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02

カナメとその父ギャロワ侯爵家当主シルヴェストル・ルメルシエが登城命令に従い登城したのは、マチアスが王太子と決定して二日後の事である。

二人が向かったのは城内にある、王妃の為に作られ歴代王妃が管理する庭にあるガゼボ。

どうしてこんな場所に、と素直に首を傾げるカナメとそんなカナメを愛らしいと思う父。

場に到着すれば王妃ステファニー・セリーヌ・ロラだけではなく、国王ロドルフもそこにいた。

二人が着席を許されるとロドルフが遮断の魔法を使い、声も姿も、誰にも認める事が出来ないように施す。

シルヴェストルの表情が陰った。


シルヴェストルは、この国の宰相主席補佐官である。

元は違う部署で腕を振るっていたのだが、現宰相に引き抜かれ今の役目を果たしていた。

比較的国王とは顔を合わせる事があるはずだが、ここひと月、宰相はどうにも自分を飛び越えて自分の部下──────つまりシルヴェストルの部下に国王へと渡す書類を持っていかせているように感じていた。

今、自分には知られるわけにはいかないような“何か”が起きているのではないか。

シルヴェストルが怪しむのも当然だ。

自分に知られないように何かを決めるのであれば、当然カナメの事だろうとシルヴェストルは思っていた。

それでも気のせいかもしれないとなんとか良い様に思っていたのだが、この状態を見てやはりそうだったのだと気が張る。

その様子を見てロドルフは小さく首を横に振った。

悪い事とは言い難い(・・・・・・・・・)のだと、そういう意味を込めて。


王妃自らが茶を振る舞うと、ようやくロドルフが言う。

「王太子に、マチアスを指名する事となった」

カナメはピンと来ていないようで瞬くだけだが、シルヴェストルは目を見開き

「カナメとの婚約を白紙にすると言う、そういうお話でしょうか」

と許可も得ずに発言した。カナメが息を呑む。

ロドルフもステファニーもシルヴェストルのこの行動を咎めない。国王とか王妃という肩書きよりも、マチアスの父と母としての意識が強い状態なのかもしれない。

「いや、カナメにはこのまま、マチアスの婚約者としていてほしい。またカナメやマチアスの教育進行状況などをふまえ良いタイミングで、マチアスが王太子となる事と合わせてカナメが婚約者である事を公表するつもりだ」

カナメがホッとした横で、シルヴェストルの顔が徐々に険しくなっていく。

カナメはそんな父親に

(どうして婚約は継続なのに、そんな顔をするんだろう……)

純粋に感じた。ここで問いただすわけにはいかないからこれをこの場で言う事はないけれど、実に不思議に感じている様子だ。

「婚約を白紙にしていただくわけには、いかないのですか」

強い口調のシルヴェストルにロドルフは首を大きく横に降る。

「それはできん。マチアスにはカナメでなくてはいかん。だから何があろうと、カナメを婚約者──────つまり王太子妃とし、のちの王妃とする。他のものをその役目につかせる気は一切ない」

「それは、王としての命令(・・・・・・・・)ですか」

「そうだ」

「でしたら私は受けなくてはなりませんね。しかし親として言わせていただいてもよろしいでしょうか?」

「かまわん、なんでも言ってほしい。不敬は問わん」

「それでしたら、はっきりと言わせていただきます」

どことなく敵愾心がある雰囲気のシルヴェストルにカナメは不安になる。不敬だとも思うし、自分の想像していない場所で何か、非常に大きな事が起きているとヒシヒシと感じえるからでもある。

カナメは心細い気持ちでテーブルの下で、父のコートを握った。

「息子を、大切な息子を、辛く悲しい未来へ向かわせたい親がいましょうか。カナメは私にとって、大切な息子です。その息子が泣くと分かる道を甘んじて受け入れなければならない気持ちを、そうそう簡単に飲み込む事は出来ません。家臣として忠誠を誓う事と、これは別の問題です」

ロドルフもステファニーも難しい顔で頷く。その気持ちは痛いほど分かる。

この二人にとっても子供は、そうしなければらないのは分かっていても、国のためのもの(・・・・・・・)ではなく大切な我が子(・・・・・・)であるのだ。

「カナメがもし、耐えきれないと病んだその時は、そうなりそうであると明らかになった時は、カナメのそのお役を返上したく思います」

「あい、わかった」

重々しくロドルフが承認した。

重く濁ったような空気の中、ステファニーがカナメにぎこちないながら笑顔を向け

「よかったら、マチアスにあってくれないかしら」

頼む(・・)

