今日もわたくしの婚約者は格好つけています、その後のお話
「リア。婚約を破棄しよう」
流石のリアもその言葉には一瞬心臓が止まったかと思った。
本気で言っているわけではないルグスの顔を見て冷静になることができたが。
つまりまた何か言い出したのだ。
「とまあ、こんな逆張りで格好つければ最終的に婚約者を骨抜きにできるんじゃないかってカインから相談受けているんだが、リアはどう思う?」
目の前の男が『最初に言っておく。俺がリアを愛することはない!!』とか何とか格好つけるにしても斜めにぶっ飛んだことをやらかしてからしばらく経ったある日のことだった。
いつものようにリアの私室にやってきたルグスは呑気に紅茶(砂糖たっぷり)を飲みながら、
「もちろんここから先が肝心なんだぜ? あくまで最初のインパクト狙いな。まあ『愛することはない』ってヤツで俺が失敗した時と同じような感じになりそうだとは思ったんだが、話を聞いていると一概に否定もしきれなくてな。一度リアに相談しようと思ったんだよ」
似た者は集まるのだろう。
カイン=グロウリーといえば騎士団長の息子なのだが、ルグスと仲良くしている(つまりルグスの本性を知る数少ない一人)からか、発想というか思考回路が似通っている。つまりこいつら揃ったら馬鹿さ加減もぶっ飛び具合も増しまくるというわけだ。
とはいえ騎士団長の息子だけあってルグスについていける数少ない実力者であり、いずれは騎士団長になるのは間違いないとまで言われている。もちろんルグスが騎士には興味ないと言っているからでもあるが。
リアは呆れたように眉間を指で揉みながら、
「そもそもカイン様はどうして婚約を破棄すると言えば最終的に婚約者を骨抜きにできると考えたのですか?」
「さっきも言ったが、逆張りだな」
ふふんっ、と世間では理想のヒーローだと人気な男はなぜか胸を張っていた。
ルグス=ヴァンクルフォード。
公爵家の長男という家柄、公爵領の領地経営に深く関わって目に見えた結果を残している能力、現役の騎士が唖然とするほどに辛い鍛錬に勤しんで魔獣さえも倒すことができる実力、そして何より見た目は権謀術数を張り巡らせる歴戦の夫人だろうが骨抜きにするくらいに美麗な金髪碧眼に燕尾服の男だが、その正体がよく斜めにぶっ飛ぶ馬鹿だということは極一部しか知らないことだ。
伯爵家の娘にして他の高位の令嬢を圧倒するような目立った『何か』があるわけでもない、良くも悪くも社交界では目立たない地味なリア=フィリアンヌがルグスの婚約者に選ばれたが、その理由の大半はルグスが『こんな』だからだ。
幼い頃からルグスに付き合ってきた彼女でなければ絶対にどこかで破綻すると公爵家側が判断するほどには根深い『こんな』なのだから。
今だってそうだ。相談にしても言い方や順序というものがある。リアではなく他の令嬢であればいきなり婚約破棄を突きつけてきたと勘違いして愛想を尽かしてもおかしくない。
「流行りってのはそれだけ多くの人間が好むものだ。だから流行りをそのまま使うだけでも一定の効果は見込めるが、一部の書物じゃあえて流行りから逆の方向に舵を切って物語を進めることもある。勇者や英雄が主人公しているのが流行ればあえて魔王や敵幹部を主人公にしたり、ヒロインが攻略対象たちと恋をしていくのが流行ればあえてヒロインと敵対する悪役令嬢を主人公にしたりな」
「……、つまり?」
「最近の恋愛モノの書物じゃ婚約者に婚約破棄を突きつける奴が最終的に無様に敗北するのが流行りでな。だからあえて婚約破棄を突きつければそれはそれで逆張りからの新たな流行を切り開く主人公になれる、つまり最高に格好つけられるんじゃないかってカインは考えたんだよ!! いやあ、その着眼点はなかったよな、うんうん」
「……………………、」
やはり似た者は集まるのだろう。いや、それだとリアも『こんな』のと同類ということになってしまうが。
武術や魔法関連は単純だ。とにかく鍛えて鍛えて鍛えまくって、悪さをしている『敵』をぶっ飛ばして力を示せばそれだけで格好つけることができる。
知識関連もまた然り。発想がぶっ飛んでいるだけで決して頭の出来は悪くないというかその道の第一人者だろうが圧倒する知識を詰め込んでいる。
だからこれまでは何とかなっていた。
理想のヒーロー。凶悪な『敵』を粉砕して無辜の民を救う英雄という格好つけ方であれば(それだけの力を得ることが困難なことに目を瞑れば)どれだけ斜めにぶっ飛んだ思考回路をしていても何とかなる。というか、ルグスほどの美麗な男が読んだことのある本の決め台詞を吐き出すだけで有名な劇でも見られないような最高の演出になっていた。
