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「俺は、俺の心を、俺が守らなきゃ」
覚悟を決めて全てを受け入れる自分を作る努力も、しかし誰が側妃になろうと王妃だけは渡さない、誰よりも相応しいと思わせるよう完璧になる努力も、何もかも自分のために。
そしてマチアスに自分を守らせるばかりではいなくていいように、そんな弱い自分でいないように。
悪い事ばかり想像して泣いて、いい未来を思い描けなくても、努力だけはやめてはいけないと自分に言い聞かせた。
「なのにどうして、こんなふうになるんだろう。俺は、これじゃいけないのに。なんで俺は、こんなふうに泣いてしまうんだ。どうやったら覚悟は決まるんだろう。俺は何があっても笑顔で大丈夫だよって、どれだけやれば、努力すれば、アル様に言えるんだろう」
──────今のままでも大丈夫、お前は本当に頑張っている。それ以上何も無理をする必要なんてない。
カナメの異常なまでの、教師陣が言う空恐ろしいまでに突き進む姿に、カナメを知る誰もがそう言ってくれた。
──────少しだけ休んでも大丈夫。誰もカナメの代わりは出来ないよ。
そうやって座る事を促された事もあった。
でも、もし、立ち止まったら。そのせいで想像している悪い未来よりも悪い未来がやってきたら。
自分が後悔するじゃないか。もっとやればよかった。休憩なんてしなければよかった。そうやって取り戻せない過去を後悔するじゃないかと。
「どうして俺は、強くないんだ。どうして俺は、大丈夫だってアル様に言えないんだろう。これじゃ俺は、ただ足手纏いになって、ただ苦しいと泣いているだけの、子供じゃないか」
白い羽毛の上に座り込んだカナメは、きっと気が付かない。
彼がこうなっていると知っている家族や、そしてマチアスの思いを。
そんな余裕が、今、カナメにはないのだろう。
彼は自分だけではなく、周りの事を信用する余裕も、彼らの心を見る余裕も、ないのである。
彼らの思いを理解していると言いながら、努力しなければ全てが終わると思っているカナメは視野狭窄のように思考が狭く小さくなって、余裕があれば簡単に気がつける事すら何も気がつけない。
それだけカナメに取って、この国の貴族の在り方は当然だったのだろう。
この家の誰もそれを当然だと思わなくても、カナメは本当に普通の、この国ではよくある貴族の次男だった。だからこそ、普通の事だと言う人の考えを「ふうん」と受け止めた所があったのかもしれない。
きっと息をして過ごすように、彼に取って貴族はそうだと感じていたのだ。
もしかしたらそれだけではなく、ガヴァネスが教えているつもりはなくてもカナメはそうだと学んだのかもしれない。母や父と出かけた先の屋敷やパーティでそれを感じ取ったのかもしれない。
何かの小さな積み重ねで、彼はそれが当然だと思っていったのだろう。
それはきっと、小さな子供が少しずつ言葉を覚えていくように、カナメの中で自然と蓄積していたのだ。
だってサシャは同じガヴァネスについていても、同じようにパーティに出ても、カナメのようにはならなかった。
カナメは本当に素直であったのかもしれないが、どんな理由であれ、カナメはこの国の貴族の次男だったのだ。
そのカナメが「二人が婚姻しても子供はなくて良い、この国の貴族のそれは考えなくていい」とお墨付きをもらって、徐々に安心して、変わっていった。
──────自分とマチアスは二人だけでいい。二人だけで、いいんだ。
いきなりそれが覆されカナメに残ったのは、二人きりでよしとされて描いた未来と、カナメが当然だと思っていた貴族の常識から描く悪い未来の二つ。
それはカナメが思うよりもずっと、カナメの中で戦い、暴れ、カナメの思考を狭めている。
破裂したような状態で破れ、中の羽が飛び散ったクッションを前にしゃがみ込んだままのカナメは、徐に広がったままの羽を自分の膝の上に集める。
無意識に、このバラバラに散らばる羽が自分の心の中のように見えたのかもしれない。何の役にも立たなくなった。哀れな姿が。
「だいじょうぶ、俺はまだ、やれる」
明日になったらまた頑張ろう。
こんな事を思っていたなんて、考えてしまったなんて、誰にも知られないようにまた走らなければ。
そう思うカナメはそれでも涙を止める事は出来ず、クッションから溢れた羽を抱きしめ顔を埋め、それに涙を吸い込ませている。