大切な婚約者に会えるのは嬉しい。とカナメはすぐに頷き、ロドルフが魔法を解除したのと同時に王妃の侍女に連れられマチアスがいるという、彼の自室へと向かった。

後ろではまた魔法での結界が張られたのを、カナメは感じる。


カナメが感じると言うよりも、カナメと契約した精霊がそれを感じ、精霊からカナメにそれが伝わると言った方が正しいだろう。

この国では“天才”とされている魔法と精霊魔法を使える人間。その一人がこのカナメだ。

五歳の頃、イチゴの形の氷を口に(・・・・・・・・・・)入れた(・・・)事によって精霊と契約した事になっている(・・・・・)

「契約した事になっている」と言う形になるのはカナメの心情を慮る表現だ。なぜなら、こんな方法で契約をしたといまだにカナメは信じていないからだ。

しかし精霊はつねに自分のそばにいるようだし、何かと手伝い助けてくれるのを見ているので“あれ”が契約だったのだろうとも思うけれども、それでもやはりしつこいようだが、“召喚”したわけでもなんでもないのにどうしてこんな事に、と言うのがカナメの中に常にある。

精霊はそれを知っているのか、時々普通ならば考えられないような以上の事をしてカナメを勝手に助けてくれる。例えば、朝起こしてくれる、とか。しかし反面、精霊もカナメもそんな調子だから、契約して随分と経つのに彼はいまだに「精霊魔法ってよくわからない」と言う前代未聞の状態なのだけれど。

ともかく、精霊と契約し、こんなふうに常にそばにその精霊がいるという状態がもう九年も続くと、精霊が魔法を感じ取るとそれをカナメも感じ取れるようになっていた。

カナメに魔法を教える王宮魔術師団のヘインツは「契約した精霊は基本的に呼び出して使役するも(・・・・・・・・・・)()で、常にそばにいるなんて聞いた事ないんですけどね」だそうなので、『契約方法も“あれ”だったわけだし、自分と契約した精霊は変わった人……ではない変わった精霊、いやいや、変人ならぬ変精霊なんだろうな』とカナメは徐々に考えるようになった。

その変な精霊(・・・・)との九年間で、カナメはこうした精霊を通して魔法使用の有無を感じられるのである。

これは、誰にも言っていない。言わない方がいい気がする、と思って内緒にしていた。

なぜなら、言ったら大変な事になってすご(・・・・・・・・・・)く面倒臭い事になる(・・・・・・・・・)、そう思ったからだ。


侍女に案内されマチアスの部屋に着いたカナメは、慣れ親しんだ扉をノックする。

まだ二人の関係を正しく知る人間は、知るべき人間の数を思えば非常に少ない。王家とギャロワ侯爵家、そして宰相とその妻、マチアスとカナメそれぞれにいる忠誠心が高いひとりの従者と王宮(・・)神殿高官だけである。

それ以外の人間にはマチアスと彼の友人、王子とその側近候補かも知れないが、ともかくそうと見られているだろうし、そういう姿しか見せていない。


扉が内側から開く。

マチアス付きの従者アルノルトが開けてくれ、カナメはそれに従い入室した。

すぐさま扉が静かに閉められ、パッと室内を魔法が包む。マチアスが、カナメと婚約してすぐに覚え完璧に使えるようになった、先ほどロドルフも使用した遮断の魔法である。

それにハッとしていると正面からマチアスに抱きつかれ、肩口にマチアスの額が乗せられた。

こんな事は初めてで、カナメは驚き固まる。

自身の兄サシャとの抱擁のように背中に手を回すべきかと思い至ったが、自分の腕は体の横に添えられた状態で抱きしめられてしまったので、肘から下しか自由にならないので諦めてそのままだ。

「アル様?」

やんわりと名前を呼んでもマチアスは微動だにしない。

カナメよりも早く身長が伸びたマチアスはカナメよりも背も力もあり、振り解く気はないが、簡単に体勢を変える事もカナメには出来なかった。

カナメがちらりと視線を動かすとマチアスの後ろでアルノルトが眉を寄せ、マチアスの背中を眺めている。

(第一王子殿下が、婚約者をこんなふうにギュウギュウ絞めてる(・・・・)から、なんかこう、注意したくなってるとか?)

確かにマチアスらしからぬ行動で何か──主に苦言──言いたいのかも、とカナメが考えているとマチアスが額をカナメの肩口につけながら言った。


「ごめん、すまない……カナメ、本当に、すまない」


今にも消えてしまいそうな声に、カナメは言い知れぬ不安が湧き上がった。

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