だけど、それが恋愛方面となるとここまでぐだぐだになるのか。あんな台詞を言うべきか相談されて悩む時点でもう色々とアレすぎる。
どんな分野でも最初はダメダメなのがルグスという男であり、尋常ならざる成長速度こそ彼の強みなのだが、それにしてもここから恋愛方面でうまく立ち回れるようになる未来が見えてこない。
それでも一切嫌いになれないのだから、惚れた弱みとはよく言ったものである。
「で、どうだ?」
「論外に決まっているでしょう。流行だろうが逆張りだろうが思ってもいないことを言って何になるのですか。そのまま挽回の機会もなく婚約破棄されて終わりですよ」
流行だか逆張りだか知らないが、どうしてそうやってマイナスからのスタートを選ぶのかと小一時間問い詰めたくなるリア。
婚約を破棄すると言ってきた男が後から格好つけるよりも、婚約してから誠実に向き合ってくれる男が普通に格好つけるほうが何倍もいいだろうに。
もちろん最初は好きではなかったから婚約を破棄するとか言ってしまったが、後から惚れ込んだために挽回するために努力して最終的に結ばれることもあるだろう。それが悪いことだとは言わない。だがそれは普通に親しくなるよりも困難であり、わざわざ狙って茨の道を選ぶ必要もない。
普通に好きなら最初から素直にそう言えばいいだけだ。
「そ、そうか。つい浪漫に目が眩んでいたが、リアがそう言うならカインにもやめておけって言っておくか!!」
「是非そうしてください」
どうしてそんなのが浪漫になるのだとも思ったが、この辺を深堀りしたってリアには理解できないものしか出てこないだろう。
その『何か』を極めた先に理想のヒーローかくありきと世間でも有名になった秘訣があるのだろうが、それもまたルグスという突き抜けた馬鹿だからこそ。並の人間が手を出しても火傷するだけである。
ーーー☆ーーー
三日後、夜。
第三王子も参加するパーティーにおいて多くの令嬢の目は主に二人の男に向けられていた。
ルグス=ヴァンクルフォード。
そしてカイン=グロウリー。
公爵家の長男や騎士団長の息子というのもあるだろうが、その姿が数多の女性を虜にするほどに美しいのが一番の理由だろう。
……会話が聞こえていないというのは幸運なことだ。こいつらの会話を聞いたらそんな美しい憧れなど木っ端微塵になると一歩後ろに下がって全てを見聞きしているリアは心底そう思った。
「──だからな、リアが言うには逆張りは論外なんだとよ。お前の婚約者も確か伯爵令嬢だっただろ? リアがそう言うならお前の婚約者も論外だって切り捨てる可能性も高いと思うぞ」
「なるほど……。貴族としての責務を果たすことと初恋の人と結ばれること、その両方を必ずや叶えたいとあって小難しく考えすぎたのかもしれません。となると、あまり難しく考えずに王道を進むのが一番でありますか」
「王道というと?」
「とりあえず流行に乗っかって『お前を愛することはない』と言って──」
「あ、それやって痛い目にあったのが俺だな」
「なん、ですって?」
「悪いことは言わないからやめておけ。リアが許してくれたから首の皮一枚繋がったが、あのまま婚約破棄も全然あり得たからな」
「流行ですよ!? 浪漫しかないというのに、それがどうして通用しなかったのでありますか!?」
「普通に言われて気分のいいもんでもないからだろうな」
「であればどうしてそんな読み物が庶民の間で流行になっているのであります?」
「その辺俺も考えてみたんだが、こういう決め台詞は内容もそうだが誰が言うかで違うもんだ。そもそも婚約破棄だの愛することはないだの言っても最終的にヒロインと結ばれる奴はそれ相応に『力』があるんだろうな。武力でも学力でもなく恋愛力がずば抜けているから挽回もできるみたいな?」
「つまり剣しか振ってこなかった私の恋愛力では下手なことを言えば挽回もできずに婚約破棄一直線であります?」
「だな」
「……、だったらどうすればいいのでありますか? お金でも払えば何とかなります?」
「向こうだって別に金に困ってはないだろうからなあ。つーか金で維持する関係とか虚しくない?」
「そもそも家と家の繋がり、利益を優先しての婚約ですよ。最初から愛も何もないのであれば、多少強引にでも進めなければ待っているのは名ばかりの冷え切った婚約関係ではありませんか! 私はそんなの嫌です。いずれ結婚する仲であれば、そして何より初恋の相手であれば、お互いに好きになって幸せに過ごしたいのでありますよっ」
「カイン……。そうだよな、わかるぜその気持ち! よし、俺でよければいくらでも相談に乗ってやる!! 絶対にお前にぞっこんになるような案を出してやるからよ!!」
「ありがとうございます、ルグス! やはり困った時に頼りになるのは親友でありますね!!」
