其の85 予想外の者
わたしは何もハィディのことを懲らしめに来た訳ではありません。頼みごとをしに来ただけです。
確かに今回の件に対してその要因は彼女にあったかも知れませんが、それをいうならば元を正せばアンナのせいです。彼女に関しては今でも恨みは尽きませんけどね。
しかしアリシアが亡くなった直接的な原因は彼女にないのは確かで、彼女に恨み言をいうのはお門違い。恨むべき対象は他にいます。
……わたしはただ、例の革の塊を改めて確認したくてその交渉に来ただけですのに、何故この様なことになってしまっているのでしょうか……。
室内では、怒りを露わに今にも剣を振り下ろさんとするレイ。それ必死な形相で止めているわたし。いざその時となったらみっともなくも叫びながら逃げ出そうして椅子の上で暴れているハイディ。それを笑いながら抑え付けているミーシャ。
部屋の中は正に阿鼻叫喚の地獄図絵。
……これは処置なしですね……。
収拾がつかなくなり面倒になってきましたから、これは一旦周りの者を全て黙らせてしまおうと、腰に手をやり鞭を取り出したのですが、その途端、申し合わせたかの様に突然室内に複数の者が雪崩れ込んで来ました。
思わず敵襲かと思い、反撃の体制を取りましたが侵入者の顔を見て慌ててそれを止めます。
『おやめ下さい!』
……驚かさないで下さい。危うく攻撃する所でしたよ……。
わたしの知らない間にレイの他にも護衛が付いていた様です。この惨状を見兼ねて入って来たのは見知った寮友達でした。みな血相を変えそのままわたし達を羽交い締めにしました。
「落ち着いて下さい! これ以上はなりません!」
乱入して来た彼女達のお陰でこの場は一先ず収まりました。
……お世話をお掛け致しました……。
「では、我々はこれで」
沈静化したと見ると、彼女達は通常任務に戻るのだと直ぐに部屋を出て行きました。後にはわたし達四人が部屋に残されたのですが、この状況に一番驚いていたのはハイディです。
「……あ、貴女方は一体何なのですか……」
震えながらわたしのことを見るその目は、何か恐ろしい獣でも見ているかの様に怯えていました。
……失礼しちゃいますね……。
「申し訳御座いません。今、多少周りがゴタゴタしておりまして、みな神経質になっているのですよ。お気になさらずに。それよりもハイディ先生、落ち着きましたか? わたしがここへ来た目的はご存知で?」
「……えっ⁉︎ ……わたくしを直接始末しに来たのでは……」
未だ怯えているハイディから視線を外すと、ミーシャを睨み付けます。
「いや〜……ごめんなさい。昨日は話しにならなくって……」
騒ぐ彼女を抑え込むのに精一杯だったそうです。
「ふぅ……、仕方がありませんね。別段わたしがハイディ先生をどうこうする気は毛頭ありませんよ。用がありますのは……」
やっと落ち着いて話しが出来ました。
しかし落ち着きを取り戻してしまったハイディから、革の塊を貰い受けるのにはとても苦労しました。あのまま強引に話しを進めておけば良かったと、今になって後悔しています。
「駄目です! あれはとても重要な物なのですよ! 例えこの命に変えましても!」
「そうは仰られましても、先生にとっては現状では何の役にも立たない物でしょう?」
「そうであっても重要な研究対象には変わりません!」
盲目的な研究者に対して理屈は通用しません。わたしもその端くれですから気持ちはわかります。なので暫く問答をした後に交換条件を出しました。
「……そういえば例の術具の廃棄の際、以前お渡しした年代測定の術具もそれに巻き込まれてしまったとか……残念ですね」
「───え⁉︎」
思った通り良い反応です。
あの時の研究は実機に図面はもちろんのこと、それに関連する物は全て破棄されてしまったと聞きます。その中に製作者自身も含まれていたのですが。
年代測定の術具も、残魔術具の研究から生まれた物でしたので例外にはなりませんでした。これにはハイディも困ったことでしょう。
「……その話しを持ち出して来たということは……その……なんとかなるのでしょうか……」
「えぇ。作ること自体は造作もありませんよ。ただ公に使用出来る体制になるまでには、まだ少々掛かるかと思われますが、それも時間の問題でしょう」
それを聞き暫く悩んでいましたが、今後の研究の幅が広がる方に大きく天秤が傾いた様子で、上げた顔は晴れやかなものでした。
「わかりました。協力致しましょう」
「ご理解頂けた様で助かります」
なんとか無事に革の塊を入手出来、ハイディとも笑顔で別れられました。
……餌で釣ったお陰で、昨日の仕打ちについてはうやむやに出来ましたね……。
「宜しいですか? お二人共。もう少し後先のことを考えて行動してくれませんと、周りの被害が大き過ぎて困ります。常に周囲の影響を踏まえた上で……」
アリシアは亡くなってしまいましたので、もう以前の様に勝手に暴走をすることが出来なくなりましたから、その手の心配事はなくなるかと思っていたのですが……どうしてこうもわたしの周りの者達は暴走しがちの者達ばかりなのでしょうね。
これでは気苦労が絶えません。
今後のことを踏まえ、道々二人に説教をしながら寮へと戻っていたのですが、その途中で突然横から声を掛けられました。
「ミリー、お話し中に失礼致します。前方から人が……」
わざと姿を見せずに声を掛けて来たのですから、護衛の者なのでしょう。
普段でしたら、ここは直ぐに詳しいことを彼女に問いただし、厄介事だと判断したら免れる為にも直ぐにも進路を変える所でしたが今は違いました。
レイ達に説教中の為、頭に血が昇っていたのでしょうか。確かに気もだいぶ大きくなっていました。またその忠告自体も強く回避を促す為でなかったのもあります。
「有難う存じます。ですが、それはわたしがお会いしては困る方なのでしょうか? そんな者がここにいらっしゃると? そうでなければわたしは構いません。このまま進みます」
「……畏まりました」
その一言だけ残すと彼女の気配は消え、直ぐにも前方からやってくる集団の足音がしました。
思わずレイが警戒して腰の剣に手をやりましたがそれを制します。
「ここは学園内です。いきなりわたし達に危害を加えようとする不届き者などいないはずです。心配ありません。堂々としていましょう」
そういいながら歩みを進めたのですが、曲がり角から現れた者達の姿を見て、ほんの数ヶ月前にわたしとアリシアが倒壊に巻き込まれて酷い目に遭ったことを思い出し後悔をしました。
……油断していました……忠告は素直に受け取るべきでしたね……。




