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其の87 革の塊の正体

 ……以前はなんとでもなかったこの階段ですが、脚を悪くするとこうも大変とは……。


 それでも今後この部屋に来るのは何回もない筈ですから、一歩一歩懐かしさを噛み締めながら部屋へと戻るのでしたが、その際にも一人護衛がついて来ているのがわかりました。その姿は見えませんが、立ち昇る魔力が見えています。


「流石に寮内では大丈夫ですから、下に降りてみなさんと一緒にいらして下さいな」


 音もなく立ち昇る魔力が見えなくなり、彼女が離れて行くのがわかりました。


 ……大事にしてくれるのは有り難いですが、なんともむず痒いものですね……。


 部屋に入り机に座って軽くため息を吐いていたら、アンナが笑いながら話し掛けて来ました。


(なかなかどうして、お主も人の上に立つ者として堂に入ってきおったな! 先程のは見事じゃったぞ!)

(よして下さい。わたしはそんな器ではありません。やりたくてやっている訳ではないのですから)


 実際、降りかかる火の粉を払っているだけです。


(とはいえお主、これから彼奴を玉座から引き摺り下ろして、代わりにそこへ座るんじゃろ?)

(そんなつもりはありません。面倒なだけです)

(それじゃ、何しに王城へ行くんじゃ?)

(もちろん、苦言を呈しにです)

(それだけか?)

(それだけとは何ですか! 現にアリシアは亡くなっているし、今も彼のせいで困っている者が国内外に大勢いるのですよ? 直接文句をいってやって、死ぬよりも痛い目の一つもみせてやらなければ気が済みません! それでも心を入れ替えないのであれば、首のすげ替え位は辞さないつもりです!)

(……お、おぅ……)

(ミリー、カッコイー! ヨロシク!)

(あらあら、お手柔らかにね)

(それよりもアンナさま、コレは見てしまっても宜しいのですか?)


 机の上に置いた例の革の塊を指差し尋ねました。確証はありませんが、恐らく今のわたしでしたら中を見ることが出来ると思うのです。


(そうじゃのぉ……。ワシも正直何が書いてあるか気になっておった。何かの覚書だった気もするが……)


 流石に昔過ぎてよく覚えていないそうです。どうやら本当のことの様ですね。ともあれ持ち主から許可が出ましたので遠慮は無用。


(ではアリシア。解析の時間ですよ!)

(ヨーシ! やるぞー!)


 表面に確認出来る術式はお馴染みの状態保存の魔術になりますが、よく見ると側面に見たことのない術式が描かれていました。


(え? アタシには何も見えないよ?)

(この眼鏡を通して見ているからでしょうか……)


 試しに外して確認すると何も見えません。


(ならソレじゃない?)

(ですよね……)

 

 片手で触っても何も起こりませんでしたから、両手で抱える様に持ち、側面の術式に魔力を注ぎ込みました。


 ───っ!


 途端に、固いただの塊だった物が革で出来た柔らかな束に変わります。


(成功です!)


 早速一番怪しんでいた場所、表紙と思われる物を捲りその裏側を確かめます。


(……うわぁ……コレですね……)

(どれどれ?)


 そこには今までに見たことのない複雑で精密な術式が刻み込まれていました。早速アリシアと共に解読します。


(恐らくコレが魔力の消費を抑える術式になると思うのですが……)

(というよりも、コレはこの部分で一旦魔力を集めて効良く使える様にしてるみたいね)

(そうですね……ちょっと待って下さい。ここから伸びているのは……なんですか⁉︎ これだと供給口が他にも……)

(あーそれはさっきミリーがやってた本人認証がここに来るのかー)

(……これだと魔力切れを待って、状態保存の魔術を無効にして回避するは無理ですね。よく考えられています……)


 どの位時間が経ったのでしょうか。二人して夢中になって解読をしていましたら、痺れを切らしたアンナとイザベラから、早くその中を見せろとせつかされました。


(……そろそろ中身を見たいんじゃが……)

(そのムズカシイのは後にしない?)


 わたしとしてはこれに何が書かれているかよりも、この初めて見る術式の方が重要なのですが、確かに多少気になるのもあります。一先ず詳しい解析は後に回して読み進めることにしました。


 表紙と思われる羊皮紙をどかして次の羊皮紙をひっくり返すと文字が見えてきました。もちろん古い言葉で書かれています。


(この字は男の方の書き文字ですね……。どれどれ……)

(───あっ!)


 早速読もうとしたらアンナが叫びました。


(なんですか。うるさいですね)

(その文字に触ったらいかん!)


 何を馬鹿なことを思いながら、普段文字を読む際にわざわざ指でなぞりながら読む癖はないのですが、そういわれてしまうと敢えてやりたくなるものです。


(こうですか? ……えっ⁉︎)

(あ───!)


