其の90 玉座の秘密
それが置いてあった、もとい隠してあった場所は石造りの棚の奥。羊皮紙の書類をどかした後ろでした。
何やらおかしな所に状態保存の魔術の術式が見えると思ったら案の定。この眼鏡でなければその術式が見えない程巧妙に隠されていました。
わたしがその痕跡を見つけた途端アンナが騒ぎ出しましたので、それを無視すると確証を持って解術し中を確認すると、例によって羊皮紙の塊が出て来ました。
イザベラに急かされながら早速解術して中を確認したのですが、それは前回見た恋文集よりも尚酷い内容で即座に目を逸らしてしまう程でした。正に激物。
((───っ‼︎))
アンナとイザベラから声にならない悲鳴と歓喜が聞こえて来ます。
───アリシア! これは幾らで売れるかなだなんて、そんな興味深げに見ないで下さい! わたし達にはまだ早いですよ!
例の物の続きにあたるといってよいのか、全てアンナとラミの睦言が詰まった内容で、基本的には例の物と同じです。うっかり文字に触ってしまったことを後悔しました。
……こんな悍ましい物を見るためにわざわざここに来たのではありませんのに……。
即座に燃やしてしまいたい衝動に駆られ、アリシアに燃やしてしまうべく頼もうとしたのですが、それを察したイザベラに先を越されてしまいます。
(これは絶対処分しちゃダメ! もしそんなことしたらここでずっと騒ぎ続けるわよ! ずーっとよ!)
……大丈夫です。そこまでして処分しようよとは思いません……。
アンナがどうかは知りませんが、わたしは視線にさえ入らなければ構いません。触るのも嫌ですがね。
幸いイザベラは文字だけで満足するタチでしたので、文字に触らぬ様気を付けながら、イザベラが見やすい様に棚にバラして並べてあげて、わたしは速やかに中央に向かいます。
(さ! 気を取り直して、玉座の確認作業をしましょう!)
改めて玉座を見ると、予想通り術式がびっしり刻み込まれており、それが浮かび上がっているのが見えたのですが、しかしそれは見たことのないというよりもよくわからない落書きの様にしか見えずに困ってしまいました。
(わかりません……何が描いてあるかサッパリです……)
(え? ミリー見えるの?)
アリシアに見えないということは……眼鏡を外すとわたしも見えませんでした。そうなると……。
(思い出したぞ! オババは用心の為に裏側に描いておった!)
万が一、状態保存の魔術が切れたとしても、改変されない様に外側には刻まなかった様です。
(裏側? これは平面ではなく立体物ですよ?)
……もしかして削り出しているのではなく、寄木細工の様に石を加工しているのでしょうか?
よく見て確認してみた所、そんなことはありませんでした。ただの石の塊を削り出した物です。
どの様にやったのかはわかりませんが、よく見ると確かに大概の術式に共通する魔力の供給口にあたる部分が判読出来ました。それを反転させれば間違いありません。
(しかしこれ、どうやって描いたのですかね……)
(ねぇ?)
アリシアと共に不思議がっていますと、アンナが得意そうに、オババは凄かったんじゃぞ! と自分のことの様に偉ぶり出しました。
(その知識量はいわずもがなだがな。その頭は一つだったが顔は二つあって、足は無くも腕は四本もあり……)
(えぇっ? ちょっ、ちょっとお待ち下さい!)
聞き捨てならない台詞が色々と聞こえて来ました。
(……オババさまは、我々と同じ人だったのですか?)
人外のモノであったからこそ色々と博識だったのでしょうか。そんなわたしの疑問もアンナに一笑に付されてしまいます。
(人語を解し、意思の疎通が出来るのであれば何者でも構わんだろ?)
それにわたしだって目が四つあって脚が三本あるのだから同じ様なものだといい放つ始末。
……眼鏡はともかく杖はアンナさまの時代にもあったと思うのですが……。
移動する為には浮いていたという、そんな理外なオババの技についてはここでいくら考えていても仕方がありません。今はこの術式を解読する方が重要です。
(一先ずわたしが描き映しますので、その後でアリシアとアンナさまに手伝ってもらいますね)
直ぐに扉に行くと、大きな姿見と紙や筆を要求しました。
頼まれた先程の執事風の者は、突然そんなことをいわれたにも関わらず「畏まりました」と二つ返事で用意をしてくれました。流石ですね。
しかしここの中に入れるのはわたしだけ。鏡の設置には苦労しましたが、何とかこれで通常通り読め、描き移すことが出来ます。四方八方から眺めて隅から隅まで描き写しました。
紙に描くのはわたししか出来ませんが、解読する者は他に二人いますのでサクサクと進みます。
程なくしてほぼ全てを解読し終わりましたが、その結果にはため息しか出ませんでした。
(……これは何とも用意周到というか、完璧に近いですね……)
(ぐうの音も出ないってヤツだね!)