ゆっくりと。
何やら盛り上がってきた馬鹿二人(中身がこんなんでも会話さえ聞こえなければどれだけ綺麗なものに見えるのか遠巻きの令嬢たちの視線は熱を帯びていたりする)から離れるように静かに下がって、そしてリアは隣に立つ令嬢に声をかけた。
「ということですけれど、何か言いたいことは?」
「素直に好きと一言伝えてくれるだけで済むのですけどね。私は昔からカイン様のことが好きなのですから。……それなのに、変なことばかりやって一度だって好きとは言ってくれないのですよ」
カインの婚約者である令嬢が拗ねるようにそう言えば、リアはよくわかると言わんばかりに頷く。
色々と似ている彼女たちは気がつけば揃ってこう漏らしていた。
「「どうしてこんな面倒な男を好きになったのやら」」
ーーー☆ーーー
そこまでで済めばいつものことだったのだが、そこで一際大きな声がパーティー会場に響き渡った。
「ディアナっ。貴様との婚約を破棄させてもらう!!」
よりにもよってその発言が第三王子のものであったがためにパーティーの参加者の大半が騒然となる中、カインとルグスだけが斜めにぶっ飛んだ捉え方をしていた。
「まさかこんなところで本気であんなことを言うわけもないし、となればやっぱり逆張りは有効なのではありませんか!? 王族さえも実践するほどに!!」
「待て待て。そうやって結論づけるのは早計だろ! 第三王子が恋愛マスターという可能性もあるしなっ。あの台詞さえも逆張りとして使いこなすほどに恋愛力を高めまくっているとしたら、恋愛力が低い奴が下手に真似したら火傷するぞ!!」
何言ってやがるんだこの馬鹿どもは、と思わず令嬢として不適切な発言が出てきそうなリアであった。
ーーー☆ーーー
婚約破棄だと騒ぐ王子。そんな彼の隣に立つ男爵令嬢。そして『断罪』されているらしい第三王子の婚約者である公爵令嬢。
総じてルグスはこう言った。
「ここまでありきたりな展開もそうないな」
遠巻きに聞いていたものをまとめると、だ。
公爵令嬢が男爵令嬢に嫌がらせ──物を隠すや第三王子に馴れ馴れしく接してはいけないと嫌味(?)を言うだけでなく容姿や生まれを馬鹿にしたなどおよそ絶大な権力を持つ公爵令嬢にしては柔な内容だったが──をしたのだと第三王子は高らかにそう説明した。
男爵令嬢の証言のみでそれ以上の目立った証拠はないが、それでも第三王子は件の嫌がらせは確かにあったのだと自信があるようだ。自分で見たわけでもないらしいのに。
公爵令嬢は嫌がらせの件を否定しているが、第三王子は構わず貴様のような醜い女は王子の婚約者にふさわしくないと高らかに叫んだ。だからこそ婚約の破棄には正当性があるのだと、まだ婚約者でもなんでもない男爵令嬢を侍らせて。
ここまでくると『完璧』だった。
ルグスやカインのような斜めにぶっ飛んだ男を除けば高位の貴族の令息、ましてや王族が世間一緒で流行っている俗な恋愛小説を読むわけがないが、今この状況を見るに偶然の一致か何かしら『流行』を見聞きすることがあったのか。
偶然ならまさしく恋愛マスターだろうとルグスは感心していた。
──まさか本気で婚約破棄を狙っているなどとは考えてすらいないからこそ。
「ここからどうやって公爵令嬢をぞっこんにするのか、逆張りの極意とくと見させてもらうぞ、恋愛マスター」
「お馬鹿」
耐えられずに斜めに盛り上がっている馬鹿の頭を叩くリア。
「うおっ。何するんだよ」
「あれが恋愛マスターですって? ルグスのように斜めにぶっ飛んでやらかしているのだと本気で思っているのならば、流石に怒りますわよ」
指さす。
パーティー参加者たちの見定めるような視線にも気づかずに熱弁を繰り広げている第三王子やその隣で勝ち誇ったような笑みを隠せていない男爵令嬢ではない。
公爵令嬢。
第三王子の婚約者としてこれまで人知れず努力して、その末にこのように多くの人間がいる場で見せ物のように罵声を浴びせられている彼女のことを。
誰が正しいのかはいずれわかるだろう。
何せ事は王家や公爵家に関わることなのだから、このような大事になれば然るべき調査が入る。そこで、『嫌がらせ』の有無は判明するだろう。
いつかはそうなる可能性が高い。
だけど、それは『いつか』の話だ。
「…………、」
公爵令嬢は第三王子から視線を逸らさず、堂々としていた。ただし、その握られた拳が、ふと油断すれば揺らぎそうになる瞳が、僅かに歪みそうになる唇が、その全てが彼女の心情を物語っていた。
『今』彼女が傷ついていないわけがない。
当たり前だ。例えどれだけ強くても、このような場で見せ物のように責められて平気なわけがない。
「チッ。俺としたことがちゃんと見てなかったなあ」
逆張り?
