其の78 紛争
……えっ~と。今、わたしは何の話しをしていたのでしたっけ?
横暴な国家権力に対し、どう対処するか考えていた筈でしたが、話しが飛躍してきて困ってしまいました。
しかも、今はそんなことは関係ないのでは? などと、とてもいい出せる雰囲気ではありません。両人の目は真剣そのものです。
「……申し訳御座いませんが、現在の国際情勢を踏まえた上で、浅学なわたし目にわかりやすく噛み砕いて説明して頂けると助かるのですが……」
現在、パンラ王国はラハス王国を制圧した流れで、飛ぶ鳥の勢いでそのまま隣接するニカミ国、ラャキ国、ゼミット国の三カ国に対し、そこに連なる鉱物魔石の鉱山採掘権利の無条件譲渡を求めて来たのだそうです。
パンラ王国側のいい分としては、「かの鉱脈は我が領地にも被っている。このまま無秩序に採掘すればいずれ枯れてしまうであろう。なので我々が管理すべきだ」といった横暴なものでした。
「最近まで、全く見向きもされていない鉱山だったんですけどねぇ……」
昨今は魔工学の発展が著しく、ラミ王国以外の諸国でもそれが広がるにつけ、需要は高まっているとのことです。
現在、宣戦布告がなされたり直接的に大きな武力衝突起きてはいないものの、小さな小競り合いは方々で頻繁に起きているとのことで、三カ国はラミ王国に対し、諸々の援助、具体的には資金や物資の提供、ルトア王国の派兵や調停……などを求めているのですが、ラミ王国側の公式見解としては「我が国自身がパンラ王国と直接ことを構えている訳ではない故、必要以上に荒立てることはしない」と、無関係を貫く姿勢です。
「恐らく、狙いは漁夫の利ですね」
大国のパンラ王国ですから、例え三カ国同時であっても相手は小国。勝算は十分にあったのですが、ラミ王国が表立っではなく裏に回って資金や物資を少しずつ援助し、小競り合いによる拮抗状態を作り出しているとのことです。
この後で共に疲弊した頃を見計らい、そこで初めてルトア王国を動かし、先ずは旧ラハス王国の領土を奪取。その後でパンラ王国の領土を抑え、ゆくゆくはこの一帯の全てを……という青写真を描いているとの各諜報員達の見解でした。それだけの武力がルトア王国にあり、資金や物資をラミ王国は持つのだと試算されています。
「その上で、現在ラミ王国は帰路に立たされています」
「その三カ国ではなく、この国のがですか?」
マリアンヌの言葉に色々と驚いて目を白黒とさせていると、フランツィスカが笑いながら続けます。
「フフフ……。見限られたというのが正しいのでしょうか……」
このままラミ王国の思惑通りにことが進もうが失敗しようとも、ラミ王国は大した損害はないが、三カ国は取り返しの付かない程の損害を被ります。
「そうならない為には、どうすればよいと思われますか?」
現在、様々な意見が上がっている様です。
大きく分けて、徹底抗戦の構えか、例え属国になろうともこれ以上被害を広げない様に白旗を上げてしまおうとする二つに分かれますが、後者の意見は主に山深く人口の少ないゼミット国から多く見られるそうです。
徹底抗戦論者の中でも様々な意見が出ているのですが、如何にラミ王国を早い内に参戦させるか、いや、その後のことがあるから絞るだけ搾り取り我々だけでの決着を望む。等々……。
その中でも、既に三カ国で同盟を結んでいるのとかわらないのだから、そこにルトア王国を含めて四ヶ国同盟を結び、パンラ王国、ラミ王国の各方面に徹底抗戦しようとする意見、パンラ王国と手を組みラミ王国を……等々。色々と物騒な意見も上がっていました。
「わたしが寝ている間に、随分と物騒な世相になっていたのですね……」
この騒動、火種は以前から燻っていたそうですが、ここ一月程の間で加速度的に進み、諜報員達も大忙しだそうです。
しかしわからないことがあります。