(どうじゃ、凄かろう!)
……だから困っているのですが……アンナさま、理解していますか?
(結論からいって、これを破壊するのは無理ですね……)
(お主、これを壊すつもりだったのか?)
アンナが驚いていますが当然です。依代さえなくして仕舞えば魔術の効力は消えるのですから。これが最も簡単な方法なのです。
状態保存の魔術が掛けられていますので、それを解術し、物理的に破壊することも考えましたが、登録者はアンナではなくオババでしたのでわたしには出来ません。また同時に術式を描き変えることも同じです。
(それが出来れば手っ取り早く済んだんだけどねー)
ならば他の手を探るしかありません。
(魔力の供給自体を断つのもムリよ?)
アリシアのいうことには、ただ頷くしかありませんでした。
それは全く現実的ではありませんでした。なにせ魔力の供給そのものを断つには、このラミ王国自体を消滅させるしがないのです。
この玉座が置かれている石室自体が魔力を供給する仕組みになっており、その供給元はこの国全体から行われていました。
(この頭から昇っている物が元になっているのですのよね……)
姿見に自身を写してみると、わたしの頭の上からも魔力が立ち昇っているのが見えます。思わずそれを見てため息が出てしましました。
(例の魔力層って、コレの集まりだったのねー)
以前でしたら、これで謎が一つ解けたと喜ぶ所でしたが、今はそれを知っても憤りしか感じません。
(しかし、オババさまは恐ろしいことを考えついたものですね……)
それは全てここ術式を読み取り判明しました。
ラミ王国全体に魔術を施し、国民全てから少しづつ魔力を搾取してここの魔術の糧としているのです。
それはほんの僅かな量ですから本人には気が付きません。ましてや生まれた時からですから、それを不自然に思う者はいないでしょう。
アリシアが、(だからこの国の人はよく食べるのかな? 料理も美味しいしのはその為?)といっていますが、正鵠を得ているのかも知れません。
(何か、オババさまはそのことについて仰られていませんでしたか?)
(……うむ……。民が健やかにしておれば、恙無くことは成せるとはいっておった気がするな……)
アンナはそれを聞き、国民に対してひもじい思いをさせるのはもっての外、むしろもっとよく食べる様に政策を行ったそうです。
……アンナに詳しいことをいっても無駄だとわかっていたオババは、敢えて過程をいわずに結果だけ教えて押し進めさせたのですかね。
(それにしても、魔力が似通っているからなのか、特に気がつきませんでしたが、ココはその魔力で満ちているのですね……)
この場に置いてある羊皮紙の状態保存の魔力もそこから吸収している様です。
(ならばここは素直に、この魔術自体を心願成就させるしかないみたいですね)
実はこの魔術はこれで完成ではありませんでした。あくまでこれはそこに至るまでの過程。ある基準を満たして初めて完成する魔術なのです。
(それをアンナさまが願ったのですよね?)
(そうじゃな。正確にはラミじゃが……)
この国を豊かな国にしたい。栄えさせたい。どこの国よりも。その願いを元にこの魔術がかけられたのですが、その判断基準となるものが……。
(それが国民の数ですか……)
(当時はまだ領土的なものも曖昧じゃったしな。領地よりも人さえ増えれば勝手に国は大きくなるからの)
何とも安直ですが、当時では仕方がなかったのかも知れません。
(その時オババと相談して、これ位の数ならば何処にも負けん大国になるぞと定めたんじゃが……)
(で、結局コレって何人になればいーの?)
そこに示されていた数値なのですが、それを見て現在躓いています。
その数字と単位は過去に使われていたもので、今では使われていません。その為その正確な数がわからず、アンナが見ても今の単位に直すのには少々骨でした。
……全く、いざという時に役に立たない方ですね……。
彼女の不甲斐なさを今更嘆いても仕方がありませんが、折角ここまで来たのに、これでは苛立ちが募るばかりです。
(しかし、少なくとも今の国民の数ではとても足りんぞ!)
(だからわたしがこのままなのじゃないですか! そんな分かり切ったことをいわないで下さい! ボケてるのですか?)
(う、うむ。すまん……)
……失礼。うっかり本音が漏れてしまいました。
現在ラミ王国の人口は一千万人に届かない程だったと記憶していますが、果たして目的の人数は如何程なのでしょう。彼女の口振りですと先は長そうですが、そもそもそれまでわたしが生きていられるのか……絶望しかありません。
……苛立ちが過ぎると虚無感に苛まれ、今まで忘れていた自然現象の欲求が押し寄せて来るものなのですね。
今朝はバダバタしていて、朝食を取るのをすっかり忘れていました。空腹で仕方がありません。夢中になって気が付きませんでしたが、既に九つの鐘も鳴っているはずです。
玉座に掛かっている魔術はもう解読済みですから、後のことはアンナ達に任せると、わたしは遅いお昼を取りに部屋を出ることにしました。




