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01

「どうして!突然、今になってそんな事をッ!!!」

この国の王であるロドルフ・シプリアン・トマの執務室に、この国の第一王子であるマチアス・アル(・・)フォンス・デュカスの叫び声の様なそれが響く。

もしこの執務室が防音でなければ、いや、防音であってもそれが程度の低いものであれば、このマチアスの声は執務室の分厚い扉を通り抜け、廊下に木霊しただろう。

それだけの大音声(だいおんじょう)である。マチアスを事を知る人間が聞けば間違いだと信じないだろうほど、冷静さのない声であった。

また、ロドルフを睨みつける様な表情も普段のマチアスからは想像出来ない。

対して国王でありマチアスの父であるロドルフは、全てにおいて冷静であった。

「これはもう決まった事だ。お前なら今からでも遅くはない」

「私の事など、どうでもいい!カナメをどうすると言うのです!」

「カナメにも今までとは違う事(・・・・・・・・)を学んでもらうに決まっている(・・・・・・)だろう。」

息子(・・)のきつい視線を受けたロドルフは、

「カナメには当然王太子妃教育を、終われば王妃教育を受けてもらうに決まっているだろう。()を考えているんだ」

「陛下こそ、()をお考えか」

父を陛下と呼んだ息子にロドルフは、やはり冷静に扉を示し

「以上だ。お前には今後新しい教師もつく。下がっていい」

ギリッと奥歯を噛んだマチアスは険しい顔を崩さず、足早に出ていく。


重厚な音をたて閉じた扉を見つめたロドルフは、小さな声で「すまん」とつぶやいた。


十四歳(・・・)らしからぬ物言いと冷静な面、また決して流されずに臆せず物事に対応するマチアスの全く違う顔を晒し、彼は自室に入ると全員を下がらせた。

腹の虫が治らないと言うべきか、それとも別なのか、そもそも今の自分にはどんな表現が一番正しいのか。マチアスは考えられないほどに苛立っていた。

こんなにも腹が立ったのはいつぶりだろう。彼自身も思い出せない。

「クソッ!」

目についたクッションを思い切り床に叩きつけ、そのままその場にしゃがみ込む。

毛足の長いラグは床の冷たさをマチアスに届けない。

むしろ今の精神状態を思えば、ラグのない部分に座り床の冷たさを感じた方がマチアスにはよかったかもしれない。

少しくらいは、冷静になれたかもしれないから。




マチアスにはカナメという婚約者がいる。

ギャロワ侯爵家次男カナメ・ルメルシエという同じ年の少年(・・)が、マチアスの婚約者だ。

このトリベール国は同性婚を認めている国の一つで、過去には女王が同姓を妻とした事もある。だからカナメが第一王子であるマチアスの婚約者である事に問題はない。

マチアスたっての願いで(・・・・・・・)カナメと婚約をして4年。

最初は「アルさま、面倒な縁談を避けたくて、まあとりあえず、おれならなんとかなるかなーの気持ちで言ってるんでしょう?だからナイショの婚約なんだろうし、そういう王族訳ありの婚約ってあるみたいだもん」などと、信じられないようなとんでもない事を言って、マチアスの気持ちを完全に理解していなかったカナメだったが、この4年をかけてマチアスは懸命にとにかく──時々、心が折れそうになりながらも必死になるという可哀想な状態になりながらも──自分の気持ちをカナメに言って聞かせた。

カナメに自分の気持ちを理解し、その上同じように想ってもらえるようになるまで二年(・・)

やっとお互い同じ気持ちで婚約者となって二年が経過した十四歳の今、突然ロドルフから寝耳に水の命を受けた。

第二王子であるエティエンヌ・ダヴィド・ピエリックを王太子にするとうちうちで決めていたのに、今日突然、それを覆された。

「どうして、今更(・・)

