其の95 説得
「わたしは、何もみなさまに対して、祖国や故郷を捨てることを望んでいる訳ではありません。むしろ今まで以上に慈しみ、尊重し続けてくれることを願います。その想いこそが原動力になるからです。そして
そこから生じるこの状況を憂う想いをこのラミ王国に、慕う心はわたしに託して下さい。そうすれば、わたしはみなさまのその想いに報いれることでしょう。その一人一人の想いが繋がりさえすれば、やがてそれは一つとなり、ことは成せます」
歓声が上がると共に、それでは何時になるのかと不安しする声も上がって来ましたが、そんなにのんびりとやるつもりはありません。
「その為にも近い内に各国に書簡を送ると共に、必要とあらばわたし自身が赴きます。全てが終わるまでにはそう時間は掛からないと存じます」
今度は歓声だけが上がりました。
(なんかミリーって、怪しい宗教の教祖さまみたいだね)
(不本意ながら、やってることはたいして変わりませんからね……)
王にしてもなんにしても、人の上に立つには周りを煽り立て扇動し興奮させなければ付いて来てくれません。あの彼にはそれが少々足りなかった様ですがね。
改めて広間を見ると、殆どの者から魔力が立ち昇るのが見えました。結果は上々の様です。
満足げにその様子を見ていると、エルハルトが近づいて来て耳打ちする様に話し掛けて来ました。
「……失礼致します。女王陛下におかれましては、皇帝を望まれるのでありましょうか……」
……各国をまとめ上げるつもりですから、そう思われても致し方ありませんね。
しかし少し違います。
そうわたしが返そうと思ったら、代わりにレイが答えてくれました。
「違います。ラミ王国がどれ程大きくなろうとも、ミリセントさまはあくまでこの国の女王です。それ以上でもそれ以下でもありません」
流石です。よくわかっていますね!
騒がしい広間から執務室に移動し、関係各所の者を集めてこれからのことについて協議中なのですが、これがまた大変でした。人事やら予算やらやることが山積みです。
人事については、現状でわたしに不満がある者以外はそのまま継続。更に引退した者や歳若の者でも当人のやる気と実力次第で登用しました。人手は幾らあっても足りません。立っている者はなんとやら。何せこれから大陸中の国を一手に対応していくのですからね。時間も人手も何もかもが足りません。
「……ですから、戴冠式なんて必要ありません」
「いやしかし、王が変わったことを国内外に広く伝えなければ……」
「諸外国に対しては、これから各国に親書を送りますのでそれと一緒で構いません。どうしてもと仰るのであれば国内向けに略式で行います。費用も時間も掛けている場合ではありません」
「……畏まりました……」
この時しか出番がない者には申し訳ないのですが、今はそれどころではないのです。ですから、こちらも大人しく引いてくれれば良いのですが……。
「貴方方に対しても後程時間を取りますから、今は退出をお願い致します」
「そうは仰られましても、今この時こそ貴女様のご威光を広く世間に知らしめなければ……」
教の方々には本当に困りました。しつこい上に大人数で、ただでさえ人が多く狭苦しい執務室が大渋滞。話しが通じないのが問題です。
「レイ、お願いします」
「ハッ!」
彼女に頼んで穏便にお帰り願いました。その際多少悲鳴が上がったのは致し方ないと思います。
これで必要以上の者はいなくなった筈ですが、それでもやはり窮屈なのは変わりません。何せ、法務や外交、財務、軍事等々……更に今回各国の橋渡しをしてもらう者達も一同に集めています。
法務の者に来てもらったのは、現在のラミ王国民の正確な数を知りたかったのもありますが、わたしの裁決権の確認でもあります。
「有難う存じます。もう下がって頂いて結構です」
「失礼致します」
現在の数は聞いていた話しと大差ありませんでした。ため息を吐きつつ裁決権に関しての書類を確認すると、これが思った以上に多岐に渡っていて、またため息が出てきました。
……これはいずれ是正しなければいけませんね。
幾ら君主であるとしても、権力が集中し過ぎています。今回目的を果たしたならば、わたしが次代を選んでその者置くか、合議制をとり民主的に選出するにせよ、直ぐにもこの席は譲り退くつもりでしたので、このままでは後々問題が多く出そうです。何せこの国だけの代表ではなくなるのですからね。
一先ず法務関係は後回しにし、早速各国の対応を詰めていきます。地図を用意してもらい、改めて確認しました。
ラミ王国の南方に位置するルトア王国。こちらは現在同盟国となっていますので後に回します。また現在問題を起こしているパンラ王国に関しても同様です。面倒事も後回し。先に隣接する三カ国のニカミ国ラャキ国ゼミット国、ここを手中に収めましょう。
「この三カ国に関する外交の責任者の方、前に出て来て下さい」
先にこの三カ国に対し親書を作成し送ってもらう予定でしたが、ゼミット国担当の者が、代わりにゼミット国からの親書をわたしに渡して来ました。
「姪御から詳しい状況を聞いていたのもあり、ゼミット国では既に話しは固まっております。こちらをご確認下さいませ」
彼の後ろに控えるミーシャが跪きながら笑っていました。
こうなることを予測し、秋口には国内で既に決議済みで、わたしが立った暁には渡す様に託されていたそうです。
……手際が良すぎやしませんか?
