるみたい。出血は吐血っていう形で現れると聞いているけれど……ぼくはまだ未体験だから、全て『聞いた話によると』でごめんね。ぼくが恐怖に慄くと思っているのか、誰も婚姻後にってそればかりで教えてくれないものだから、こっそり調べた限りの情報しかないんだ」

平気な顔で死ぬかもしれないとか痛いとか言ってのけるノアに、カナメの顔は引き攣っている。

おっとりしているようにしか見えない美人の発言とは、思えないようだ。

「ぼくだって、怖いよ。死ぬかもしれないって思わないとは言わない。でも、死ぬつもりはないし、ぼくは精霊が助けてくれそうだから、死なないんじゃないかなあって思っているよ。でも、こんなことを言うとアーロン様に間違いなく怒られるだろうから、アーロン様には言わないけど、死んでも産んでやるって決めてるんだ」

「どうして?王太子妃になるから?」

「ううん。違うよ。ぼくがその覚悟でアーロン様の婚約者でいるから。その覚悟が出来たから王子の婚約者だと胸を張れるようになったんだ」

覚悟、と呟いたカナメは

「俺には、その覚悟がなかなか決まらないんだ」

と小さく零す。


他の人にはいえなかった気持ちが、一体どうして目の前の彼には言える気がするのだろうか。

同性でありながら王太子の婚約者であるノアには、ノアの雰囲気がそうさせる以前に口が軽くなるのかもしれない。

そう思っているカナメだが、一方で、もしかしたら

(家族でも婚約者でもない、自分の弱いところを見せても吐露しても、それが理由で傷つく事はないと俺が思っている相手(・・・・・・・・・)だからかもしれない……)

家族や婚約者であるマチアスに弱い部分を見せることも、不安や恐怖を吐露することも、カナメにはただただ怖いのだ。

自分の気持ちを吐露すると彼らが傷つくのではないかと、不安になるのではないかと想像すると、怖いのだ。


「覚悟なんて、一つだけでいいと思う。だって一つのことを覚悟するだけで、すごい大変だもの」

ノアの答えにカナメは驚いてただ

「え?」

とだけ言った。

自分はいくつも覚悟をしなければと思っているだけに、たった一つでいいと、同じ様な立場の相手が言うとはカナメは思いもしなかった。


「生きててする覚悟なんて、たくさんあったら覚悟だらけになると思うんだ。右見ても左見ても覚悟みたいな」

そんなことはないだろう、とカナメは思うが口は閉じたままでいる。

立場が似ている相手の言葉と思いなんて、きっと聞く機会はない。自分と違う価値観だろうけれど何かになればと、カナメは必死だった。

「だから、自分にとってこれだけは譲れないって思うような、そういうのだけ、自分の覚悟として決めるだけでも十分なんじゃないかなって思うことにしてるんだ。ぼくはそんなにたくさん覚悟はできないから」

「ひとつだけ……」

「うん。『死ぬ時に“自分はこれだけのことが出来たな。いい人生だった”って思えるように生きていくことが一番大切な覚悟』だって、僕の姉のような人が言っていたよ。彼女はその覚悟で生きているんだって」

「死ぬ時に、か」

「それに、いったらなんだけど」

ノアがテーブルに身を乗り出す様にしてカナメに顔を近づける。

そして少しだけ声を小さくして

「ぼくたち、本人の意思とは関係なく突然王太子妃になっちゃったでしょう?王子の婚約者から突然だよ?突然自分の背中に今以上の責任が乗ってくる。そんな未来がある覚悟なんて、そんなに決められないと思う。ぼくの覚悟だって今のところ(・・・・・)王子の子供を産んでやるって覚悟であって、『ぼくが王妃……大丈夫かなあ。困ったなあ』って思う気持ちはずっと持ってるもの。王妃になるはずだった人は本当にすごい人で、あの人を見ていたら余計に思うよ。ぼくにはこれはちょっと王妃無理じゃないかなって」

言ってからノアはハッとして振り返り、後ろに控えるエルランドに「内緒だから」と口止めを忘れない。

エルランドは微笑んで頷くだけ。彼の忠誠心を思うと、どれほど脅されてもこの事は誰にも言わないだろう。

カナメはあっけらかんと言ってしまうノアにおずおずと

「怖くなったり、立ち止まったりしなかった?」

ノアは頷いてから苦笑いだ。

「もちろん。でも約束してくれたから。『いつもノアと歩くよ。ノアが立ち止まったらそこにいて、休憩したいだけしてていい。僕がそのそばで、ノアを守るから。それでノアが元気が出て歩こうと思ったら、手を繋いでまた歩こう』って。ぼくが怖くて立ち止まっても、アーロン様が一緒にいて手を繋いでくれるなら大丈夫かなって思う様にしてる(・・・・・・・)

「お……思う様にしてるって、言い方……」

ノアは楽しそうに、どこか意地悪そうな顔で笑うと椅子に腰掛け直す。

「ふふふ。だって、怖いって思う気持ちは簡単に消えないもの。そうだなあ……マチアス殿下はきっと少し先を歩いて『さあこっちだ。それともあっちのほうがいいか?』とか『さあ、引き上げるから、こっちに』とか『ここは安全だ。行こう』って言ってくれそうだなって思う。どんな時もカナメ様の手を引いて、さあってエスコートしてくれそうだなって。真面目な方って印象だし、とても心強くなれそうだよね」

そして

「やっぱり、話し合うのが一番だと思っているんだ。だってぼくとアーロン殿下は違う人だもの。同じものを前にして同じことを考えているとは限らない。ぼくが美味しいっていったお菓子をアーロン様は美味しくないって思うかも。人はそう言うところがあるから、たくさん話せばいいと思うんだ」

カナメに微笑む。

だからいっぱい不安を話したらいいじゃない、そう言っている気がする顔だ。


「俺、そうじゃないのかな?」


昨日知り合ったばかりである事をすっかり忘れて、大真面目に聞いたカナメに対する答えはやはりこれ(・・)だ。

もうこればかりは致し方ないだろう。

「うーん……昨日知り合ったばかり(・・・・・・・・・・)のぼくには、ちょっと難しい質問かな」

「はは、だよね。忘れてた」

そうだったと思い出してカナメは笑った。

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