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其の91 昼食会

 部屋を出る前に先ずやらなければいけないことがあります。そう、片付けです。あのイザベラの為に広げている羊皮紙。

 ここにはわたし以外入ってくる者はいないとは思いますが、もし万が一あんな物を誰かに見られでもしたらアンナだけでなくわたしの人生も終わってしまいます。

 

 空腹と、未だ見足りないと渋るイザベラを抑えながら、なるべく視線に入れない様に気を付けながら纏めると、用心の為に状態保存の魔術を掛けてから元の所に戻しました。


 ……また近い内にお見せしますので、今日の所はこの辺りにしておいて下さいな。





 扉を開けて外に出ると、待ってましたとばかりに、いつもの執事風の者目の前に現れて頭を下げ「お食事の用意が整っております」わたしを促します。


 ……お腹が空いていると顔に書いてありましたかね……。


  気恥ずかしさは出さずに軽く会釈して返すと、レニーを先頭にしてレイに手を引かれながら食堂へと向かいました。


 ……しかしここはまた、随分と贅沢な所ですね……。


 寮の食堂程の広さがありますが、置いてある長い机は一つだけ。それでも軽く十人程は使用出来るでしょうか。それだけでも十分贅沢な使い方ですが、もちろん周りの調度品は断然違います。素人目で見ても高価そうなのがわかりました。


(アンナさまは、随分と良い所で食事をなさってたのですね)

  

 軽く嫌味をいいましたが忙しいのか返答はありませんでした。そのまま指定された席に着きます。


 わたしが席に着くと、レイ達は背後に控えます。既にみんな昼食を取った後ならば良いのですが、それにしてもこんな所で一人食事をするのは気が引ける……などと考えていたのですが、よく見れば離れた反対側に一人座っていました。


 ……あ……彼ですね……。


 あんな者と一緒に食事を取るのは嫌ですが、ここで席を立つことはしませんでした。空腹には勝てないのもありましたが、それ以上に食事が勿体無いですし、それでは何かわたしが逃げているみたいで癪に障ります。仕方がありません。精々いないものとして扱いましょう。


 出て来た料理も、部屋に劣らずそれはまた豪勢な物でしたが、味についてはそこまででもありませんでした。これなら寮の食事の方が幾分かマシに思えます。あの味に慣れたてしまったからそう思うのか、料理人の腕が違うのか。

 そもそも料理が冷めてしまっていて、これでは折角の……これはわたしが遅くなったせいですかね。申し訳御座いません。


 終始仏頂面で食事をしていたのでしょうか。食事を終えて、食後のお茶を飲みながら周りの様子を伺うと、みな緊張感に溢れてわたしの様子を探っています。


 ……これは失礼しました。折角用意してくれたのに、不躾でしたね……。


 もちろん食事自体は全て美味しく頂きました。ただ物足りなく感じたのは致し方ないと思います。何せ今日初めての食事でしたしね。


 側に控える執事風の者が不安そうな顔でこちらを見ているので、正直に伝えます。


「ご馳走になりました。お手数ですが、食後に持参した物をお持ち頂けますか?」

「───直ぐにお待ち致します!」


 淑女として、これだけでは足りないだなんて端ないことかとは思いますが、背に腹は変えられません。それに彼との約束も思い出しましたからね。


 言葉通り直ぐに用意されました。


 寮友が用意してくれていたお菓子が温め直され、これまた見事なお皿に綺麗に盛り付けられて、新しいお茶と共に二皿出てきます。


 一皿はわたしの目の前に。もう一つは彼の前にと置かれました。


 これは以前アリシアが提案し、寮の食堂で作られた物ですが、まだ市井には出回っていないと思います。彼も初めて目にしたのでしょう。お皿を前にして固まっています。他にもわたしが知らないお菓子があり、少し嬉しい気分になりました。


 ……あら?


 前を見れば、こんなおいしそうな物を前にして彼が難しい顔をしてお皿を睨んでいて手を出しません。


 彼はわたしに比べれば身体も大きく男性です。流石にあの量でお腹が一杯だということはないでしょう。憎むべき相手ではありますが、食べ物に恨みはありません。


 ……しかし勿体無いですね。これは暖かい内に頂きませんと……。


「如何なさいましたか?」


 折角ですから早く頂く様に優しく促したつもりですが、先程から油汗を流しながらお皿を凝視しているだけで、手は変わらず膝の上です。


 ……ほんと、どうされたのでしょうね?


 視界に入れながら食事をすると不味くなりそうでしたから、食事中の彼は注視していませんでしたが、そういえば箸があまり進んでいなかったかと思います。どこか体調でも悪いのでしょうかね?







 ───しかし、やはり我が寮の調理人の腕は確かですね!


 この、ビスキュイ生地の中から温かいチョコレートが流れ出てくるお菓子は絶品です!