 途端に魔力がゾワリと吸われ、目の前に光の塊が浮かび上がりました。そしてその中に人影らしきものが見えるのですが、よく目を凝らして見てみると、それは不鮮明ながらも半裸の男性でした。


(ギャー! 見るな見るなー‼︎)

(なんですかこれ?)

(ナニナニ?)

(あらまぁ……)


 アンナの反応を見るに知っている者の様です。アリシアが面白がって騒ぐアンナを黙らせて聞き出しました。


(……若気の至りじゃよ……)


 当時、魔術を仕込んだ羊皮紙に、恋文と共に自身の肖像画を浮かび上がらせるのを相手に贈るのが流行っていたそうです。


(これ、ラミさまだって)


 ……アンナさま、筋骨隆々で無骨な殿方が好みだったのですね……。


 わたしは眉を顰めながらそれを見ていたのですが、イザベラはそこに書かれている文や浮かび上がったモノに興味津々の様で興奮しきりです。しかしわたしとアリシアが注目しているのはその技術。二人は放置し確認作業に入ります。


(これは裏面に魔術が仕込んであるのですかね?)

(コレかな? 見たことない術式だね? ただの模様かと思った)


 ひっくり返して検証に夢中になっていると、アンナがもう勘弁してくれと懇願して来ました。しかしここで終える訳には行きません。


(まだまだ知らない魔術があるかも知れません)

(ここで終えたら研究者の名が廃る!)

(もっと読みたいわ〜)


  中でもイザベラが乗り気です。三対一で続行が決定しました。


 騒ぐアンナを二人に抑えてもらいながら次々に羊皮紙をめくって行くのですが、どれもむせ返る様な甘ったるい文言と厳つい男の絵面ばかりが浮かび上がるだけで、見ていて胸焼けがしそうになりました。しかしそれも程なく終わります。


(ラミさまが書いていらっしゃるのはここまでの様ですね)


 三分の一程で違う者が書いた文へと変わりました。


(もうダメじゃ! ほんとーに、これ以上は読むなー‼︎ 勘弁しておくれー!)


 続く書き手はおおよそ知れました。読み進めるつもりではありますが一応確認は取っておきましょう。


(イザベラさま、アリシア。ここから先は今まで以上にキツイ内容となると思われますが如何致しますか?)

(もちろん続行で! 中途半端はいけないよね!)

(さぁ! 焦らさないで早くめくって!)


 もちろん当人の意見は無視です。


(では、行きまーす!)

(───‼︎)

 

 アンナの声にならない叫び声が聞こえて来ると共に、浮かび上がって来たのは予想通り女性の姿。


 ……こちらも半裸ですね……。


 伝えられている凛々しい姿の肖像画よりも、どこか優しげで柔らかな雰囲気を持った女性です。


 そこに書かれている文は、先程の物と負けずとも劣らずダダ甘でした。読んでいるだけで渋いお茶が欲しくなりました。

 しかしそんなものでもイザベラに取っては大好物らしく、時折聞こえるその歓喜からしてとても満足している様子が伺えます。良かったですね。

 

 そんな物がまた三分の一程続きました。


(ここまで読んでいても、他に目新しい魔術はありませんでしたね……)

(ねえ、これって、ただのラブレターをまとめてただけ?)


 わたし達にとっては立体映像の仕組み以外、興味が惹かれる点はありませんでしたが、折角ですから残りの三分の一程の術式らしき模様の入っていない羊皮紙も確認します。


(ここから先は特に何も浮かび上がりませんね)


 ただ文章が書き記してあるだけでした。


 読み進めた所、その内容はラミが亡くなったことだとか子供達がどうしたとか、隣国との争いをどうするのだとか、覚え書きというか散文的な日記の様な物でした。オババについての表記も少し確認出来ます。


 そして最後に「永遠の想いと共に、ここへラミを祀らん。願わくは再びまみえんことを」と結ばれていました。


 読み終えてアリシアと共に頭を捻ります。


(最後のはなんですかね?)

(サァー?)


 ならば当人に聞くまでです。


(アンナさま、アンナさま。もう大丈夫ですか? お聞きしたいことが御座います。これ、ここの最後の文について何か覚えは御座いませんか?)

(……うぅ……)


 悶え苦しみ、だいぶ消耗し切った様ですがまだ意識はありました。わたしの呼びかけに反応しています。


(ほら! しっかりして下さいな!)

(……あぁ、すまん。だいぶ苦い想い出を思い出させられたわ……。そうじゃ、これは見ての通りラミとの想い出をまとめておいたものじゃ……)


 恥ずかしさはもう乗り越えられた様で、堂々とラミとの甘酸っぱいというよりもクドイ想い出と共にその時のことを話してくれました。


 全体の三分のニ程は互いに贈り合った恋文なのだそうで、残りの三分の一は重要な出来事をその都度書き残していた物なのだそうです。


(……それでオババにな、ラミの願いを叶えてほしいと頼んだ結果、誓を立てると共にそれに魔術を掛けて今に至るんじゃ……)


 ───それです!

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