恋愛マスター?
己の婚約者を大勢の目がある中で散々傷つけておいて、高らかに熱弁する男がそんな御大層なものを掲げているわけがない。
だから。
だから。
だから。
「せめて今からでも場所を移動しましょう。このような場でするような話では──」
「黙れ!! 前から貴様のその態度が気に食わなかったんだ!! 俺は第三王子だ、王族の一角だぞ!! その俺に指図するとは何様のつもりだ!?」
ついに拳を振り上げる第三王子。
周囲のパーティー参加者は次の瞬間響き渡る嫌な音と倒れる令嬢の姿を予感して──しかしそんなことにはならなかった。
割って入って拳を受け止める男が一人。
ルグス=ヴァンクルフォードの頭の中でこれまでの緩み切った回路が切断され、切り替わる。
「なっ!? ルグス=ヴァンクルフォード、だと!?」
拳を払いのけて、第三王子と向かい合う。
それがどういうことかわかっていて、それでも迷いなく。
対してルグスの偉業の数々は第三王子も知っているからこそ、一瞬怯えたように視線が泳ぐが、次の瞬間には口の端をつり上げていた。
正義は我にあり。
そう言わんばかりに。
「どうやら噂の英雄様は女と見ればとにかく助けたくなるようだ。だけど! その女がやってきた悪逆の数々を考えれば庇い立てするのは間違いだとわかるはずだぞ!? そう、そうだ、その女はこれまであんなにも醜悪な嫌がらせを──」
「くだらない」
「……、は?」
「嫌がらせだの何だの、お前の口走るもんが正しいのか間違っているのか、そんなの俺にとっちゃどうでもいいんだよ」
「な、にを、言って」
「さっき言っていたじゃないか。女と見ればとにかく助けたくなるようだって。その通りだ。どんな理由があろうが、正義がどっちにあろうが、目の前で傷つけられてそれでも気丈に振る舞って耐えている女がいればそいつの側に立つに決まっているだろ!? 罪だの罰だの帳尻は後で合わせればいいんだしな!!」
もしも公爵令嬢が第三者の真っ当な機関から見ても明確な悪であれば然るべき方法で裁かれるだろう。だから断罪するのは自分じゃなくていい。最終的に罪に合わせた罰がくだるよう帳尻を合わせることができるのであれば、『今』は傷ついている女の味方になったっていいはずだ。
だってそっちのほうが格好いいから。
それだけあればルグスという男は大衆が考える正義だろうが悪だろうが関係なく拳を握りしめることができる。
「俺は、第三王子だ……。俺に逆らうということは王家に楯突くということだ! いかにヴァンクルフォード公爵家の人間といえどもタダじゃ済まないぞ!?」
「だから? 今更そんな脅しに屈するなら、最初っからこんなことはしないんだよ!!」
「この愚か者め! おい、騎士ども!! 何をやっている、早くこの不敬極まる男を叩き斬れえええええええええ!!!!」
瞬間、轟音が炸裂した。
ルグスが何かするまでもなかった。第三王子の命令に従って動き出そうとした一部の騎士たちは一人残らずカイン=グロウリーによって薙ぎ払われたのだから。
騎士団長の息子は何でもなさそうに肩を回しながら、
「これが騎士です。そんな命令に従うようなのは騎士じゃありませんよ」
「な、なんっ」
そんな結果はわざわざ確認するまでもない当然のものだと言わんばかりにルグスは最初から迫る複数の騎士になんて目を向けてすらなかった。
その目は第三王子だけを見据えていたのだ。
「このまま立ち去るなら俺は見逃してやる。どうする?」
「……ッ!? ふ、ざける、な。俺は第三王子だ、王族の一角なんだ! それがたかが公爵家の人間ごときにここまで見下されるなどあってなるものかァあああああ!!」
第三王子がかざした手から放たれるは炎。一般的な魔法使いの基準で言えばそれなりに高い水準ではあっただろう。目の前に立つ男が並の戦士であれば対抗できずに焼き尽くされていたかもしれない。
だけど彼はルグス=ヴァンクルフォードだ。
