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其の92 王たらんとする者

 ラミ王国はその名の通り君主制を取っている。これは建国以来から千年以上変わることはない。


 君主はその国唯一の主権者である。

 

 それ故に、この国に於いてはいつの頃からか即位すると共にそれになる者はかつての名は捨て、ただ「王」と呼ばれた。それが私だ。


 王族の一員としてこの世に生を受け、生まれが継承権の一位であったからだけではなく、幼少の砌よりいずれは王となるべく育てられ、そして成った。


 「王は臣民と共にあれ」


 王の矜持として、即位するよりも前から最重要事項として教えられている。


 先代も先々代もそれ以前も、みなこれに倣い国家を率いて来た。当然ながら私もそれに倣う。


「民なくして王は存在しない」


 当たり前のことだ。


 国を栄えさせ発展させることは民の為となり、それ即ちそのまま自身へと返ってくる。

 民の喜びは私の喜びでもある。その為にも漫然とその席に座していてはならない。


 かつて我が国は近隣諸国を牽引し、大陸中にその名を轟かせる一目置かれた国であった。しかしそれも過去の話だ。少なくとも私の代ではその隆盛も鳴りを潜めている。


 無論、このままでいてはならない。


 国を率いる者として、例えその行いが非情と捉えられ様とも、またそれは身を斬る様な判断だとしも、多くの民の為に、時には辛い決断を下さなければならない時もある。しかし決してそれは利己的な判断ではなく全ては民のためだ。そしてその様な理性的な統率者こそが民には必要であろう。


 それを信条に長年に渡って邁進して来た。今でもその考えを間違っているとは思っていない。


 ───何もしてこなかった父とは違うのだ!


 更に周囲の者達の言葉に耳を傾けることを是とし、決して独善的でない判断を下していたと自負している。

 

 ……なのに何故、この様な状況になっているのだ……訳がわからぬ……。






 その異変に始めて気が付いたのはそれ程前の事ではない。


 気が付けば、私の頼りにしている者が一人二人と櫛の歯が抜ける様にいなくなっていたのだ。別に当人が死亡したり行方不明になっている訳ではない。

 

 ある者は、ある日を境に突然別人の如く変わってしまい、またある者は私に相談無く突然その地位を次代に譲り引退してしまった。


 そしてその私の周りに居る者達は、常日頃表は面的には私を立てているのだが、いざこれという時には決して首を縦に降らなくなった。


 ……何故だ?……。


 いや、その原因となった事案については薄々わかってはいる。あの時を境に変わっていったのだとわかってはいるのだが、それを認めてしまうと、自らの存在証明の危機を感じ、敢えて考えない様にしていた。


 気が付けば、今や敵陣真っ只中に一人。孤立無援の……いや、寧ろこの場合は、私という存在が周りの者達から認識されていないといった方が良いのかも知れない。最近では妃達にすら空気の様に扱われている始末。子供達などもっと酷い。


 その為、為政者としては情けないことだが、恥を忍んで引退した先代に相談をしたことがあったのだが、彼は既に状況を察していたらしく、残念な者を見るような目で、ただ「身の程を弁え、流れにその身を任せよ」とだけしかいわなかった。話しにならぬ。


 ───仮にも一国の王を捕まえて、「弁えよ」とは何たる事か! 如何に父であれども放言過ぎるわ!


 思わず喧嘩腰に返してしまう所だった。


 ……しかし今にして思えば、あの言葉は我が子を思う親の優しさであったのか……。


 その時は先代の老いさらばえ振りを嘲笑ったものだが、実際もうろくしていたのは私の方であったな。真逆、私の最も信頼する近衛達にまで裏切られるとは……。


 ……お主等は、この王に対して主従を誓い、その地位にあるのではないのか? その地位は異なれども、お主らはみな貴族であろう? あの時の宣誓はまやかしか? 私を謀っておったのか? その上で私はその器で無いと愚弄しておるのか?


