生贄少女と龍神様の生まれ変わり(?)
むかしむかし、ある村に、龍神様の生贄と龍神様の生まれ変わりが住んでおりました。
龍神様の生贄はまだ年端もいかぬ少女で、龍神様の生まれ変わりである者は取ってつけたかのように少年でした。
少年は少女の幼なじみでした。
少女は少年の生贄でした。
ですが、そこに主従の関係はありませんでした。
あるとすれば友情、信頼、疑念、そして保身。
少年は少女のために涙を流します。
少女は村の長である男に罵詈雑言を浴びせ、保身に走ります。
私が生贄とか絶対におかしい、龍神様もそろそろ少年を食べるべきだ、拡散するぞ、などなど。
通り一遍の捨て台詞を吐いて、村長を殴りつけました。
翌日、村長は少女に怒鳴られた昨夜の事を思い出します。
もう怖過ぎて一生もののトラウマです。
仕事なんて手につきません。
夕方になれば、少女がまた「考え直してくれた?」と首を傾けながら刃渡り15cm以上の刃物を持って追いかけてくる事でしょう。
少女は朝昼夕の計3回、村長の元を訪れます。
その全てが脅迫です。
「おーい、村長さーん、開けろよー、開けろ!」
人ならざる者の声がしました。
バンバンとガラス戸を乱暴に叩く忙しなさはまさしく少女と言ったところですが、防犯ロックのある箇所をピンポイントで破壊する程度の知能は有しており、シンプルに泥棒です。
「ヤバい、来た!」
「来たって何さ。お前がこれから逝くんだよ!」
古民家に一頭の猛獣が解き放たれた瞬間でした。
村長は慌てて裏口から逃げようと試みますが、こう言う時に限って扉は開かないものです。
力任せにガチャガチャやったところで開くのは、さっき閉めた後ろの扉だけ。
「なぁんだ、こんなところに居たのかぁ…」
悪霊に現在地を知られ、視界にも映りました。
気がつけばもう間合いです。
まあ、何の間合いかは知りませんが。
「くっそぅ…生意気な小娘め。そんなに生贄になりたくないのであれば、本人に直談判すれば良いだろう!」
「したよ! したけど、私にあいつのヨダレを止めることは出来なかった! 昨日なんか、僕は鍋料理が大好きなんだって聞いてもいないのにリクエストされたんだから!」
「だったら当日は鍋にしてやる! はい! これで解決!」
「なんも解決してねぇよ!」
少女は自分でも驚く程の怒りを胸に、村長の情けない顔面を鷲掴みにしました。
すると、
「僕、鍋料理が大好きだなんて言ったかなぁ?」
「………え?」
妙に聞き覚えのある声が少女の耳を叩きました。
村長は顔面偏差値の著しい低下と共に視覚と聴覚を失っている為、その声の主を確認する事は出来ませんでした。
ですが、その人物は村長も知っています。
「なんで……あなたがここに?」
「なんで? それを君が聞くのかい?」
怯え固まる少女の腕には、龍神様の生まれ変わりである少年の手がベッタリと張り付いていました。
どのくらいベッタリかと言うと、洗いたてのしゃもじから滑落した炊きたてのお米が足の裏で塗り広げられるくらいベッタリです。
「質問を質問で返して悪かったね。僕は単に、君の後をつけていただけだよ」
「な……なんだそっかぁ! それなら早く言ってよもぉー!」
「ハハハッ。君の方こそ、生贄になりたくないのなら、さっさと貢ぎ物を寄越してね? その為に生かしてるんだから」
少年はそう言って暗い影を落とします。
命令を叩き付ける上目遣いに後退りすらも許さない万力で口パク人形の自由を奪いました。
「今日のところは…ぬれ煎餅でご勘弁を」
「うむ、よろしい」
龍神様の生まれ変わりは、眼底の奥を闇に沈ませそう答えました。