数々の凶悪な『敵』を倒して理想のヒーローとまで呼ばれるようになった男にそのような一般的な範疇に収まる力が通用するわけもなかった。
放たれた拳が炎を殴り散らし、第三王子の鼻っ面を叩き潰す。
その一撃で全ての決着はついた。
ーーー☆ーーー
「うーん。やっぱり流行一直線だと気持ちよく決まるなあ!!」
サラリとしたものだった。
今さっき第三王子をぶん殴って、周囲が騒然となっている間にそそくさとパーティー会場を抜け出したルグスは近くに停めてある馬車を目指して歩きながら、隣のリアに声をかける。
「どうだリアっ、今回のは中々に格好よかったと思うんだが」
「どうだ、ではないですよ。第三王子を殴るなど絶対に問題になりますからね」
「その割には止めなかったじゃないか。何なら背中を押してくれたようにも思えるんだが?」
背中を押そうが押すまいがルグスの答えは変わらなかっただろう。
だけどリアはわざわざルグスの斜めにぶっ飛んだ勘違いを正した。放っておけば、そして何かと理由をつけて彼をあの場から連れ出していれば第三王子と敵対するようなことにもならなかったかもしれないのに。
『今』でなくても、『いつか』は公爵令嬢が救われていた可能性は高い。あのような穴だらけの断罪劇がまかり通るほど現実は甘くないのだから、同じようにあのような非常識極まりない大立ち回りをする必然性もなかっただろう。
全て承知の上でリアは背中を押した。
つまりは、
「仕方ないでしょう。ああいうのを見過ごせないルグスのことを好きになったのですから」
「好っ、そ、そうか」
先程までの『婚約破棄された悪役令嬢を救うヒーロー』という格好つけはどこへやら、照れて赤くなった顔を手で押さえるルグス。
「な、なあ、リア」
「はい?」
「おっおおっ俺も、なんだ、俺もだからな!!」
「何がでしょう?」
「何が!? いや、だから、ほらっ、さっきリアが言っていたじゃないか! 同じ、うん、俺も同じ気持ちってことだな!!」
「きちんと言ってくれないとわかりませんわ」
「言っ……!? いやまあ本音を曝け出すって約束だし、だけど、ああくそっ、リア!!」
夜空で星が煌めく中、ルグスは真っ赤な顔でこう叫んだ。
「俺もリアのことが好きだぞ!!」
「……っ。そう、ですか」
そう言ってくれるよう誘導したのは確かだ。
だけど、わかっていてもこんなにも嬉しくて仕方ないのだから惚れた弱みとはよく言ったものである。
ーーー☆ーーー
婚約破棄騒動から一週間が経っていた。
調査の結果、嫌がらせ云々は男爵令嬢の虚言だというのが判明した。彼女自身ちょっと同情を誘って第三王子とは秘密の愛人として付き合っていくことで甘い蜜を啜ろうとしていたらしく、まさか婚約破棄だなんだと騒ぐとは思っていなかったようだ。また背後関係を洗ったが高位貴族や隣国の工作員であるという事実はなく、本当にズブの素人がハニートラップを仕掛けたらうまくいっただけのようだ。……うまくいきすぎて大事になったのだが。
その結果を踏まえて第三王子には王族としての責任を果たす能力はないと判断され、『処分』は迅速に行われた。
公的には波風立たないような言い回しにしているようだが、例の男爵令嬢が修道院送りになっているのが奇跡であるくらいの末路だったとか。
ここまでくるとあの騒動以外にも何かしら問題があったからこそ迅速な『処分』だったのではと疑いたくなる。あのような騒動になるまで事前察知できなかったのか、それともわざと放っておいたのか。最終的に王族の面子が潰れるような事態になったということは……。そう、あのパーティーにルグスやカインが参加していたことも含めて『上』では複雑な攻防があったのではないか。
こういうところを気にするのがリアという女であり、すっかり忘れているのがルグスという男である。
貴族社会の人間としてはリアのほうが『らしい』のだろうが、型にはまっていないからこそルグスは様々な偉業を成し遂げることができた。もちろん前提として相応の実力があってのことではあるが。
