12 クラリス・グラセスは気に入らない
アーロン・アークライトは、皆の憧れの人だった。
甘い顔立ちの美青年で、物腰も柔らかく、表情や口調も優しい。
それでいて、武の名門の生まれで、本人も剣の腕が立つというギャップ。
いたずらに肌を見せるような男ではないから、彼の肉体を拝んだことのある女子はいない。
だが、その優し気な顔の下に、鍛え上げられた肉体があるであろうことは、想像に難くない。
見えないからこそ期待や妄想が膨らむようで、女子たちは「どんな身体を隠しているのかしら」とこっそり盛り上がっていたりする。
由緒正しき伯爵家の生まれである、クラリス・グラセスも、アーロンに憧れる女子の一人だった。
家柄や年齢の釣り合う女の子として、親とともにアークライト家に行ったことだってある。
当時は、10歳ほどだったろうか。
アークライト公爵はまず、アーロンが剣の練習をする姿を、少し離れたところから見せてくれた。
まだ幼いというのに、木剣を振る彼の姿は、とても凛々しく力強くて。
練習後、着替えて現れたアーロンは、剣を握っているときとは別人のように穏やかで優しかった。
クラリスは、思った。彼こそが、自分の理想の王子様だと。
初めて会ったその日から、クラリスはアーロンに憧れ続けている。
……まあ、それはマリアベルを除く他の女子も同じことなのだが。
クラリスは、アーロンに自分を見て欲しくてアピールし続けた。
手紙を書いたり、子供同士の社交の場では、なるべく彼のそばにいられるようにしてみたり。
勇気を出して、話しかけてみたり。
アークライト家から婚約を申し込まれる想像だってした。
しかし、アーロンがクラリスを特別扱いすることはなく。
柔和な笑みを向けてはもらえるものの、それは、他の女子に向ける笑顔と、同じだった。
アーロンに近づいていく女子は多いが、彼が特定の子を贔屓にすることはない。
自分を見てもらえないことは悲しかったが、彼の心も婚約者の座も、誰のものにもなっていないのなら、まだ、チャンスはある。
――アーロン様に振り向いてもらえるよう、これから頑張るのよ!
そんなふうに、思っていた。
だが、あるとき。クラリスは、知ることになる。
アーロンは、社交の場にすら出てこれない、貧乏伯爵家の娘にご執心であることを。
「マリアベル・マニフィカ……」
領地に引きこもり、魔物退治を続ける暴力女。
身なりにも社交にも興味がなく、魔法の修業ばかりしている。
魔物の血に濡れた状態で町を歩き、その姿で貴族の男子の前にまで姿を現すとかいう、意味のわからない人。
いつしかついた二つ名は「鮮血のマリアベル」……って、伯爵家の娘にそれはどう考えてもおかしい。
これからの縁を見据えて令息に会う機会があっても、全て破談。
一応は由緒正しい伯爵家の娘のはずなのに、どうしたらそんなことになるのだろうか。
そんなおかしな女の元に、アーロンは熱心に通っているという噂だ。
アーロンはマリアベルのことが好きなのだろうと、話す者もいた。
なんで。なんでなんで! そんな野蛮な女より、私のほうがアーロン様にふさわしいはずなのに!
マリアベルの件を知ったクラリスは、嫉妬の炎に燃えた。
アーロンは誰に対しても平等で、特別扱いはしない。
だからまだ自分にもチャンスがあると思えたし、どうせみな同じなのだから、と過剰に焦らずにいられた。
しかし、だ。アーロンには既に、特別な人がいたのだ。
その相手が、貴族の子供同士の集まりなどに顔を出さない人だったから、知らずにいられただけ。
けれど、アーロンに選ばれる可能性がゼロになったわけではない。
マリアベルは、王立学院の学費すら用意できないような、貧乏娘。
名門公爵家に釣り合うようには思えない。
アーロンがマリアベルに懸想している、という噂はあるのに、彼らが婚約していないことが、その証拠であるようにも感じられる。
学院入学後、きっと自分にもチャンスがやってくる。
王立学院に、マリアベルはいないはずだ。
マリアベルと離れているあいだに、彼が他の女性を……自分を見て、あんな女ではいけないと、目を覚ましてくれるかもしれない。
そう、思っていたのに。
「なんで、いるのよ……!」
マリアベル・マニフィカは、学費免除の魔法特待生として、王立学院に現れた。
それも、アーロン・アークライトによる学院までの送迎と、入学後のパーティーでのエスコートつきで。
見た目だって、聞いていた話と全く違う。
血濡れの暴力娘どころか、めったにお目にかかれない、妖精のような美人だ。
アーロンが彼女にデレデレなのはすぐにわかったし、他の男たちも、彼女に見惚れてぼうっとしている。
――なによこれ! なによこれ! おかしいじゃない!
この学院で、アーロンに近づくチャンスがあると思ったのに。
自分のほうが、彼にふさわしいと思っていたのに。
王立学院に入学したマリアベルは、アーロンの寵愛も、男子人気も、かっさらっていった。
パーティー直後の登校日。
始業前のクラリスは、仲睦まじく登校したアーロンとマリアベルを、木の陰から覗き見ていた。
アーロンがマリアベルの手を取り、そっとキスを落とす。
その動作も、表情も、誰がどう見たって、愛しい人に向けるそれで。
なのにマリアベルのほうはといえば、たいしたリアクションもなく、1年生の教室へと向かっていった。
――アーロン様に愛されているのに、その態度はなに!?
マリアベルがアーロンに寵愛されていること、なのにその愛情を受け止めていないことが、腹立たしくて、悔しくて。
痛い目に遭わせてやろうと、攻撃魔法を向けたこともあったが、簡単に防がれて。
マリアベルの何もかもが気に入らなくなったクラリスは、言葉による攻撃を行うようになっていった。




