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二人の戦いは十分以上、そう三十分ほど続いただろうか。
近衛騎士の驚く顔に、カンデラリオの部下たちが「ざまあみろ」と言いたげな顔を向ける。
部下たちからすれば、今のマチアスは可愛い弟弟子の様なものだ。我らの弟弟子の迫力を思い知ったかと言わんばかりの顔である。
近衛騎士が驚くのは第一王子という立場で守られるべき人間が見せる、実に人間らしいというべきか、型に嵌っていない、言うなれば生き残る戦い──────近衛騎士が言う野蛮な戦いをする様だ。現実に城に他国の軍人らが攻め込んできたらこのマチアスを前にどちらが守られる人間になるか、全く分からなくなったからだろう。
なにせカンデラリオの戦い方は彼ら近衛騎士にした事と同じように命懸けで相手の命を消しにかかる汚い戦い方であったし、マチアスは何を持ってしても生き抜いてそして守り抜こうとする、そういう泥臭さがあった。
そしてなにより彼らを前に、マチアスは一切の手加減をしなかった。
ひたすらに、何かをぶつけるようにカンデラリオに剣をふるう。
しかし勝負はマチアスが一瞬隙を見せた瞬間に決まった。ガン、という重たい音と共に、マチアスの剣が遠くへ飛び地面に落ちた瞬間、決まったのである。
「まいり……ました」
「よう腕を上げました。じつにいい戦いでしたが、最前線に出るような真似はなさいませんよう。殿下は放っておくと、最前線に飛び出しそうですからね。いえ、殿下ならば十分働けますでしょうが……それでは我々が立場を奪われてしまいますからね」
息一つ乱れないカンデラリオと、膝をついたマチアス。歴然とした勝負の行方に観客はいまだ緊張の中にいる。
「アルノルト殿、殿下を頼みましたぞ」
「はい」
アルノルトがマチアスのそばに向かうと、マチアスはゆっくりと立ち上がり観客となった彼らに「邪魔をした」と一言言うと場を後にする。
扉の向こうに出る際、振り返りカンデラリオにあたらめて小さく頭を下げると
「ハヤル辺境伯爵がいる間、また稽古をお願いしても?」
「ええ、歓迎しましょう。出来のいい弟子との稽古であれば、それは実に楽しいものです」
汚れたまま足早に自室に戻ったマチアスは、アルノルトを残し全員を下がらせ、心配顔になっているアルノルトに首を振って浴室に向かった。
何かのために入るわけではないから、マチアスが適度に自分で自分を洗うだけで十分だ。
それに今は、誰かの手を借りたいなんて思わないし、誰かにそばにいられたくない。
誰かといれば彼は、マチアス王子殿下でいなければいけないのだ。
ガッとした、怒りのようなものが魔力の塊となって浴室の壁にぶつかる。
王子の部屋は基本的に魔力をぶつけて壊れるようなものにはしていない。
時として幼い時、魔力のコントロールが出来ずにそれが壁や床を破壊してしまう事があるからだ。
その都度壊れて直してでは、王子の部屋に多くの人間を入れなければいけなくなる。不要な人間の出入りが多くなればなるほど、不測の事態も発生する可能性が高まる。
それを避けたいのが国王をはじめとする王族の考えであり、子を心配する親の思いだ。
「おちつけ……おちかなければ、何も出来ない」
離宮で、カナメの心を守る事が出来ればいいと、そのためならどんな事だってしようと決めたのに、それをどうやって成せばいいのか。マチアスには今もまだ切っ掛けさえも掴めない。
時間だけが過ぎていくようで、時々こうして何かにぶつかりたくなる。
王子らしくないと、これでは国を背をって立つような人間にはなれないと、そう思っても抑えられないものが生まれてしまう。
エティエンヌはマチアスの考えに賛同してくれた。いくらだって養子にしてなんて、これからはそれでいいと思うと言って。
王族として残る事だって、王族のままの方が色々便利な事もあるからそれを目一杯使って生きるよと笑って。
しかしカナメが思っているように、そんなに簡単に話は終わらないのだ。
エティエンヌとマチアスの間で済む話ではない。
そもそも、嫡男主義という不文律が大きく存在している貴族の世界の中で、エティエンヌを王にするというそれだって壁がいくつも立ちはだかっていた。
しかしそれはマチアスが全て踏み潰していこうと思い、それならなんとかなるだろうと算段していたのだ。
嫡男だなんだという貴族界の不文律を正しいと言い切りそれに不満がない人間の多くは、しかし不思議と甘い蜜だけは目ざとく見つける。
エティエンヌの方がいいと、自分たちにとって、エティエンヌが王になった方がと都合がいいのだと思わせる手段はいくらでもあると、マチアスは考えていた。
今の王であるロドルフや健全な有力貴族の後押しだけではなく、いかに自分が王になったら肩身の狭い思いをするのか、どれだけ立場が危なくなるのか、それを見せてやればいいと考えていた。
冷徹なマチアスが王になるよりも、優しいエティエンヌを王にした方が安全である。
そう思わせる事はあまり難しくないとマチアスはそう、推断していた。
しかし嫡男の自分が王になるとなれば話が変わる。
嫡男主義が騒ぎ出す。王の子を作るべきだと。
これをどうやって黙らせればいいのか、マチアスはまだ見つけられない。
黙らせ排除しなければ、カナメが、マチアスが一番見たくないし考えたくもないお人形の王妃なるかもしれないのに。
どうやって、マチアス自身が考える理想である最良の王になり、カナメを守ればいいのか。
マチアスは全く分からず、ただただ進む教育と時間を前に、頭を抱え湯船の中で顔を沈めた。