彼の国はリモ領よりも北に位置する為、この時期はとても雪深くなり、伝達はいざ知らず物の行き交いは困難となる為、先に手を打っていたそうです。
宰相であるエルハルトがそれを受け取り、中身を確認して驚いていました。
「陛下! ゼミット国は無条件で我が国に随順するとのことです!」
「……詳しい説明を求めます……」
親書を渡して来た彼に向かって告げたのですが、彼はわたしから視線を外すとミーシャをチラリと見ましたので、彼女に発言させました。
「……説明を」
「はい!」
ゼミット国はその位置する場所柄、自然環境がとても厳しい地域になります。その地域にはリモ領の様な小さな藩が各所に点在し、それが集まり互いに助け合う連合国家になるのですが、いかんせん国力に乏しく、常に他国の庇護下に入りたいとの考えがあったそうです。
そしてその代表は合議制を取っていましたが、ここ何代かは同じ一族がそれを担っており、そこに連なる者が彼女なのだそうです。
「我が国に於いて、リモ領のミリセントさまのことにつきましては幼少のみぎりからよく存じ上げております。その為、かの者が立つ際はそれに続く様、言付けを受けておりました」
(お主は昔っから暴れておったからなぁ……)
(え? ナニナニ? それ聞きたい!)
……アンナさま、アリシア、静かにして下さい。
過去に寮内で起こした騒動を色々と思い出し、恥ずかしくなりましたが、ここは手間が省けと喜びましょう。
「わかりました。それ以上の詳しい内容は結構です。ではゼミット国全体の総意と受け取って宜しいのですね?」
「仰る通りで御座います!」
内容はさて置き結果的にはこれで一国目。幸先の良く始められたことは喜ばしいのですが、これだけではまだ終わりません。
「では、互いに調印の書類を交わさなければならないのですが……」
エルハルトが困った顔をしてしまいました。無理もありません。現在は冬。互いの行き来は雪解けを待つことになります。それまでゼミット国との件は一旦棚上げにするべきだと彼は進言しましたが、わたしとしては一刻も早く終わらせたく思い首を横に張ります。
……これは他国に対しての良い牽制にもなりますからね。
ここでゼミット国を抑えれば、他国との折衝も円滑に進むでしょう。これを逃す手はありません。幸い雪によってパンラ王国の攻勢も大人しくなっていますから、今の内に色々とことを進めておきたくあります。
「なりません。この件は最優先で進めます」
「しかし……」
「問題ありません。ミーシャ、物は運べずとも連絡は取れますね?」
「はい!」
「では、数日の内にわたしの代理がそちらに伺いますので、その者達に調印の書類を託す様言付けをお願いします。そしてこちらからの調印書は後日その者が持参しますと」
「畏まりました!」
すぐにミーシャは部屋を飛び出して行きました。
残された者達の中で大人達は困惑しています。平然としている者は若い者ばかりでした。
……やはり我が寮の者達は聞き分けが良いですね。




