其の94 宣言
魔力はその者が持つ意識、意思の力。精神に関与する生物の根源にある様なモノで、無機物からは生成されません。想いこそが原動力となり生み出されるモノ。これは子供でも知っている常識です。
では、そもそも国民の定義とはなんなのでしょう?
国家を形成する民に違いはありませんが、それは戸籍謄本に名前を載せてから国民と認識されるのでしょうか? だとしたら、それが存在しない以前はどうだったのでしょう? ならばその国で生まれ落ちると自動的に? そうすると余所者は違う国の国民にはなれない?
その定義は色々とあるのだと思いますが、オババやアンナにとってはいずれも違うのだそうです。彼女達はこう考えていました。
「己がその国の民だと意識すれば、自ずとその国民と成る」
そもそも領土の境は今でも曖昧な所が多く、オババは取り敢えずラミ王国と地続きである大陸全土に対して行使することにしたそうです。大雑把ですね。
また当時は国籍やら納税の義務等の公的なものについてはあまり厳密ではなかった様で、魔力の奉納的な意味合いとしてはそれだけで良かったのだそうです。
彼女の行使した魔術は当人がラミ王国民であると意識すると同時に反応し、自動的に搾取を始めるとのことでした。なんとも恐ろしい話しですね。
(……それにしてもなんだか騙して魔力を搾り取っているみたいですね……)
(その通りじゃな。それをいわれて仕舞うと何もいえん)
……現に今正にラミ王国民は勝手に搾取されている真っ最中ですからね。
人道的に考えるのであれば大問題ですが、そこと数さえ目を瞑れば、形だけでも国民を増やすことは不可能ではない様に思えて来ました。
しかし重要なことがもう一つ。
(何故、「わたしならば」なのですか?)
(お主、アレにその様な真似が出来ると思うのか?)
今の社会情勢的に、ラミ王国はかなり危うい状況にあります。その原因を作ったのは彼といっても過言ではないでしょう。仮に彼に対してやれと命じたとしても、とてもじゃありませんがそんな彼に成すことは不可能です。むしろ大事な国民が減ってしまうかも知れません。これでは本末転倒ですね。
(とはいえ、わたしなのですか?)
(今のお主ならば可能かも知れんぞ? まぁワシは別にこのままでも構わんがな)
次代に託せばよい。どうせもう千年も待っとるのだから、次でもその次でも大して変わらん。と、突き放されてしまいました。
……ふ〜ん。そんなことを仰られますか……。
この場合は煽られたというよりも乗せられたという方が正しいのでしょうか。癪に触りますね。しかし確かにこのまま何もせずにいるよりかは、多少でも目がある方にかけるべきでしょう。
(わかりました。その喧嘩買いました。精々アンナさまにも働いて頂きますからね。こきつかいますから覚悟しておいて下さいませ)
(お、おう……)
やはり人任せでは駄目ですね。自分のことは自分でなんとかしませんと。
やると決めたからには徹底してやるのがわたしの信条です。
席を立つと周りを見渡しながら口を開きました。
「みなさん。今後のわたしやこの国の方針につきまして、広くお伝えしたいことが御座います。来られる方だけでも結構ですが、なるべく多くの方に、この後大広間に集まる様にお声掛けをお願い致します」
すぐさまレイ、レニー、エルハルトの三人以外は散っていきました。
「さて、参りましょう」
ただでさえ身体が小さい上に脚を悪くしているものですから、普通に歩いてもかなり遅いですのが、多くの者が集まれる様、意識しながらゆっくりと歩き出しました。
……随分とまぁ……。
大広間に着き階段の上から見下ろすと、事前に状況を察し既に城に来ていたのか、それとも召集を聞いて慌ててやって来たのかは知りませんが、予想以上の人で溢れかえっていて驚きました。
老若男女分け隔てなく集まっていましたが、見知った顔よりも知らない者の方が圧倒的に多いです。
わたしが現れたのに気が付くと、みな押し黙り注目を浴びました。その視線の数には一瞬怯みましたが、なんでもない顔で一歩前に進み出ます。
