其の83 寮に戻る理由
揺れる馬車の中、外を眺めて通り過ぎる人々を眺めているのですが……。
……やはり色や大きさなどは違えど、みんなに見えますね……。
寝台から起きれる様になった途端、わたしに変化が起きていました。それはお医者から許可が出て、いつもの眼鏡を久々に掛けた時のことです。
「あら? 何か変なモノが見えますね?」
すぐに頭の中の者達にも聞いたのですが、みんなには特に何も変わったモノは見えないとのことでした。
眼鏡を外すとそれが見えなくなるのですが、眼鏡を通して人を見ると、明らかにその者の周りがボワっとしたモノで覆われており、しかもソレが少しづつ上へと昇っているのです。
またその色も、カーティス家の家の中にいる者の内、お医者以外はみな同じ色で、上へと昇っているのはお医者も変わりません。
アリシアと相談して色々と考えた結果、それは当人の持つ魔力ではないかと結論付けました。カーティス家の者達は、みんなわたしの気色である桃色を纏っていましたからね。
(ほら、その眼鏡って状態保存の魔術が掛かっているでしょ? アレって前にもいったけど、こことは異なる位相空間にモノを置く様なものだから、そこと同じ階層にある魔力が見えるようになったんじゃないのかな?)
(しかし、この眼鏡は以前から使用していたものですが、何故いきなり見える様になったのでしょうね?)
(う〜ん……。ミリーの中にアタシが入ったことで、元々ミリーの魔力と同様なモノが増えたから、アンナさまとの親和性がより高くなって見える様になったんじゃない? アンナさまって、この国そのものみたいなモノなんでしょ?)
その件についてはアンナさまに聞いてみても(ワシにはよくわからん……)としかいいませんでした。
結果として、推測の域を出ませんでしたので次に行うことは検証です。
ある程度の検体が集まれば答えを導き出し易くなりますから、その為に一度寮に戻ろうと思うのです。あそこには検証にうってつけの者が揃っていますからね。それと併せて確認したいことがもう一つありましたし、これからの活動に向けて、一度寮に戻って支度をしなければならないこともあるのです。
「……で、コレが彼等から上がって来た報告書ですか?」
「はい。彼等は腐ったりせず、思ったよりも精力的に頑張っていますよ」
わたしの寝台の横に、タレスとナイデイック達にやらせている資料室の地下ある未整理書庫の調査結果報告の第一陣が積み上げられました。
日々埃にまみれて頑張っている様で、その報告書の量からも努力の結果が見て取れます。
彼等に探させているのはわたしに掛かっているこの呪い。オババがアンナに施した知識を蓄え続ける為の魔術についてです。
「……流石に直ぐには見つかりませんね……」
漠然とした支持でしたから仕方がありません。彼等には「古の魔術で蓄積に関するモノ」を片っ端から探し出し、見つけ次第それを報告する様申し付けているのでした。
「ミリーは具体的にどんな魔術を探しているのですか?」
彼女は寮友で、タレス達に付けた監査役件お守りの担当になります。ゼミット国に出自がある為、他の者に比べて現状ではあまり忙しくなく、古語や史学に詳しいのでうってつけでしたから彼等にあてがいました。我が寮に於ける数少ないハイディの受講生でもあります。
「そういえば、ミーシャにはまだ詳しいことは伝えていませんでしたね……」
暗にわたしがそうであることは伏せながらも、黒髪の乙女について、世間で知られている範囲のことを説明した所、彼女はそれだけである程度理解を示してくれました。聡い娘ですね。
「なるほど。要は、その元となった魔術、若しくはそれに類推される物を見つけ出し、ミリーの正当性を顕著にする為なのですね?」
……目を輝かせている彼女には悪いですが、わたしの本当の目的はサッサとアンナを放り出したいだけなのですけれどもね。
「その様に捉えてもらっても結構なのですが、いかんせん古い魔術になりますので、これが中々見つからないのですよ……」
彼等が調べてくれた物を彼女と一緒に読んでいると、突然彼女が「そういえば……」以前それとは違うかもしれないが、ずいぶんと古い魔術の掛けられた物を目にしたことがあるといい出しました。
「それはなんですか?」
「以前ハイディ先生が、コレはかなり古い物だと、嬉しそうに革の塊を講義で紹介したことがありまして……」
そういえばありました。今回の騒動の元ともなったといってもよい、アンナがラミから貰った革で出来た覚書の様な物の纏めた塊。中身を見るにはアンナ本人でないと開けない魔術も掛けられているらしく、未だ正体は不明です。
それでしたらわたしも知っていますといい掛けて少し考えました。
……そういえば、今のわたしはアンナと魔力的にだいぶ近付いているということですから、もしかしたら……。
今ならばアレを分解して中身を見ることが出来るかも知れません。アンナが本気で忘れているのか惚けているのかは知りませんが、その中身については何が書かれているのかはわからないのです。今更ですが気になりますし、そもそも魔力量の消費を抑える魔術や本人指定の鍵など、今では失われた魔術が使われているのですから、その魔術の術式自体にも非常に興味がそそられます。現在探している目的の魔術とは違いますが、これから本格的に忙しくなる前に、身体を慣らしがてら今の内に確認しておくのも悪くありませんね。
「ミーシャ、良いことに気付きましたね。今その革の塊はハイディ先生がお持ちでしょうか?」
「……そうですね。恐らくまだ所有しているかと思いますよ。確認しておきますか?」
「お願いします。近々わたしは学園に赴きますので、その際それを確認させて頂くと、ハイディ先生に連絡をお願い出来ますか?」
「承りました」
「では、詳しい日時は後程」
その確認作業も含めて学園に戻るのです。
寮の前で馬車を降りると、門の向こう側には寮監であるデリアを筆頭に、調査の為に出ている者以外の全ての寮生達が揃っており、わたしの帰りを待っていました。
『お帰りなさいませ。ミリセント嬢』
これが以前のわたしでしたら、こそばゆくなり逃げ出したくなる所でしたが流石にもう慣れました。
軽く手を上げ挨拶をします。
「みなさま。ご心配をお掛けしました。お陰様で、この通り無事戻って来ることが叶いました」
わたしの杖を突く姿を見て、痛々しそうに眉を顰める者もいます。
「これまでのみなさまのご助力には感謝の念に耐えません。全てが終わってから必ず報いることを誓いましょう。その為にも今一つお力添えをお願い致します」
頼んでもいないのに勝手に祭り上げられている気がしてなりませんが、望むと望まざるに拘わらず、最早そんなことをいっていられない段階まで来てしまっているのは十分に理解しています。ならば潔く腹を括ってこのまま突き進むしかありません。
「我々の活動はまだ始まったばかりです。この現状を是正し打破すべく、もうこれ以上一人として脱落者を出すことなく、更に一丸となり邁進して行きましょう! 決戦の時は間近です!」
方々から啜り泣く声と共に歓声が上がりました。
……わたしも随分と毒されたものですね……。
この状況に照れるどころか満足して酔ってしまっている自分がいます。普段ですと、ここらで茶々を入れてくるアリシアが黙っているのもその要因の一つでしょうか。
フワフワとした気持ちのまま、みんなに促され寮内へと入ります。
……しかしいくら格好付けた所で、わたしはわたしですね……。
その後は寮へ入るや否や、暫く供給していなかった寮の各所の魔石に魔力を込める作業に追われ、結局夜遅くまで掛かり、その日は他には何も出来ず、久々の自室に戻ると直ぐさま寝台に倒れ込み寝てしまいました。
……やっぱりわたしには譲渡師あたりがお似合いですよね……。




