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学園から城へ、勉強が終われば屋敷へ帰る。

その生活の中で張り付きそうな嘘で固まった顔を、カナメはなんとか解して取っていく。


十六になったカナメは自分の弱さに漬け込まれないようにと、臆病で泣き虫で、非常に普通(・・・・・)な自分をより(・・)努めて隠すようになった。

婚約者がいないとされている、マチアスの婚約者になろうとする子女は多い。

自分が婚約者だと発表された時「カナメが相手では王妃には(・・・・)なれない」と諦めさせるには誰にも──────、自分の本質を知らない(・・・・・・・・・・)人間(・・)相手には決して、弱みとなりうるものは見せてはいけないとカナメは思ったのだ。

マチアスの隣に相応な人間でいるには、彼の隣に相応しく万事何事も熟す人間でいるには、側近と思われている今からどんな相手も自分には敵わせると思わせる。その気概でカナメは立っていた。

それは自分が婚約者だと知られた時にも有効なものだと彼は思っているからこそ、なお一層そう(完璧で)あろうとする。


カナメは今も、マチアスが思うような事にはならないと、実現はしないだろうと思っていた。

これは信じていると言ってもいいほどに強く、無理だとそう考えている。そういう意味だ。


マチアスの思いは嬉しい。そうであればどれだけいいかと思うのは嘘ではない。

自分もその気持ちに応えようとは思っている。

でも、カナメには信じられない。自分もまわりも、この国の常識が変わる事も。


自分以上に王妃に相応な相手がいないわけがない。他にも素晴らしい令嬢はいくらだっているだろう。

次男から養子を取って次代にするなんて誰も許さない。

自分が今している事は、何にもならないんじゃないか。


思うたびに立ち止まってやめたくなる。

自分がどうなろうとも(・・・・・・・)、きっと王妃になるのだと思うからこそ諦めたくもなる。

それでも逃げ出さずにいるのは「カナメが相手では王妃には(・・・・)なれない」と、誰もがそう感じるようにならなければ自分の未来はないのだと、マチアスとの未来は何もないのだと、自分を追い立てる自分(・・・・・・・・・・)がいるからかもしれない。


自分が全てを隠しきってマチアスの隣に王妃として立つ事が叶ったら、その時は今よりも強い自分が側妃という存在を受け入れる事が出来るような、そんな気がしている。




バンッという大きな音は部屋の外には漏れない。

破裂したクッションを前に、カナメは呆然としゃがみ込みボタボタボタと涙をこぼした。

この部屋には今、カナメしかいない。



この先の明るい未来を想像したくても、不文律(・・・)が当然のように感じていたカナメにはそれが出来ない。

良い未来を想像したいのに出来ないから、一番最悪な未来を想像する。

そうして心が左右に触れて、時々こうして爆発した。

どれだけ自分が努力しようとも、結局想像出来る未来は側妃がいる、そんな未来だ。

一体誰が、エティエンヌの子供を養子にして次代にするというそれを、よしと了承するのだろう。

いくら王族であっても()としてこの国は存在しているのだから、全ての臣下を無視するなんてそんなわけにはいかない。

今までずっと残り続けた不文律(それ)をいったいどうやって壊すのか。

それが当然だと思っているだろう貴族に、マチアスはどうやって立ち向かうのか。

彼らを如何様にして味方につけるのか。

カナメにはどうしたって「無理だ」の三文字が浮かんでしまう。


マチアスに協力しないのかと言われるかもしれないが、無理だと思ってしまうカナメに何が出来るだろう。

今、カナメが自分に出来る事だと考(・・・・・・・・・・)え行動に移す事が可能(・・・・・・・・・・)な事(・・)は、マチアスの婚約者、延いては王太子妃であり王妃というものを誰にも渡さないようにと勉強に励み、それだけを見て進む事だけだった。

どれだけ努力をしても、教師陣が「十分ですよ」と言おうと、兄のサシャが「もっと落ち着いてやりなさい」とペースを落とした方がいいと暗に伝えてこようとも、カナメには足りない。

足りなくて足りなくて、仕方がなかった。

どれほどやれば見えぬ相手に負けないのか。どれだけの知識を身につければマチアスの隣を譲らなくていいのか。この先の未来、彼の隣(王妃の座)をまだ見ぬ側妃に取られずに済むのか。そして側妃が出来た時、強く立ち続けていられるのか。

想像もつかないからひたすら進むしかなかった。


──────マチアスを信じていないのか。

誰かにそう言われたら「そうではない」とカナメは言うだろう。

何度も言うが、カナメだってマチアスが思う未来が来ればいいと思っている。

しかしそれは希望であり、願望だ。

現実を見ればそんな事にはならないと、どうしたってカナメは思ってしまう。

いくらマチアスが「カナメの心を守る事が試練」と冗談を言ってくれても、自分の心をマチアス一人で守れるなんて思えない。

なぜか。

カナメにはどうしても、いくらマチアスが努力しようが、自分たちの代では変わらないと思ってしまっているから。

変わらないだろう未来がきた時に、マチアスに自分の心を守らせるなんて、きっと真面目なマチアスには(・・・・・・・・・・)出来ない(・・・・)とも考えてしまうから。

彼はこの先、この国のために決断しなければいけなくなる事が多くなる。王になれば余計にそうだろう。

その時、自分の心を守るって言ったじゃないか、なんてカナメには言えないし思えない。

カナメが想像する未来が目の前にやってきたその時、この国の未来を考え国を守ろうとするマチアスに「自分は大丈夫」だと、カナメは笑顔で言ってあげたいのだ。

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