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「無理だ」


短いカナメの言葉に、全てが詰まっている。

先のような意識の貴族が普通だとされる貴族世界に身を置けば、多かれ少なかれこの思考が染み付いてしまうのだ。本人の意思とは関係なく。

「いや。無理ではない。俺がそうなる。俺がすべてを健全にする」

「それが試練だと思っているわけ?」

訝しげなカナメにマチアスは「いや」と短く否定をして

「分かるわけがないだろう。だって教えてくれないのだから。試練を受けたものに『どんな試練なのか。なんと神託を受けたのか』は言えない。つまり、一生涯俺に伝える事が出来ない、秘匿というものだ。しかし神託を受けた神官長、そしてそれを伝え聞いた国王と王妃、彼らに許されている事があると分かった」

「許されている事?」

「乗り越えるための小さな手助け(・・・・・・)だ。例えば、紙を切ろうと思った時に、紙を切るための道具を直接渡す事は出来ない(・・・・・・・・・・)どこにあるかは教える(・・・・・・・・・・)事が出来る(・・・・・・・・・)。そういうイメージで良いと思う」

「なるほど」

「そして父上は、国王だ。子供を愛している気持ちは大きく持っているが、この国のために決断する事は決断する(・・・・・・・・・・)国王(・・)だ。分かるだろう?」

カナメはこれに頷く。もし必要とあれば、マチアスやエティエンヌを国のために犠牲にする判断をする、そんな国王である事はカナメにも伝わってきていた。

国王としてそうした判断を下し、父親として苦しみ泣く。そういう父親と国王という側面をきちんと分けて持つ国王である事は想像出来る姿である。

どちらも同じだけ重きを置くからこそ、人間らしく国民のための政策をし国を守っているのだ。そしてそれを父シルヴェストルが尊敬している事も。

「俺が『俺が覚悟を決める事が出来たら、前例を作ってもいいですね?』と聞いた時、父上は頷いた。俺が何を思って言ったのか、理解して頷いていたはずだ。俺はあの時、『どうにかして、カナメだけを妻とし生涯を終える事が出来ないか考えて、それを実行してやる』と思う気持ちでいたのだから、きっとそれに気がついたと思う。父上はそういう人(・・・・・)だ」

「……そのせいで試練を乗り越えられなかったら?」

「試練を乗り越えられなかった者の末路はあまり残されていない。死んだとか心を病んだとか、そう言ったものは残されているようだが、国が傾いたとかそこのまでの大きなものは今のところない。でもこの先は分からないだろう?」

「そうだね。今までがそうであっただけで、今回はそうじゃないかもしれないもの。アル様の選択で国が傾いたりするかもしれないよ」

「カナメがそう思うのであるのなら、国王である父上がそれを考えていないはずがないだろう」

カナメはこれにも頷いた。

国の存続をとれるロドルフだ。そのためになら非情な手段だって取れるだろう。子供を失ったとしても。それがロドルフという国王なのだから。

そのロドルフならば、マチアスが試練を乗り越えるに難しい行動を取ろうとすれば、試練から逸脱するような事をしようとすれば

「乗り越えたと判断されない可能性がある事を許すと思うか?俺がしようとしている事で、国が傾いたりなくなったりするかもしれないだろう?もしかしたら程度の可能性だったとしても、父上が許すだろうか」

「ううん、多分、しないと思う」

マチアスはカナメの返事を満足そうに聞いて、握っているカナメの手をグッと強く握りしめた。

少し痛いほどの力にカナメが一瞬顔を顰める。


「つまり、俺が冗談みたいなあんな馬鹿らしい暗黙の了解だか不文律だかを、壊してしまっても何も問題がないという事だ」


暫しの沈黙の後、カナメは「そうかもね」とだけ呟いた。

この部屋に音楽でも流れていたり、他の誰かの話し声があれば、聞き取る事が出来ないだろうほどの声だった。

「でも、俺はそんな瑣末(・・)な事に関係なく、そう(・・)しようと思っている。父上が許しているのだから、『堂々としてやれてちょうど良い』くらいに思っている。もし自分がしようとしている事が試練を乗り越えるためにはしてはならないもの(・・・・・・・・・)であれば、父上はいかなる方法を持ってしてでも妨害(・・)するだろう?あの雰囲気だと、それはなさそうだ。だから思い切ってやれる」

「それが、アル様がエティの子供を養子にするっていうのが試練じゃないかもしれないのに?」

「大精霊カムヴィがなんの試練を俺に与えたか、俺は知らない。知るつもりもない。それは秘匿で知る事が叶わないからではなく、もう俺には真実どんな試練なのか興味がない(・・・・・)からだ」

「し……神託を、興味がないって言った」

恐ろしい事を聞いたと体ごと引いたカナメに、マチアスは真剣な表情を向ける。

こんな顔をされると同じ年だという事を本当に忘れそうだ、とカナメは場違いに感じた。

「王太子になるのも、その後国王になるのも、おまけだ。俺は『カナメの心を守る試練』だと考える事にした。今まではカナメが苦しむならカナメを俺の婚約者という立場から逃がせないか、それを頭のどこかで考えていた。方法をたくさん考えて、どれであればお前が幸せになれるのかばかり考えた。けれどそれももうやめる。カナメを苦しみや悲しみから守り、その心を守り抜く試練だと、勝手にそう思う事にして覚悟を決めている」

カナメは視線をあちこちに動かし、唇を噛み、そして俯いた。

「そこまで、する必要ある?おれの心を守る試練なわけ、ないじゃん。どうしておれの心?だっておれの心なんて国には何も関係ないじゃない……。きっとねもっと深い試練があってのこれなんだと思うよ。そうやって自分の我を通す理由に、試練なんて言ったらダメだよ。真面目なマチアス殿下(・・・・・・・・・・)、国を守る判断をしなよ」

卑屈になってなのか、それともカナメは1日で諦め受け入れる事にしたのか、はたまたこれが本心なのか。マチアスは考えない。

だって泣きそうなカナメを見れば、真面目なマチアス殿下(・・・・・・・・・・)はカナメの気持ちが理解(・・)出来るのだから。


「真面目だから、婚約者を守るんじゃないか。守りたいから、守るんだ。カナメの笑顔が、何より好きだから。それが試練だと、そうだと判断しているからするのだと、大義名分掲げて、俺が変えていくんだと決めたんだ。自分の我を通すために試練を利用している?結構な事だろう。だって俺にその内容を誰も言わないのだから。愛している人を守りたいから、俺はやると決めたんだ」


カナメは何も答えない。

答えれなかった。

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