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5 魔法特待

 身なりなど二の次で、血に濡れながらも魔物を倒し続ける「鮮血のマリアベル」と、そんな彼女を気にかける幼馴染のアーロン。

 二人の関係は大きく変わらないまま、マリアベルは王立学院の入学を控える年齢になっていた。


「……で、入れそうなの? 学院」

「あ、あっははあ……」


 ろくな家具もないマニフィカ邸で、安い椅子に腰かけ、紅茶を口にしながらアーロンが問う。

 使われている茶葉はアーロンがマリアベルに贈ったものであるため、この場ではお茶だけ高級品である。

 マリアベルは、すぐに「いやー無理ですね!」とは返せず、笑ってごまかした。


 1つ上のアーロンは、一足先に学園生活を始めている。

 学園は、アークライト邸からさほど時間がかからず行き来できる場所にある。

 そのため、彼は寮には入らず、自宅から通っていた。

 引っ越す必要もなかったから、彼は学生となった今も、たびたびマリアベルに会いに来てくれる。


 二人の年齢は、16歳と15歳。

 それぞれ男女として成長しつつあり、マリアベルは女性らしく丸みを帯び、アーロンは身長が伸びて体つきも逞しくなっている。

 まあ、彼はしっかりと服を着こんでいるため、どの程度筋肉がついているのかは、彼に触れるなり裸を見るなりしなければわからないのだが。

 まだどの女性も知らない、秘密の領域である。

 学院の女生徒たちは、アーロンの隠された肉体に興味津々だが、彼は女生徒のことなどろくに見ちゃいない。

 彼が気にしているのは、想い人であるマリアベルが、無事に王立学院に入れるのかどうか、である。


「うーんと、その、ですね。なんとなあくお察しかとは思いますが、学費が、用意できそうになくてですね……」


 マリアベルの声がしぼんでいく。

 アーロンの予想通りの回答だった。

 領地の復興は進んだものの、マニフィカ伯爵家は今も貧乏だ。

 龍脈の影響で今も魔物が多く、警備や討伐にも通常以上の費用がかかっている。

 領主の娘であるマリアベルが相当数の魔物を倒しているおかげで、金銭面ではだいぶ楽になっているはずなのだが……。

 それでも、劇的な改善にまでは至らない。

 王立学院の高額な学費を出す余裕など、マニフィカ家にはなかった。


「ま、まあ、入学できなかったらできなかったで、私も領地を守り続けることができますし。あと……ほら、学校に通うようになると、なにかあったときすぐに駆け付けることができなくなるし、自由な時間も減ってしまうでしょう? それだと、みんなが心配ですから」


 だから、これでいいんです。

 マリアベルは、そう付け加えて明るく笑ってみせた。

 全然気にしてない、これで構わない。そう強調するかのように。


「ベル……」


 本当は悲しいはずなのに無理に笑ってみせる彼女に、アーロンは胸を痛めた。


 この国には、貴族や富豪の子が多く通う王立学院がある。

 元々は貴族のために作られた学校で、教育水準は国一番。

 座学、魔法、マナー、剣技、ダンスなど……あらゆる教育を、一流の指導者から受けることができる。

 10代の者ならみなが憧れるような、麗しの学院であった。

 もちろん、学費は高額だ。一般家庭の者では、支払うことはできないだろう。

 しかし、それではせっかくの才能を逃す可能性がある。

 平民の中からも優秀な人材を発掘できるよう、学費が免除される特待制度も設けられていた。


 マリアベルも、家柄的には王立学院に通うべき人間だ。

 だが、学費が用意できない。

 学費が出せないなら、由緒正しい伯爵家の者であっても、入学はできない。

 ……特待生に値する能力でも、ない限りは。


「……ベル。正直に、答えてくれないかな。きみは、学院に通いたい?」

「それは……」

「たしかに、きみが学生になれば、領地の守りは薄くなる。それをきみが不安に思うのも理解できる。だから、無理に入学しろとは言わないよ。でも、もしも入学を希望するなら、僕も力になれるかもしれない。素直な気持ちを、教えて欲しい」

「わたし、は……」


 マリアベルが、きゅっと唇をかんだ。

 少しの沈黙ののち、彼女は顔を上げる。

 空色の瞳が、アーロンをまっすぐにとらえた。


「王立学院に、通いたい、です」


 叶うはずのない夢を口にしているかのような、どこか苦し気な言葉。

 きっと、これがマリアベルの本心なのだろう。


「そっか。わかった」


 彼女の願いを聞き届けたアーロンは、ふっと優しく微笑んだ。


 


 後日、マニフィカ伯爵家に、王立学院から手紙が届く。

 手紙、とはいったものの、封筒は大きい。

 それなりのサイズの紙を、折り曲げずに入れられる程度の作りだ。

 どうせ入学できないと諦めていたから、マリアベルから学院に接触したことはない。

 なのに何故、自分宛てにこんなものが届くのだろう。


「なにこれ? なんか分厚いし……」


 はて、と思いながらも、マリアベルは封筒の中身に目を通す。

 そこには、なんと。


「特待制度適用のお知らせ……!?」


 マリアベルを、魔法の特待生として学院で受け入れたい、学費は免除する、といった内容が書かれていた。

 封筒が分厚かったのは、入学関係の書類も同封されていたからだ。

 マリアベルのほうから制度の適用を頼んだことはなく、あまりにも突然のことで。


「学費を免除するって、学費を免除するってこと……!?」


 こんなことを口走る程度には、混乱していた。

 特待生として受け入れる、学費は免除する、の意味は、特待生として受け入れるから学費は免除する、である。

 何度読んだって、学費免除での受け入れができると通達された事実は、変わらない。


「じゃあ、私、入学できるんだ……」


 封筒を胸に抱き、マリアベルは呆然と呟いた。



 

 ちなみにこれは、アーロンの計らいによる措置であった。

 最初はアークライト家から学費を出せないかと考えたのだが、それではマリアベルが気にすると思った。

 だから、学院の特待制度を利用することにした。

 アーロンが学園長に話を通せば、すんなりと特待制度適用の許可が出た。

 マリアベルの腕前なら、特待ぐらい余裕なのである。

 国としても、マリアベルほどの逸材を高等教育もせずに逃したくなかったのだろう。


 貧乏伯爵令嬢、マリアベル。

 特待枠での学費免除により、王立学院への入学が決定した。


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