其の88 願いの対象物
長年わたしが求めていたアンナが自身に掛けて後世まで続いているこの呪いという名の魔術の正体。ついにここにきてその手掛かりが見つかりました!
(……いや、手掛かりや鍵というよりも、そのものなのじゃがな……)
(え? どういう意味ですか?)
勿体ぶらずに早く教えろと被り気味に訪ねます。
(ほれ、お主もよく知っておろう。わしが己に掛けたこの魔術、なんの目的であったのか)
(もちろん。この国を存続繁栄させていく為に、その知識を蓄え続ける為ですよね?)
(そうじゃ。そもそもここはラミが成した国じゃからな。この魔術を永年に渡って使える様に、その制約の誓いもラミ自身に行ったんじゃ……)
魔術も一つの現象ですから、その効果が永久的に継続出来るわけではありません。それを行使し続ける為には必ず力の流入が必要になります。
その力はもちろん魔力になるのですが、常々わたしがこの魔術を呪いだ呪いだといっていることはあながち間違いではないのです。意思に介在する魔術は想いの力こそが重要なのですから。
感情の中で最も強いものといえば憎しみや悲しみなどの負の感情になりますが、しかし意思による想いは時間の経過と共にいずれは浄化し消えてしまいます。それを回避するにはその感情を持つ者を増やし繋げて注ぎ続けていければ良いのですが、国を繁栄させる目的に負の感情はそぐいません。むしろ衰退させてしまうことでしょう。
……オババも初めは、アンナさまのラミさまを失った悲しみを軸に魔術を組み立てようとしたそうですが、それは直ぐに辞めたそうですね。
それならばと、アンナのラミを思う親愛の感情を軸に行使したのだそうです。これなら負の感情に比べてそれを持つ者が増えた所で問題にならないどころか、国家繁栄の手助けにもなり一石二鳥。後はそれを絶やさない様に注意するだけです。
……国民の国を想う気持ちをそれに合わせた訳ですね。
そして魔術になりますから精霊を介する魔法ではありません。掛ける為の対象物が必要になります。
……考えてみたら当たり前なことでした……。
何せ頭の中にいるのですから、こことは異なる空間に存在しています。そんなモノに対して魔術を掛けてもここへ対して影響は与えられません。
(……ならば、それがこの羊皮紙をまとめた物になるのですか……)
そう考えると、この小汚く砂糖の塊の様に見えて直視するのも厳しい物体でしたが、愛おしく、また神々しく感じて来ました。
……やっと見つけましたよ……。
思わずアンナではなく、何処かの誰かに感謝の祈りを捧げたくなりました。しかしそんなわたしの上がって来た気分は直ぐに霧散させられてしまいます。
(違うぞ?)
(……へ?)
こんな、いつ何処へいってしまうかわからない頼りない物ではなく、確実にそこに存在し続けることが出来て、更にラミともこの国とも縁が深い物がその対象に選ばれたとのことです。
(ほれ、城にあったじゃろ。コレも昔しはその側に置いてあったんじゃがな)
それこそは初代女王から伝わるとされる石で出来た玉座。元はラミが座っていた物だそうです。それにはオババが状態保存の魔術も掛けており備えは万全とのこと。
……それならある意味国の象徴ともいえる物ですから、国民も信奉していますし魔術の依代としてはうってつけに違いがありませんが……。
(……そうですか……ですがアンナさま?……そんな大事な物、今まで忘れていたとはいわせませんよ?)
他の二人に被害を及ばさぬ様、アンナだけに目掛けて怒気を送ることが上手く出来ているでしょうか? 被弾してしまったら申し訳御座いませんが、謝罪することはしてもやめることは出来ません。
(うわっ! い、痛い! す、すまん! 勘弁しとくれー‼︎)
アンナ以外からもうめき声が上がっていますが止めません。文句はアンナにお願いします。
(言い訳は聞きません! 反省なさい!)
ひとしきり騒ぐ声が聞こえて来なくなるまで、わたしの説教は続きました。
(それで、本当に忘れていたのですか? それともわたかってた上でわざと黙っていたのですか?)
(……王城に出入りしていた時には忘れることはなかったんじゃが……)
例の黒髪の乙女が問題を起こして在野に下るまでは確かに覚えており、時折その場に行っては昔を懐かしんでいたそうです。
しかし一旦離れて仕舞うと、それ以外のことが忙しくて失念していたそうです。
(貴女がそんなことではラミさまも浮かばれませんね)
(……)
(まぁまぁミリーちゃん。その位にしておいてあげましょうよ)
(……アタシも、もう限界……)
(……わかりました。今日の所はお二人に免じてここまでにしますが、他にもまだわたしに話していないことはないですね?)
最後に少しだけ怒気を強めて尋ねると、思い出し次第必ず話すと返ってきましたので一先ずこれまでにしてあげましょう。今は彼女を詰問するよりもやらなければいけないことがあります。
急いで机の上に広げた羊皮紙を片付けて、もう一度状態保存の魔術を賭けようとしたらそれをイザベラに止められましたのでそのままにしておき、杖を取ると階段を降りて食堂に向かいました。
思った通り、まだみんな残っていました。
わたしが顔を出すと途端に静かになり注目を浴びます。
「みなさん。突然で申し訳ないのですが、わたしは明日王城に上がります。その心算でお願いしますね」
そう告げると、方々から「えー!」「ホラいったー!」「今日は徹夜だー!」などと声が上がり、先ほどよりも騒がしくなってしまいました。
……わたしはただ、あの王座の確認に行くだけなのですけれどもね……。
王城へ行くのですから、次いでに彼女達の要望に応えるのもやぶさかではありません。その準備については彼女達に任せましょう。張り切っていますからね。
石造りの王座にこの魔術が掛けられているのであれば、それを解析し対策が講じれるはずです。これは一刻も早く確認しなければいけません。
……しかしそんな所にあったとは……資料室の未整理書庫を探したりと、随分と遠回りをしてしまいましたね。
でしたら、もうあちらは必要はありません。
彼女達の中からミーシャの姿を探すと、タレス達に明日から書庫で確認作業をしなくて構わない。おって指示をするまで待機する旨の伝言を頼むと、明日に備えて早めの就寝の支度に戻りました。
これは最近知ったことですが、頭の中にいる彼女達は寝るも寝ないも自由らしいのです。
就寝する為に部屋の明かりを消そうとした所、それをイザベラに止められました。
(ミリーちゃん、お願い。明かりはそのままにしておいて欲しいの。それとね……)
例の羊皮紙をまだ読みたいので、机の上に見える様に広げて置いておいて欲しいのだと頼まれてしました。
他人の恋文なんて読んでも面白くないと思いますが、彼女に取ってはかけがえのないものなのらしいです。
(恋愛ごとなんて無縁だったんですもの……)
見たり聞いたり読んだりすることで、自身の中でそれを昇華し己を慰めるのだそうです。
その一生を留まった彼女達を還すことに捧げてくれた恩人から、そういわれてしまっては嫌とはいえません。こんな物で宜しければ存分にお楽しみ下さいませ。明かりで眩しい位わたしは構いません。
……そこで悶えているアンナさま、身から出た錆ですよ。甘んじて受け入れなさい。
 




