其の96 行動開始
「陛下、不躾ながら数日内にゼミット国へ赴くのは不可能かと……」
エルハルトがとても困惑して進言してきました。
重要な書類ですからそれなりな者が運ばなければなりませんから、自分が行けとでもいわれるかと思っているのでしょうかね。
「問題ありません。近くの者に行かせれば良いのです」
徐に席を立つと窓際に向かいました。
(アリシア、風魔法でわたしの声を届けて下さい)
(オーケー! リモ領までね?)
(そうです。お分かりですね。わたしの弟妹達宛にお願いします)
わたしの魔力量を持ってすれば、ラミ王国の端であるリモ領まででも一気に声を届けることが可能です。
今回、指示だけで済みますので返答は必要ありません。そもそも姉の命令、もとい頼み事に口答えすることはないでしょう。させません。
「メイ、ベルト両名に伝えます。ミリセントです。これを聞いたら即座に旅に出る支度をし、ゼミット国内に入り首都にある官邸に赴き、わたしの名代として書類を受け取り、それをラミ王国の王城まで持ってくること。迅速に行動する様に。これは最優先事項です。手段は問いません。出来うる限り急ぎなさい。繰り返します。これは最優先事項。急ぎなさい」
エルハルトを含む、わたしのことをあまりよく知らない者達の顔が青くなり目を見開いています。こんなことで驚かれてはこの先が心配ですね。わたしはその地位も年齢も関係なく使える者は誰でも使います。同時に使えない者はサッサとご退場願いますよ。
「さて、ゼミット国とはこれで良しとして、次に行きましょう」
先に手をつけるべき二カ国のニカミ国とラャキ国には、担当の外交員及びその国から来ている者達とで親書を作成させ、双方の国へと送ります。後は向こうの出方を待つだけですが、その前にやっておかねばならないことが幾つか。
「ミーシャ、わたしの生徒の三人を呼んできて下さい」
「三人、でしょうか?」
「そうです。今国内にいる三人です」
タレスとナイディックは特に問題はありませんが、グレイラットは今軟禁中の身。それを心配したのでしょう。しかしわたしの命ですから問題はありません。ただ遊ばせとくにはいきません。しっかりと働いて貰いましょう。
三人を呼び付けると挨拶もそこそこに指示を出します。
「お三方とも、ご無沙汰ですね。細かいことは全てが終わってからゆっくりと。貴方方にはやって頂くことが御座います……」
例の棟の倒壊に巻き込まれて壊れてしまった無線の術具。アラクスルと連絡を取る為に必要になりますので、新たに製作を指示しました。
「急ぎです。図面は破棄されていますが、まだ内容は覚えていますね? 不明な点があればわたしも対応しますが、魔工学の教師、生徒達も使って最優先で仕上げて下さい。それと……」
ハイディがうるさそうですから、ついでに年代測定の術具も作らせます。カスパーや魔工学の先輩方も巻き込む予定ですから問題はないでしょう。
「ではお行きなさい」
三人とも色々と話したそうな顔をしていましたが、そんな暇はありません。今もわたしの背後に控えている者達の目が光っていますからね。
「陛下、動かないで下さい。針が刺さってしまいますよ」
「わかりました。お手柔らかにお願いします」
各所に親書を送りそれを待っている間に戴冠式を済ませてしまおうと、担当の者達がやる気です。
如何に略式とはいえ衣装は必要だと力説されてしまい、根負けして執務中にも関わらず採寸です。
……わたしはお古のお直しでも良かったのですがね……。
ここ何代も女王は即位しておらず、仮に妃の衣装を使うにしても、わたしに合わせるには仕立て直した方が早いとの判断です。これは致し方ありませんね。
……馬子にも衣装だなんて笑っていないで、アンナさま、ちゃんとお勉強しておいて下さいね。
式典の流れや宣誓の文句。覚えることは沢山ありますが、一度しか使わないことをわざわざわたしが覚える余裕なんてありません。他国の折衝のことで頭が一杯です。なのでアンナに丸投げしました。
(……ワシの頃とは随分と変わっとるな……)
(量が多いですが頑張って下さい。よろしくお願い致しますね)
そしてアリシアには計算を、イザベラには陳述書の整理をお願いしています。
書いたり話したりするのはわたしがやらなくてはなりませんが、手分けして作業出来るのはなんとも効率が良く、周りが驚く程サクサクと作業をこなしていけます。
とても便利なことには違いがないのですが、こうとなってしまった理由は彼女にある訳ですから素直に喜べません。凄いといわれれば悪い気はしませんが複雑な心境です。
……しかし、これはいくらなんでも多すぎやしませんかね?
横を向くとエルハルトも頑張っています。彼だけではなく他の者も必死になって書類の束と格闘中。
作業の合間にそれとなく聞いてみましたら、別にあの彼も職務に関してはそれなりにこなしてはいたそうですが、今回突然の代替り、更に他国との折衝やら通常業務とは異なる作業が勃発。今の人手ではとても足りないそうです。
「……なら、仕方がありませんね……」
国家の重要書類に携わるのですから、おいそれと人に任せられるものではありません。ならばここはわたしが最も信頼出来る者達を使うしかないでしょう。
しかし、エルハルト筆頭に、古参の重鎮達は良い顔をしませんでした。
「陛下が厚く信頼される者達を悪くはいいたくはありませんが、あの者達は……」
流石宰相まで上り詰めた者です。我が寮の内情にも精通していました。確かにあそこは各国の出先機関ともいえますからね。
「よく存じております。ですが、彼女達に関しては問題ありません。わたしが全責任を持ちます。それに、逆にここにいるどなたよりも、各国の情報に精通しているともいえますからね。適材適所ですよ」
結局強権により寮の者達を国政の仕事に巻き込み、結果として業務は楽になりました。案ずるよりもなんとやらですね。
彼女達を巻き込んだお陰で、予想外に捗ったこともありました。
「昨日、パンラ王国側の諜報員がラャキ国内を抜けてラミ王国に潜入を試みたそうですが、既にその者はラャキ国内にて捉えられたそうです。目的を吐かした所、陛下の動向を探り、あわよくば暗殺を企んでいたとの報告がありました」
「同様な件がニカミ国からも上がっております。こちらは現在その目的を確認中とのこと」
「ルトア王国内にて、ラハス王国の王族の生き残りを何名か亡命の受け入れを行なったとの報告がありました。名前年齢人数等詳しいことにつきましては続報待ちです」
「パンラ王国内にて前線の武器貯蔵庫及び食糧庫が一部、国内のラハス王国の残党による反政府軍の手により落ちました。背後にはニカミ国とラャキ国ではなくルトア王国がいるそうです。詳細ついては目下確認中」
以前にもこんなことがあったと思いますが、各国の情勢が王城にいながら筒抜けです。
流石に、初めの内はこれらを全て鵜呑みには出来なかった様で、エルハルト達にも子飼いの諜報員がいるらしく、一々彼等は裏取をしていたのですが、今では彼女達から上がってくる情報をそのまま活用しています。
「……陛下……彼女達は一体、何者なのですか……」
「生まれは違えども、共に平和を愛するわたしの自慢の寮友達ですよ。頼りになりますでしょ?」
彼らに向かって、みんなで揃て笑顔を見せると引き攣った笑い顔になってしまいました。失礼しちゃいますね。