常人がルグスの真似をしても待っているのはロクな末路ではない。
ちなみに第三王子の元婚約者である公爵令嬢には縁談が殺到しているらしい。あれだけの騒動があってなおもそれだけ人気なのが彼女の能力の高さを感じさせる。
「これどう思う?」
もう婚約破棄騒動とか頭の中からすっかり抜け落ちているルグスが先程まで読んでいた手紙をひらひらと揺らしていた。受け取り、目を通して、リアは小さく笑みを浮かべる。
「まあ、はい。よかったのではないですか?」
「よかった……。それはそうなんだろうが、なんかサラッと追い抜かれたようで複雑だなあ!!」
差出人はカインだった。
ちなみに中身は惚気で埋め尽くされていた。
『俺はリアに本音を曝け出すように言われたからな。カインもそうしてみたらどうだ?』とは落ち着いてからルグスがカインに言ったこと。それに従って婚約者に好きだと伝えたらしい。
そこから紆余曲折があって婚約者もカインのことが好きだとわかったようで、後はもうこうして手紙を惚気で埋め尽くすくらいには突き進んでいったようだ。
「なあ、リア」
「はい?」
「俺はリアのことが好きだ」
刻むように。
ルグスは言う。
「だから、なんだ。俺と婚約してよかったって思えるよう、頑張るから」
「ルグスが頑張るとろくなことにならないような気がしないでもないですけれど。頑張った結果『愛することはない』などと言い出した前例がありますしね」
「ぐっ」
「そもそも」
笑みを交えて、そんな風に冗談を言えるくらいには近く、信頼していて、一時も離れたくないほどには想っている男にリアは精一杯の気持ちを伝える。
「わたくしは常日頃から大好きな貴方が婚約者でよかったと思っていますよ」
これから先もルグスと共にいれば平穏無事とはいかない。格好いいならと王族さえも躊躇なく敵に回すような男の人生はそれこそ波瀾万丈だろう。
それでもついていくと決めた。
だから。
だから。
だから。
「惚れた女が国を守るためにゲス野郎と無理矢理結婚させられそう? どれだけ権力使ってゴリ押ししようとも結婚式に乱入して王女様を奪ってしまえばお偉いさんも手出しできないだろ。心配するな、お前の恋路を叶えるためならいくらでも力を貸してやるよ!! 誓いのキスが交わされる寸前に登場して花嫁を奪い去ってやろうぜ!!」
「戦争でも起こす気ですか。個人の恋路のために多大な犠牲が出るなど論外ですよ。もっと現実的な方法を考えましょう」
ある日、帝国との力関係から半ば無理矢理娶られることが決まった第一王女と相思相愛ではあっても身分が足りなかったので何かしら功績をあげて相応しい身分を手に入れようとしていた友人のために物騒なことを考えていたルグスをやんわり窘めるリア。
本当にこの馬鹿についていく日々は波瀾万丈だった。
「む。むむう。なあリア。現実的かどうかは置いておいて、結婚式に乱入して花嫁奪い去るって格好いいと思うか?」
「強烈な絵面が好まれる娯楽の中でならばともかく、現実的な観点から言えばそもそも結婚式の前に対応すればいいだけでしょう今まで何をやっていたのですか、と呆れるだけで格好良さとは無縁ですね。事前にあらゆる抵抗を封殺しているほうが格好いいですよ」
「……浪漫なんだけどなあ」
「何より自らのためなら直接的には関係ない各方面に悪影響を与えても気にしないというのは幼く格好悪いとすら思いますけれど」
「うっぐ。リアにそう思われるならもっと別の、文句のつけようもない格好いい方法を考えるしかないか!!」
放っておけばどこまでも火種を大きくして突き進む馬鹿についていくなど、それこそ人生を捧げるくらい好きでなければ無理に決まっていた。
そして、そんなリアがそばにいてくれるからこそルグスはこれまでもこれからも致命的にやらかすことなく誰もが憧れるヒーローでいられるのだ。
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