「みなさま。お忙しい中お集まり頂き有難う存じます。ここにこうしていらしているということは、既に詳細につきましてはご存知かと思われますので、その辺りは割愛させて頂きますが、今日この時をもって、わたしミリセントがこの国の舵取りをさせて頂きます」
突然、跪いて拝む者や感涙に咽び泣く者が現れ当惑してしまいましたが、それを顔には出さず気を取り直してそのまま続けます。
「みなさまも十分おわかりかとは存じますが、昨今の近隣諸国の問題につきましては一刻を争う事態にまで来ております。このままではこの国はおろか大陸中を巻き込んだ騒動へと発展することでしょう」
集まった者達を改めてよく見れば、他国の者も少なくありません。
……先ずはここから始めなくてはいけませんね……。
「みなさまの生まれ育った故郷、近しい者達が、たった一握りの身勝手な考えを持つ者達により蹂躙されていく、そんな惨状を甘んじて受け入れられる者はこの場にはいないと存じます。わたしとしましてもこの状況には看過出来ません。このまま手をこまねいて見てはいられなかったのです。その為、この窮状を打破すべく僭越ながら立たさせて頂いた次第です」
広間から割れんばかりの拍手と歓声が上がりました。
広間を見渡しながら、ついでに横にいるレニーとエルハルトの様子をチラリと伺うと、共に納得した顔で頷いています。
……ここまでは問題ない様ですね……。
下手なことはいっていないことがわかりホッとしましたが、さて、ここからが本番です。
殊更笑みを深めると片手をあげて静かにさせます。
「人が集えば意見の食い違いから諍い事は必ず起きてしまいます。それぞれの考え方がありますからそれは当然のことです。しかし意見が分かれることは悪いことではありません。むしろそれが発展性の元となるのですから。ただ、それを無理に通そうとする者がいるからそこに軋轢が生じ、問題となってしまうのです」
……今し方、彼を蹴落としたばかりの身としては自分に刺さりますね……。
「それは友人であったり、恋人、家庭、街、そして国と、人の数が多くなればなるほど問題も大きくなっていくものです。しかしこの国をご覧なさい。幸いながら凡そ千年に渡り大きな騒乱とは無縁です。もちろんこれは対外的な面では尽力頂いているお隣の国の尽力でもありますが、今まで国内に於いて安定していた理由につきましては、みなさま方もご存知の通り彼女のお陰になります」
……一時王族内で揉めた時もありましたし、今正に危うい時期ですが、他国に比べれば概ね平和だったといえると思います。その点だけはアンナさまを誉めてあげましょう。
「わたしは争いを厭います。しかし闘うこと自体は忌避致しません。それはまた彼女も同じ考えです」
……一部、感極まったのか、倒れた者が見えますね。教の関係者でしょうか。それにしてもみんなの視線がむず痒く感じます。
内心は恥ずかしさで一杯ですぐにも逃げ出したい気持ちですが、脚を踏ん張り澄ました顔で続けます。
「その為、これ以上の蛮行を広げない為にも、わたしはここに、大陸全土を一つの国としてまとめ上げることを宣言します!」
方々から響めきが起こり、広間が騒然としました。
中には、黙っていても目を見張って驚いている者の姿も見えます。レニーとエルハルトがそうでした。レイは満足そうに頷いていますが、貴女方は本当にわかっているのですかね?
こうなることは予想の範囲内でしたが、予想外なことも。
……あら? いきなり立ち昇る魔力か増えましたよ?……。
今のわたしの話しだけで、もうそうと成った者が幾人か現れました。
……あそこに見えるのは、ミーシャですよね?
彼女はゼミット国の者です。昨日までは確かに見えていませんでした。
……しかしいくら寮友でわたしの影響下にあるとはいえ、早すぎやしませんかね?
増える分には一向に構いませんので気にしなければ良いのですが、騒がしすぎてこれでは話しが出来ません。
……まだ終わってないのですが……。
困りましたねとため息を吐くと、それを察したレイが前に出て大きな声で一喝。
「静粛に! まだ終わっていません!」
……流石ですね! 以心伝心です。
お陰でこれで話しを続けられます。周りをゆっくりと見渡してから口を開きました。




