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釈然としない顔で「おはよう」と言ったマチアスに「おはようございます」とカナメも返す。
昨日の夜もそうだったが朝食も実に旨く、美味しいものが大好きなカナメはご満悦である。
「アル様は今日なにをして過ごすの?」
昨夜はアーネのおかげで無事によく寝れたカナメがそう聞くと、自分のところに来なかった事に大変不服に感じ無自覚でアーネに対し多大に嫉妬しているマチアスは
「書庫で本を読もうと思っている」
と素直に、そしてぼかしてカナメに伝えた。
昨日は書庫へ行ってみなかったカナメは目をパッと輝かせ
「おれも行っていい?楽しそう」
カナメの希望通り、カナメはマチアスとお互いの従者と共に書庫へと入った。
この際、マチアスは昨日アルノルトに言った言葉をアーネに告げたが、彼も「案外自由ですから、何一つ問題はありません」と答え、自分にもカナメにもいい従者がいて良かったとマチアスが心底感じている。
従者は、自分の行動で主人の好感度も信頼度も簡単に変化する事を、特に悪い方へは面白いほどに簡単に変化する事をよくよく理解し行動しなければいけない。
これは本当に大変な事だ。窮屈に感じるものもいるだろう。
ただでさえそれなのに王子やその婚約者、しかもまだ公表もしていないからなおのこと交わされた契約はとても細かく、昨日のマチアスの言葉を借りれば“窮屈”だと考える事があってもおかしくはないはずだ。
しかし彼らはここで“もしも”があればそれ以上窮屈になると言われても、気にしないと微笑んで見せる。
この忠誠に見合うよう、自分も立派な主人として生きなければ。幼いながらにそう思うほどの姿だ。
「俺も、カナメも、恵まれていると思う。感謝する」
「いいえ、私が恵まれているんですよ」
アーネは言って頭を下げると、棚をじっくりとみているカナメに近寄っていった。
二人の会話を聞いていたアルノルトは感慨深そうにしているマチアスに「今日はどのあたりを探しましょうか」と聞いて、二人同じ目的のために本を探し始めた。
古そうなものから、タイトルで、書いた人物の名前で、発行された国の名前。
手当たり次第だ。
なにせ今現在、マチアスが分かっている事が本当に少ない。
よくマチアスがそれだけの情報で本を探そうと思えたものだ。というほどに。
実は城にも“特別書庫”と言われるものがあり、あそこにも王族しか手に取れないような本は豊富にある。
しかしマチアスはここを選んだ。
ここの離宮は、離宮に入るだけでも王族しか──しか、というと語弊が生まれてしまうが、今はとりあえずそんなざっくりとした感覚で理解していただけたら十分だ──使えない鍵が必要となり、それもあってこの書庫にはここにしかない本というものが存在し、他にもまた城の特別書庫とここのこの書庫には同じ本も多く保存されている。万が一のコピーと言った存在だ。
この離宮の書庫は城の特別書庫並みに、重要な場所。
離宮という金庫の中に、この書庫という金庫がはいっていると言えばいいだろうか。それだけ大切なものもここにはおいてある。
王族が来る時以外は全く警備されいないように見えるこの離宮だが、実際はつねに多くの警備の目が光っている上に厳重に魔法で守られているのだ。
マチアスがこの離宮を指定した時、ロドルフは何を思ったか。
もしかしたらマチアスの意図する所を理解したかもしれないし、自然豊かな場所の方がカナメにはいいと思って選んだと思われたかもしれない。
けれどもロドルフの目が驚きをもって一瞬だけ、大きく見開いたのだけは事実である。
「カナメは好きに読んでいてくれ」
そう言うといくつか向こうの棚の方から「はい」と元気のいい声がする。
自分たちとは違う、楽しそうな色の声にマチアスの口角が思わず上がった。
マチアスは、良かれと思って言っては泣かれ呆れられ怒られ、不器用だと言えば「アルさまみたいなひとを、ばかしょうじきっていうんだって!」ととんでもない事を言われ、そうやって長い時間を共有し共に成長してきたカナメに、こういう時には本当に救われていた。
いくつか本を出し、机の上でそれを確認しようとしていた時だ。
奥の方からカナメがマチアスに大声で
「アル様!本当にどんな本を読んでもいいの?」
と聞いてくる。そんなに大きな声ではなくてもいいのに、気持ちが急いたのだろうか。
マチアスは「ああ、かまわない」答えながらページを捲る。
逃げようと思えばそれが出来る互いの従者と違い、婚約者の座から逃げられず、また王太子妃にも王妃にもならなければいけない状態のカナメに隠すものは何もないと言う判断である。
しばらく奥の方で何か話している声がしてきた。
アーネと話しているのか、もしかしたら精霊に何か“お願い”をしているのか、どちらにしても楽しそうで良かったとマチアスは小さく笑ってから本に集中しようと視線を紙の上で滑らせていく。
集中していくにつれ、カナメの声も聞こえなくなっていき、アルノルトが本を机に増やしていくのも見えなくなっていった。