其の80 気の休まらない報告
何かあった時のための予防対策も施しました。後は一刻も早く身体を治すことに専念をするのでしたが、一月程の間寝たきりでしたので色々と弊害もありました。
健診な介護のお陰で床ずれもなく、また感染症なども起きずに術後の経過は順調でしたが、目が覚めた後の食事には閉口しました。
「さぁっ! ゆっくり沢山食べて早くよくなりな!」
カーティス家の料理人、ナディアが張り切って用意してくれたのは重湯。「お腹が驚いちゃって危ないからね!」仕方がないとはいえ、これを食事と呼ぶのはいかがなものかと……普通の食事を切に恋しく思います。
(光の魔法で、胃腸や内臓の保護とか促進は出来ないのですか?)
(出来るけど、骨が付くのが遅くなっても構わない?)
(……骨を優先でお願いします……)
何も出来ない時の唯一の楽しみは食事ですのに、それを奪われてしまっては生きる気力もなくなります。俄然わたしにこの様な仕打ちをした者への恨みが強くなって来ました。……もちろんアリシアを召した次にですがね。
しかし寝台の上で身体を動かすことは出来ませんが、ただ恨み言をいっているだけでもありません。日々の検査はありますし、各所から報告も上がって来ますから、これが案外と忙しいのです。
……しかしこれって、わたしが聞く必要があるのですかね?
「現在西部戦線ではニカミ国がやや劣勢。ラャキ国はやや優勢。ラミ王国から秘密裏に運ばれている援助物資は共に三日後到着とのこと」
「ゼミット国とルトア王国の使者が極秘裏にパンラ王国の者と会談予定との旨がパンラ王国側の諜報員より報告あり。尚、ラミ王国側の手の者によるとその会談は行われることなく事前に潰してしまう模様」
「現在鉱物魔石の流通不足により、商業組合からの突き上げがありラミ王国側の開戦論者に動き有り。ただし未だミリーの復帰が叶わない状況につき、現在の膠着状態を維持すべく、各国の工作員が活動中。来月頭には現状に戻っているかと思われます」
……ここは戦略室か何かですか?
顔見知りの寮友達が代わる代わる現れ、わたしの無事な姿を見ると一瞬ニコリと微笑むのですが、直ぐにも真面目な顔になり、上官に報告をするかの様に語り始めます。
……しかしこの娘がアソコの国で、先程のあの娘がソッチの国の者なのでしたか……。
みんなの意外な一面を見せられながら、これでよくぞ今まで寮内で騒動が起きなかったものだと感心しつつ、粛々と報告を受けます。
「報告有難う存じます。ではお身体に気をつけながら任務を遂行して下さい」
「はっ!」
決まり文句で報告を聞き流すのが日課になっていましたが、今日の報告は聞き流せませんでした。
「昨夜遅くに柳緑寮に侵入者あり。ラミ王国の者と判明。但し同国諜報員達に確認を取った所、組織の者に非ずとのことでした。ご命令通り即時始末はせず、武装解除に止め現在縛り上げて隔離中。対応指示を求むとのことです」
「またですか……」
実はアリシアの葬儀については内々で秘密裏に済ませていて、現在までその生死は不明にしてあります。その方が何かと都合が良いからです。
あの時、アリシアの惨状を目にした者は多くいましたが殆どが寮内の者でした。その為、マリアンナ達の考えで、わたしの身の安全も考えた上で口裏を合わせています。
何せアリシアが生きているかも知れないという情報だけでも武器になります。
特にルトア王国にはアラクスルがいますので、彼女の生死を盾にし、そのまま何方側にも着かず、動かないでいてもらう様に仕向けているのです。ルトア王国だけに限りませんが、各国の諜報員達同士で都合を付け上手いこと誘導・調整しているそうです。
……もし彼がアリシアの死を知れば、いきなりラミ王国に反旗を翻して攻め込んで来るかも知れませんしね。
それがあってか、我が寮やここカーティス家にはわたし達の安否確認の為の間者がたまに送り込まれて来ていたのですが、初めはその都度彼女達が見つけ次第始末し、わたしには事後報告でした。しかしそれを辞めさせて、逆にこちら側に寝返らせるか、泳がせて情報を操作する方向に変更させました。
……使える者を潰してしまうのは勿体無いですからね。
「それで、その侵入者についてもう少し詳しいことは御座いますか?」
その者が学園内の者でしたら前者か処分。それ以外の者でしたら後者か処分が最近の流れになります。
「はい。目的はアリシア・ミリセント両名の状況確認とのことでした。学園内の者で男性。タイの色から現在二学年かと思われます。その見た目は以前寮内の食堂にやって来た二名の男子学生の内、タレス・クレインに酷似しているとのことです」
「───え? それは本人なのでは……」
「当人である確定を得ていませんからあくまで酷似している範囲内です。確定を求めるのでしたら、安全の為にもこれから首実験を行いますか?」
───首を切るのはお辞め下さい!