 しかし裏切られたと思っていたのは私だけであった様だ。


「我々近衛の守護する対象は、常にこの国、ラミ王国の主であります!」


 揃いの言葉で皆から、迷いの無い澄んだ瞳で直答されてしまっては言葉がなかった。しかも彼等を統括している者がその中心にいるのだ。私の言葉だけで彼等を粛清なぞ出来る筈も無い。寧ろそう命じた途端に私がされそうだった。


 ……これは最早笑うしかないな……ならば、ならば教えてくれ。私は一体何者なのだ? この国の王では無かったのか? そもそも王とは一体何だ? 誰か、誰が教えてくれーっ‼︎


 明らかにこの短期間で私の立ち位置が様変わりした。いや、もしやこれが本来私がいるべき場所なのか? 今まで道化を演じさせられていたといわれれば、疑いなくその言葉を信じてしまいそうな私がいる。


 ……まるで夢の中にいる様だ……。


 




 そうだ。昨日の出来事は何かの間違いだったのだ。


 朝になり目が覚め、そう確信に至った。その証拠に私はいつもと変わらぬ王城内の自室で目覚めることが出来ている。


 最近は何かと忙しく、心労により白昼夢でも見たのであろう。私もまだまだ未熟者だ。心の中の何処かにあった今の重責から逃れたいという弱い部分が見せた夢だったに違いない。

 

 そう自分に言い聞かせて心の均衡を保つと寝台から離れた。


 外は雪でも舞いそうな雲行きだが、今日も多くの政務をこなさなければならない。私には想いに耽けている暇などないのだ。


「何? 予定が変わっただと? 急な来客?」

 

 今日の予定では、午前中は学園に赴き、今年度の成績優秀者に対して壇上で労いの言葉を授ける筈であった。


 これは学園が設立されて以来、代々それは当代の王が務めている。今後貴族となる学園生達との数少ない交流の場でもあった。

 下級貴族の出の者であれば、これを逃すと私にまみえる機会がない者もいる。王の威光をその者達に示す為にも大事な儀式の一つであるというのに、それを押してまでとなると、他国の要人であろうか? その様な者が入国したとの報告は入っていない筈であるが……ならば最近の世情に鑑みて、秘密裏に会談を行わなければならない者か? そうとなるとその様な国はいずれと限られてくるな。


 ……剣呑な……これは心して掛からねばならぬ。






「……遅い……」

 

 その者を待ち続けること、時は既に数刻が経った。


 時折私の様子を見にやってくる宰相に、その者はいつ来るのか、して、その者が一体何者であるのか尋ねるも、返ってくる答えは常に同じものだった。


「やんごとなきお方になります。今は少々重要な件に着手中に付き手が離せないそうです。今暫くそのままお待ち下さい」


 ……私と会う以上に重要な案件とは何だ? 


 もしやルトアに謀反でもあるのか? それともパンラがとうとう我が国に対して攻め込んで来るのか? ラハスの生き残りの王族が来るとか? いや、ニカミとラャキが何かしら行動を起こし、その余波で……。 ゼミットが……。


 ……なまじっか暇になってしまうと、余計なことばかり考えてしまい落ち着かないな……。


 悶々としながらその者が現れるのを待っていたのだったが、気が付けば鐘は九つ鳴り終わり、昼が過ぎていた。


 ……これでは学園に赴くことが出来たではないか……。

 

 やって来た宰相をなじるも涼しい顔で「仕方がありません」と素気なく返され、昼食の為に移動を促された。流石に昼を抜いてまで待ち続ける必要は無さそうなので安心した。


 面会をする予定の者は何かしら行き違いがあり今日は現れないのであろう。時間を無駄にしてしまったが致し方ない。向こう側にも都合がる。特に極秘での会談なのだからな。この程度のこと笑って流せなければ為政者として恥ずかしい。逆に、お蔭で久々にゆっくり出来たのだと良い方に考えることにして、感情を表に出さぬよう笑顔を作り席を立った。







「ん? 昼なのに正餐なのか?」


 晩餐でもないのに、昼食の場に大部屋を指定された。


「お時間が取れましたので、そちらで会談を行います」


 流石はこの宰相に、やんごとなき方だと言わしめさせている者だ。この様な対応はさもありなん。


 ……それは良いのだが……何故私が下座に着き、その者を待たねばならぬのだ? 


 一体どれ程の者であろう。 


 私がそこまで対応に注意しなければならない者は近隣諸国を見渡しても、私の先代か、既に鬼籍に入っている先々代位しか思い浮かばない。

 

 えもいわれぬ不安を抱きながら座して待つこと半刻。


「お見えになりました」


 ───やっと来たか!


 執事が恭しく扉を開くのを今か今かとまんじりともせず見守っていたのだったが、そこから現れた者の姿を見て、思わず座りながら崩れ落ちるという初めての経験をしてしまった。


 ……どうやら、私はまだ夢の中にいる様だ……。

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