床に座り込んだマチアスは片手で顔を覆う。

カナメを婚約者にしてほしい。初めて言ったワガママは、けれども簡単に叶えられた。

マチアスは知らなかったようだが、マチアスの婚約者候補の中に同性でありながらカナメが“筆頭”として名を連ねていたから、と言うのも大きい。

しかしそれを知らないマチアスがそう言ったのは、この時すでにマチアスではなく弟エティエンヌが王太(・・・・・・・・・・)子になるという方向(・・・・・・・・・)で進んでいたからである。

マチアスはマチアスらしく考えて、カナメだけ(・・)で良くなったからこそ「カナメがいい」とワガママ(・・・・)を言ったのである。


彼は実に幼い頃からずっと、自分は国王の器ではないと思っていた。

──────大勢を救うために一人を見殺しにする事も厭わない。それを誰にも見せずに悟らせずに出来るような器用さもない。正義だと思えば自ら糾弾してしまうだろう。

──────上手に他人に頼れない(・・・・・・・・・・)自分ではきっと……。

それも国王としての長所であると両親は何度も言ってくれたが、マチアスにとってはどうしてもそう思えず、致命的な短所だと強く考えていた。

対してエティエンヌは弟だからなのか性格がそうなのか、上手に人を頼り、人を上手に使える人間である。マチアスが幼ければ当然エティエンヌも幼いのだけれど、それでも十分そう感じるほど自分と弟の性格をマチアスはそう見ていたし、両親もそれには同意してくれていた。

エティエンヌは大勢を救うために一人を見殺しにするような事は出来ない性格だ。それを国王として短所だと言う人間もいるだろうが、そんな事は支える人間がやればいい。声高に糾弾するのは国王ではなくていい。国王は家臣をうまく使い、仕えたいと思わせる手腕で王座に座っていた方がいい。

怖がらせる手段を厭わず使うのは、国王ではなく国王が一番に信頼する人間がやればいいのだ。自分であれば、どんな汚れ仕事でも構わずにやり遂げる非情さもあるだろう。

そう考えてマチアスは早々にエティエンヌを王太子に、と父と母に言ったのである。

そしてそれを二人は認めた。

その方向で行こうと、エティエンヌもそれでいいと、全員で納得して未来が決まっていたのだ。


そしてこれでマチアスは、カナメを婚約者するのだと決めた。

自分の成すべき事(・・・・・)をして、自分の役目(・・・・・)を果たす。そういう生き方になるとマチアスは思っていた。自分が次期国王になる──この国は基本的(・・・)に第一王子が王太子になる──第一王子であるから。

しかし、どうしても自分が王になる姿を思い浮かべる事が出来ない。

何より自分の中の国王像(・・・・・・・・)はどれだけ自分に甘くしても、自分ではなく弟の姿である。

彼も悩んだ。

国王は人が思い考えるよりもずっと、重く辛い立場だ。それを可愛い弟にさせていいのかと。

それも正しく伝えて結果、弟が王太子となる予定となった。

王であれば子を成さなければならない。けれどもそうではないのなら、これは絶対ではない。

それならば、カナメと婚姻してもいいのではないか。

欲が出た。初めてと言ってもいいほど強い欲が。

弟のように、好意を持った相手と婚約してもいいのではないか、と。

カナメ以外の誰かを婚約者にしても、それは政略結婚以外の何物にもならない。しかしこの状況ならばいいのではないだろうか。

なんでもする。どんな事だってしてみせよう。だからどうか、カナメにそばにいてほしい。そう願い伝え叶えたのだ。


「なのに、これでは、そうはいかない(・・・・・・・)じゃないか。どうして今更(・・)、俺を王太子に指名するんだ」


自分が国王になれば、カナメを王妃にする事を国王が認めても、そうなっても、カナメだけ(・・)では許されない。

こんな事になるのなら、カナメと婚約したいなんてマチアスは口が裂けても言わなかっただろう。

自分の気持ちなんていくらでも押し殺しただろう。それがマチアスの愛だった。

彼は、誰の涙が流れようと、誰の血が流れようとも、カナメの涙だけは流したくないのだから。

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