表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/39

鮮血のマリアベル

 屋敷そのものは立派だが、豪華な調度品などはない。

 家具はどれも質素で、客人用の部屋にすら、最低限のものしか置かれていない。

 外観だけは素晴らしいが、中身はない。そんな家で、一人の青年が紅茶を口にしていた。

 大きな窓からは庭が見えるが、手入れなどほとんどされておらず、荒れている。


 だが、日差しはよく降り注いでおり、青年――アーロン・アークライトの金の髪が、柔らかな光を受けてきらめいていた。

 アーロンだけを切り取るなり、背景を捏造するなりすれば、絵画のような光景である。

 彼の見た目も動作も上流階級のそれで、こんな空っぽ同然の屋敷には似つかわしくない。

 それもそのはずだ。彼は、この家の人間ではないのだから。

 アークライト公爵家の嫡男である彼は、この屋敷で、ある人を待っていた。


「……また、なにかあったんだろうなあ」


 約束の時間はすでに過ぎており、アーロンは小さくため息をついた。

 待ち人は、よくトラブルに巻き込まれる。……否、自分から突っ込んでいく。

 そんなところを好ましく思うが、いつか大変な目に遭うのではと思うと気が気ではない。

 今だって、もしものことがあったらどうしようと、ハラハラしている。

 そんな彼の心配とは裏腹に、ばん、と元気よくサロンの扉が開かれた。


「アーロン様! お待たせしてしまって、申し訳ありません!」

「ベル!」


 それまで憂いを帯びていたアーロンの金の瞳が、ぱあっと輝いて……かと思うと、今度はびしっと固まった。


「ベル、血! 血!」

「え? そんなについてます?」

「ついてるよ! べったりと!」

「あー……。結構な群れでしたからねえ」


 ベルと呼ばれた少女は、あはは、と苦笑する。

 青みがかった銀の髪に、大粒の宝石のような空色の瞳。

 鼻筋はすっと通っており、ほんのりと色づいた唇は小ぶりだ。

 髪や肌の手入れはあまりできていないようだが、磨けば相当に光るであろうことが伺える。


 しかし、磨かれる前の今だって、彼女が静かにほほ笑んでいれば、男はぽっと頬を染めるだろう。

 だが、この状況なら、たいていの者は引く。

 何故なら、彼女は簡素な水色のワンピースを、血で染め上げているからである。

 顔や髪にも血がついている。

 なにも知らなければ、事件や事故を疑うレベルだ。


「怪我は!?」

「全部返り血ですよ!」


 慌てて駆け寄るアーロンに、彼女はどやあっと親指を立てる。

 二人が近づいたことで、彼女の小柄さが引き立った。

 男女の違いもあるとはいえ、この少女は女性の中でも華奢なほうなのだ。


「お待たせしてしまいましたが、魔物の群れはしっかり倒してきました!」


 男の心配など知らず、少女はえっへんと胸を張った。


 この少女、マリアベル・マニフィカは、貧乏伯爵家の娘だ。

 マリアベルがまだ幼かったころ、マニフィカ領で魔物が大量に発生。

 人々は危険に晒され、作物も荒らされる大規模な被害を受けた。

 マニフィカ伯爵家は、私財を売り払い、借金まで作って領地と領民を守ったのだった。

 そのときの影響で、今もマニフィカ家は立派な貧乏貴族だ。

 そんな家だから領民には慕われており、彼らは助け合って暮らしている。


 マリアベルは、魔法の才に恵まれていた。天才と言ってもいいだろう。

 支援や回復系はやや苦手だが、あらゆる属性を使うことができ、特に攻撃系の魔法が得意だった。

 10歳にも満たぬころ、自身に与えられた天性の力に気がついた彼女は、決意する。

 もう二度と、領民をあんな目に遭わせないと。

 自分の力で、魔物をみんなぶっ倒してやろうと――!


 そうして、この血に濡れたご令嬢が爆誕した。

 魔法使いであるため、剣士などに比べれば返り血は少ないほうである。

 ……相手の大きさや数によっては、今日のようにべっとりになったりもするが。

 幼馴染のアーロンはこの光景にも慣れっこだが、他の令息には、ビビッて逃げられた過去もあったり。


 いつの間にかついた二つ名は、「鮮血のマリアベル」。

 伯爵家のご令嬢をそんな風に呼ぶのはいかがなものかと思うが、本人はあまり気にしていなかった。

 むしろ、自分が血を浴びて領民を守れていることを、誇っているふしすらある。


 本日も、元気に血濡れのマリアベル。

 そんな彼女を前にしたアーロンは、本当に返り血だけだとわかると、ほっとした様子で「先に着替えておいで」と微笑んだ。

新作です。

お手すきの際にでも、ブックマークと広告下の☆☆☆☆☆で応援いただけますと嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