プロローグ
横浜市の左下に位置する、田舎である上矢部の町に、一本の雷が落ちた。
雨が、ワタシの体を洗い流していく。
肉体を動かして、前に進む。私が住む家へと、歩を進める。
歩きながら、この町に存在する一つの伝承について思い出す。
この町に住む人間の中には、いわゆる「ドッペルゲンガー」が存在する人が居るらしい。もちろん、その存在は極めて稀であり、ドッペルゲンガーの目撃情報自体もこの二千年の歴史で一件しかあがっていない。その目撃者も、今はこの世に居ない。
本当に、ただの伝承である。
自分の左手を見つめる。
左手には、血が、未だについていた。
手の中で血を揉んでみる。
そして手を開くと、雨が手に広がった血を地面に流していった。
そのドッペルゲンガーは、自分を構築する肉体の中で、2つの相反する感情が存在するときに生まれると言われている。
左手を胸に押し当てる。
ワタシの胸には、「憎悪」が眠っている。
私の胸には、「愛情」が眠っている。
歩く。歩く。ひたすら、歩く。
そして家の前に着いた瞬間、目の前の光景に思わず足を止めてしまう。
視界に入るのは、一人の男。
それも、すごく見覚えのある男。
……親の顔より、見た男。
ザーッ、と雨が地面を打つ音だけが辺りに響き渡る。
その音が、ワタシたちの間の緊張を強くする。
「こんばんわ」
ワタシの目の前には。
「……」
笑顔で立っている、私が居た。
ワタシは、深く。とても深く、ため息をついた。