……確かに情報の精度は命ですから、安易に憶測で語らない姿勢は立派なものですけれども、もう少しこう融通が効いても良いのではないでしょうか……。
「すぐに寮内におけるタレスの顔を知る者三名を選出の上、本人確認を行なって下さい。それまで手出し無用!」
「はっ!」
しかして彼はタレス本人でした。
レイを含む監査達に囲まれて、今わたしの目の前に来ています。
「ミリセント先生! ご無事で!」
「勝手に喋るな!」
殺気の籠ったレイの剣が彼の喉元に据え置かれ、彼は顔を青くしその場に座り込んでしまいました。
「レイ、大丈夫です。剣をお納め下さい。タレス、久しぶりですね。お元気でしたか? もうお話ししても大丈夫ですよ。ただ、見ての通り今のわたしはここから動けませんので、彼女達を刺激しない様、その場を動かないでくれると助かります」
「……申し訳御座いません。ここまで状況がひっ迫しているとは……」
タレスが、自分の周りに配置されている緊張感のある彼女達を見回して震えています。
「しかし、貴方は何故、こんな忍び込む様な真似を? ……どこまでご存知なのですか?」
わたしとアリシアが共に命を狙われていること。そんな中、魔工学の講義棟が倒壊し、そこにわたし達が巻き込まれたかも知れないとの噂を聞いた。ことまででした。
……さて、どうしましょうか……。
先生方の為なら何にも置いて駆け付けます! お困りでしたら是非とも力になりたい! と、熱い目で語っていますが、今正に貴方がここにいることで困っているのですよ。
その前向きで義に厚い姿勢は若者らしく好感が持てるのですが、中途半端に首を突っ込まれてしまっては邪魔になるだけです。やもすると面倒事を呼び込む原因にもなりかねませんので、扱いには留意致しませんとわたし達が被害を被ってしまいます。
「申し訳ありませんが、アリシアは事情があって暫く会えません……」
「お怪我が酷いのですか?」
「諸々の事情がありますので明言は避けます。それより貴方は秘密を守れますか?」
「はい!」
……反射で答える者ほど当てにならないものですけどもね……。
彼もわたしという存在を知っている一人です。一言付け加えておけば大丈夫でしょう。
「ではお話ししますが、貴方から漏れたとわかった時には、死を望む程に苦しい目に遭うかも知れません。宜しいですね?」
「……はい……」
「では、心して聞く様に」
とはいえ全てを話すことは出来ません。しかしある程度の情報を開示するだけでも、それに特別感を持たせれば、聞いた者を優越感に浸らせることが出来てその気にさせ易いものです。特に若い子は。ここは上手く使いましょう。
「……その様な訳で、今国内の情勢は逼迫しております。これは必要ないことに思えても貴方の働き一つで優劣を左右するかも知れません。この件についてはわたしの生徒である貴方にしか出来ないことなのです。宜しく頼みましたよ」
「はい!」
彼は彼女達の様に専門の教育を受けている訳でも無い、ただの上級貴族のお坊ちゃんです。下手なことはさせられません。かといって目を離していると何を仕出かすかも知れませんから、手綱を付けておく為にも仕事を与えておきましょう。
「古語に明るい者を付けておきますので、共に活動し、報告は彼女にお願いしますね」
本来わたしが自分でやりたいことなのですが、今のわたしにはそれをやれる時間も身体もありません。
彼には資料室の最下層にある未整理書庫の中から、わたしに掛かった呪いに関する記述を探してもらいましょう。それにあそこにいれば世俗からは物理的にも離されますからちょうど良い。彼の身の安全も確保出来ます。
わたしの利益にもなり、厄介払いも出来るのです。これは正に一石二鳥。良い考えだと自画自賛していたのでしたが、そうは思い通りにはいきませんでした。
「え? また侵入者ですか?」
もう一人の生徒であるナイディックも寮に侵入し、捕まったとの報告が入ります。
「……上手いこと諭して、彼もタレスと同じ処置にして下さい……」
……全く、男共は落ち着きがないですね……。




