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そうしていつの間にか時間を忘れていった。

昼はアルノルトが受け取りに行き、それを持ってきてもマチアスもカナメも本に夢中で声をかけにくい。

休憩させるのも自分の仕事と思うアルノルトだが、鬼気迫る顔で紙を捲るマチアスの気持ちは昨日しかと聞いたためにおいそれと声はかけられない。

(カナメ様だけにでも、食べていただきましょう)

書庫の中にも一応食事を取れるような場所がある。

きっと、ここに籠って本を読んだり調べ物をした過去の王族が用意したのだろう。

そこにささっと昼食の準備をしたアルノルトはそっと、しかしちゃんと近づいていますよとカナメに教えるように近づき声をかける。

カナメは天窓から光が落ちてくる場所に椅子を運ばせ、そこで本を読んでいた。

その姿はさすが将来美人と言われる容姿なだけあって、服装がそれらしくあれば天使のようにも見える。さすが社交界の白薔薇と言われるデボラの息子だ。

「カナメ様、昼食の支度が整っております。よろしければ召し上がってください」

ご飯、おやつ、美味しいもの。この言葉に素直に反応するカナメは「うん」と言い読んでいた本をアーネに渡す。

「アル様は?」

「マチアス殿下はまだ集中していらっしゃいますので、また折を見て声をかけようかと思います。どうぞお先に。アーネ殿もどうぞ」

アーネは小さく頭を下げ、カナメは意識を本から昼食に向けたおかげで気がつけたいい香りにうっとりとしている。

きっとメニューをみればあのラベンダー色の目が輝くのだろう。

本日の昼食はカナメが『内緒で街に行って、お兄ちゃんと食べた揚げ物を挟んだサンドイッチが美味しかった!』と言っていた情報を入手した──どこからかって?もちろんサシャからである──料理長が、それを用意してくれていたのだ。

『お兄ちゃんと食べた揚げ物を挟んだサンドイッチ』は今で言う、フィレオフィッシュバーガーとかチキンカツバーガーのようなもので、ボリュームはあるし手軽だしと庶民に人気のメニューである。しかし貴族の家では手で握ってかぶりつく事はしないので、頼まない限り出てくるようなものではない。

それが食べれるのだと気がついたら、カナメは「わーい」と素直に喜ぶだろう。

アーネに案内されテーブルへ向かう背中を見たアルノルトもそれを想像したのだろう、顔が綻んでいた。


ちなみに、カナメと入れ違いになる形で昼食を見たマチアスは「サシャか……」とすっかり悟った顔をしていたと言う。

仕方あるまい。お兄ちゃん(サシャ)は離れていても可愛い弟(カナメ)を喜ばせるためならなんだってするのだ。

それがサシャなのである。


昼を食べ終えた四人はまた本に向かう。

二人は分からない探し物のために、二人はただ楽しむために。

意外かもしれないが、カナメは本を読む事が嫌いではない。

新しい事を知りそれに興味を持てれば世界が広がるのだと、彼に魔法を教えた王宮魔術師団団員ヘインツがカナメにそう教え、カナメはその通りだと実感したからだった。

強制に覚えなければな(・・・・・・・・・・)らない事(・・・・)は除いて、カナメは本を読み、そこになにか面白そうなものを見つければそれを知ろうと思うくらいに好奇心はある方だ。

泣き虫で怖がりに隠れているが、実に普通の少年なのである。


「アーネ、この人たいへん」

「何か面白い事でも書いてありましたか?」

カナメは天窓から落ちる光の下で、アーネを呼んだ。

マチアスの事を思い、ちゃんと(・・・・・)小声である。

「おもしろくは、ないかな」

「さようですか。しかし、その本はどちらから?」

カナメの手で届く範囲の高さまで確認したが、アーネの視界に本が抜けた場所が見えない。

カナメは指でそれより高い場所を示して

「おれ、何を選んだからいいかわからなくて、“お願い”してみたんだ。なんでもいいから良さそうな本を選んでって」

「以前そうされた時にどんな本が落ちてきたか……お忘れですか?」

「でも、ここの本は背表紙やタイトルでは中身が判らなそうだったし、チラッと確認して危険な本(・・・・)だったらすぐに戻すつもりだったから」

「次はこんな賭け事のような事はなさいませんよう。精霊様も面白がってすぐに手を貸されるんですから……まったく、少しは考えていただきたいですね」


この国、いや、この世界でかもしれないが、精霊に説教のような事をする者がいるだろうか。やはりというか、さすがというか、ギャロワ侯爵家の従者(・・・・・・・・・)だけの事はある発言だ。

なにせこのギャロワ侯爵家はカナメが精霊と契約したとなった時、「親兄弟の心配を減らしてくれそうな精霊」とか「空気が読めそうな頼り甲斐のある精霊」はてには「この精霊なら安心してカナメを任せてもいかなと思う」なんて、およそ精霊に対して言わないだろう事を、平然と言っている。

この国では精霊と契約する事を『契約してもらう』と言う。

そう、契約をしてもらう(・・・・・)、のだ。

それなのにこの家族とくれば先のような発言。これをもし魔術師団で一番の精霊魔法使い手である第一師団副団長が聞けば何を思うか。

だから先の発言──精霊様も面白がってすぐに手を貸されるんですから……まったく、少しは考えていただきたいですね──に、さすがギャロワ侯爵家の従者と言いたくなる。

そしてこのギャロワ侯爵家はこの手合いの会話がよくなされるので、外部から指摘を受けない限り……いや、受けても、治るかどうか。

彼ら──────ギャロワ侯爵家の面々は、褒めているか貶しているのかは受け取る方に委ねるが、非常に稀有な存在(・・・・・)である。


「アーネ、もし、もしもだよ?アーネが乗り越えなきゃいけないことがあって、でもその乗り越えなきゃいけないことが、何かも分からない時、アーネだったらどうする?」

聞かれたアーネは少し考えて

「そうですね。私でしたら私の周りの状況などから、とりあえず思いつく限り努力を重ねますが。それでも乗り越えなければいけない事が分かっていない状況下で、何かを乗り越えなければいけないと言うのは、骨も折れますし、精神的に堪えてしまいそうです」

と素直に述べた。

カナメも「そうだよね。試練とか与えるなら、明確にしておいてほしいっておもうよ」と本の作者に感情を移入してか、腕を組んで答えた。

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