「何故その様なことをわたしに? 話してしまっても宜しいのですか?」
彼女達がつらつらと話したことは、各国家の重要機密であることに間違いはないでしょう。如何にわたしが現体制に不満があるとはいえ、これでも一応ラミ王国の貴族子女です。一体、何が狙いなのでしょうか。
二人は顔を見合わせた後、一瞬哀しげな表情になりましたが直ぐに真面目な顔でわたしに向き「それもこれもアリシアが亡くなってしまったから」と。
アリシアとわたしの名前は諸外国にも轟いていたそうです。
「もちろん、魔法巧者でもある天才アリーだけでなく、ミリーもね」
そんな者ならば是非とも取り込みたいと思う国は数多くあったのですが、その価値を知りながらも惜しみなく消そうとしたラミ王国に対し、憎悪にも似た忌避感を覚えてしまった国が多く、今や同盟国であるルトア王国もまでもが考えを改め始めているとのこと。その為、現在ラミ王国は孤立無援の状況であるといっても過言ではないそうです。
「その様な考え方で動く国であるならば、例え同盟を組んだとしても、いつ背中から刺されるかわかったもんじゃありませんからね」
……フランツィスカの笑顔が怖いです。
わたし達の問題がここまで波及していたとは知りませんでした。申し訳なく思う気持ちが出て来てしまいますね。
「……しかし貴女方は、よくもまぁ他国のことまでご存じなのですね」
……流石諜報員といったところなのでしょうか? それとも彼女達だけが特別なのでしょうか?
不思議そうな顔をしているわたしに対し、マリアンヌがフランツィサカと顔を見合わせて笑っています。
「だって、柳緑寮は諜報員達の集まりだもの。情報交換には事欠かないわ」
「……え?」
「もちろんレイみたく違う者もいるけどね。初めはミリーだって、出身地からしてゼミット国の諜報員かと疑ってた程よ? あの寮は昔っからはみ出し者の集まりなのよ」
元平民のアリシア、没落貴族のレイチェル、わたしはいうに及ばず。寮監であるデリアも、かつては後ろ暗い仕事をしていて引退後に寮監に収まったとか。
……知りませんでした……ウチの寮がそんな伏魔殿みたいになっていたとは……。
次、みんなに会った時に普通の顔でいられるか自信がありません。
「そうなるとウチの寮には……」
「もちろん、ラミ王国の諜報員もいれば、パンラ王国もいますし、近隣諸国に於いて排出されていない国はないですね」
元よりその国出身の者もいれば現地で雇われた者もいて、出自は様々ですが、各国の諜報員揃い踏みとのことです。
「……素人考えで申し訳ないのですが……あの……その様な状況で……色々と大丈夫なのですか?」
わたしの知らない所で、自国の利益の為に夜な夜な血を血で洗う騒動が起きているのかも知れません。
「確かに昔はそんなこともあったと聞くけどね……」
年に数人は、いつの間にか寮からいなくなっていたことは普通だった様です。
「今は全くないかな」
マリアンヌの笑顔をそのまま鵜呑みにして良いものか考えてしまいます。
そんな訝しがっているわたしの表情を見て、二人は真面目な顔で『あなたのお陰よ』というと、そのまま二人揃って並び、しゃがんで片膝を付きながらわたしに対して深々とお辞儀をしてきました。
「全ては柳緑寮をまとめ上げてくれたミリセント・リモ様のお陰です。各々所属する国は違えども、忠誠を誓う者は貴女様のみ。他の者達を代表し、ここにマリアンナ・フォーゲル及びレイチェル・クラウゼが誓います。ご随意にお好きな道をお進み下さいませ。わたし共はそれに従い、その道を切り拓きます」
そして二人して顔を上げたのですが、その目付きはわたしがよく知る苦手なモノでした。
……うわぁ……。
「蒙昧な輩に今こそ鉄槌を落とすべきです! 混乱の記に現れるとされる黒髪の乙女、いや女神様! どうぞ我々をお導き下さい!」
……教の狂信者のそれと一緒ですね……。