 ふぉんだん何とかとかいっていましたっけ? 城の料理人に負けていません。いや、むしろこちらの方が美味しいかと思います。身内贔屓かもしれませんがね。


 以前として動かない彼は放って置き、わたしは勝手に舌鼓を打ちながらお菓子を頂いていたのですが、彼は徐に顔を上げると震える声で話し掛けて来ました。


「……私が……これを頂いても宜しいのでしょうか……」


 その決死の覚悟をしたかの様な表情を見て、流石のわたしも様子がおかしいことに気が付きます。周りの雰囲気が明らかに変わりました。気が付けば彼の側に立っていた年配の男性も難しい顔をしてこちらを見ており、ここにいる一同がわたしの発言を一言も逃さぬ様、緊張感を持って聞き耳を立てています。


 ……まさか毒でも入っているのだと思っているのでしょうかね?……。


 彼のわたしに対しての仕打ちしからして、そう思われても仕方のないことだとは思いますが、食事を冒涜する様なことをわたしは許しません。心外です。


「……毒なぞ入っておりませんよ?」


 ニコリと笑いそう返しましたが、返って緊張させてしまった様で、殊更顔が青くなってしまいました。


 ……怒っていたのが伝わってしまいましたかね?


 さて困りました。


 彼には色々といいたいことが山程ありますが、それは時期を見てゆっくりと、肉体的にも精神的にも心ゆくまで懲らしめてやるつもりでしたが、今は大事な食事中です。ここでそんなことをするつもりはありません。食事に対して失礼です。


 ですが折角の機会ですし、このままサッサと食事を終えて、お話し合いに入りましょうか。その為にも彼には早々に食事を終えてもらわなければなりませんね。


 なので早く食べる様、そう促そうとしましたら、突然イザベラが話し掛けて来ました。


(待って、ミリーちゃん。彼に安易に薦めてはダメよ)

(え? イザベラさま、どうしてですか?)

(本当なら、こういったことはアンナさまが教えなきゃいけないのだけどね。今はアリーちゃんと忙しそうだから……)


 見兼ねたイザベラが代わりに忠告しに来てくれたのだそうです。







 今のわたしの立場は彼よりも上位にあるのだそうです。

 

 彼の立ち位置としては、今後も今の王位に付けるかどうか瀬戸際なのだそうで、それも全てわたしの一存で決まるらしく、今この場がその采配の場であるのだと周りの者達は認識している様です。


(そんなこと、わたしは全く考えていませんよ?)


 いつの間にそんなことになっていたのでしょうか。青天の霹靂とはこのことです。そんなつもりは全くありませんでした。


(古くからね、上位の者から下位の者に下賜された物を頂くことで、認められた印とするのよ)


 要はわたしが用意したお菓子を彼が食べることで、今後、彼の上にわたしが立つが、彼はこのまま王位に居続けることを意味するのだそうです。


(そんなことになっていたのですか……)


 そうなれば、周りの者達が固唾を呑んでわたしの動向を見ているのも納得出来ます。ここはあまり迂闊なことは出来ませんね。


(だからミリーちゃん、よく考えてから口を開いてね)

(有難う存じます)


 イザベラの忠告通り、よく考えてみました。


 現状、わたしは王位に就くことには全く興味がありません。


 いくらアンナがいるとはいえ過ぎたる地位ですし、そもそもそんな野望もありません。正直面倒で煩わしいだけです。ならばこの者をこのまま王位に置くのは考えものですが、王位に就く者は現在の王族に任せるのが得策でしょう。


 直ぐに考えは決まりました。


 一先ずこの場に他の継承権を持つ者も集め、そこから選ぶことにしましょうか。その選ぶ権利がわたしにある様ですが、精々その中に彼よりもまともな者がいることを期待致します。


 未だ手を付けずにこちらを見ている彼に、すぐさま他の王族達をここに呼ぶ様申し付けようとしたのですが、また頭の中から声がしてそれを遮られました。


(ミリー、計算が終わったよ!)


 こちらのことをすっかり忘れていました。


 しかし今はそれどころではありません。今後のラミ王国の行方が、今のわたしに掛かっているみたいなのですから。


(お疲れ様でした。結果は後で伺いますね。今はちょっと……)

(いや、今聞いておいた方が良いと思うぞ。今後のお主の為にもな)

(どういった意味ですか?)

(あのね、例の魔術、終わらせるのに必要な国民の数なんだけど……)


 そのアリシアの結果を聞き絶望したのですが、その後でアンナからの提案を受け、わたしの考えは一転します。


 直ぐに執事風の者に声を掛け、彼のお皿を片付ける旨の指示を出すと、彼に向いニコリと笑い掛けました。


「申し訳御座いませんが、貴方にそれを差し上げることが出来なくなりました」

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