其の76 気付き
わたしが目覚めたと知ると、養父と養母は大騒ぎで彼方此方に連絡を取り、先ずは近くに控えてたのであろうお医者が慌ててやって来て、痛み止めの点滴を打ったり脈を測ったりと処置が始まりました。
その間わたしは痛みに耐えながらお医者に受け応えをするのが精一杯。やっと周りの状況に意識を移せた頃には痛み止めにやられて頭に薄らモヤが掛かっている状態です。
なので彼女達が部屋に入って来た時、一瞬誰かわからず思わず警戒して睨み付けてしまったのは仕方がないと思います。更に眼鏡を掛けていないのもありましたから。
慌ててその場で足を止める音がしました。驚かせてしまったようで申し訳御座いません。なにせあんな話しを聞いたばかりでしたしね。
「……ミ、ミリー?……」
「はい、そうです……。その声はレイでしょうか?……」
近くまで寄ってくれれば判別が付くのですが、今のわたしは動けません。
寝台の横に例の眼鏡はあるのですが「怪我に障るから魔力の消費する物は身に付けてはならない」お医者に止められています。
「……後で寮に戻って予備のを持って来ますね……」
「お手数をお掛け致します……」
お医者の話しは、先程イザベラに聞いた話しと同じものでしたが、来ていないこともありました。
「腕の方は半年程で骨も付くと思うが、足の方は……」
全治まで、最低でも年単位になるとのことです。しかも完全には治らないと。
それを聞いてレイチェル達は驚きの声を隠せませんでした。既に聞いているレニーとホルデは下を向いたまま黙って俯いている様子です。わたしはそれを聞き流しつつ、寝台に横たわり鮮明な視界のまま、周りの様子を伺っているしか出来ないでいましたが、突然頭の中のイザベラが話しかけて来ました。
(ミリーちゃん、もう落ち着いたかしら?)
(はい。ようやく)
(よかったわ。でね、さっきの話の続きなのだけど、アリーちゃんが来たことで、魔法が使える様になったの!)
(え? どういうことですか?)
アンナが居ると精霊が近寄らなくなり、かつての黒髪の乙女達も魔法が使えなくなったとの話しでしたが、それは確かにその通りでも、アンナのことを怖がって近付かなくなるのではなく、恐れ多くて近付けなかった様子です。詳しくはアリシアが説明してくれました。
(ほら、その例の状態保存の魔術もそうだけど、魔力って位相空間に関与するものじゃない? それで魔法を使えるわけだけど……それでね、今アタシが居るとこもミリーの中だけど、実際には少し違うズレた空間にいるみたいなのよねー。そして精霊達も同じ階層にいるみたい。なんでわかったかっていうと、ここに来てから精霊達と意思の疎通がし易くなったのよ。それで遠巻きにみてるもんだからなんでか聞いてみた)
ラミ王国の宗主であるアンナは実態のない今、この国の存在そのものみたいなもので、そこに住う精霊達にとっては敬うべき存在なのだそうです。とてもそんなに威厳がある様には思えませんが、本人? 当人達がそういうのであればそうなのでしょう。
(だからね、アタシがそんなことないよっていっていたらわかってくれて、ちゃんと精霊達が近づいてくれる様になったの!)
……相変わらずその適応力の高さは感心しますね……。
しかしこれは朗報です。ならばわたしも魔法が使える様になる! と喜んだのでしたが……。
(……あ……ゴメン。ミリーはムリかな……)
わたしはアンナとの親和性が高過ぎて、精霊に避けられてしまうのは変わらないそうです。
満身創痍になりながらも、少しは良いことが起きたと思ったらそうでなく落ち込んでいましたら(だからね、アタシ達は魔法を使えるのよ!)アリシアが嬉しそうにいうのに対し、イザベラも大きく頷いていいる雰囲気が伝わります。
(魔法が使えないミリーちゃんでも、色んな精霊さん達がいるのは知っているでしょ?)
有名なのは五大元素からなる精霊ですが、それ以外にも光や闇や雷やら色々いるのは授業で習っているので知ってはいます。わたしには縁がありませんが知識だけはあります。
(あたしが昔、教の治療院で働いていた時は、主に光の精霊で患者さん達に癒しを捧げていたものだけど……)
とはいえそれは怪我や病気などの症状を即座に治したり出来るものではなく、本人の身体の弱った部分に少し手を貸して手伝いをするもので、治療を促進させるだけのものだそうです。
(昔はね、どんなに頑張っても四半刻も持たなかったのだけどねぇ……)
今はわたしの中にいる為、魔力は使い放題。アリシアと共に昼夜を問わず行使すれば、あっという間に骨ぐらいは付くだろうと。しかしこの光の魔法も万能ではなく、促進を促す効果なので、体内にしこりが出来るといった所謂癌の様な症状には逆効果になってしまうとのことでした。
(フフフ、治療には光と闇の魔法の匙加減がコツなのよ)
昔取った杵柄だと誇らしげにしています。
ぬか喜びで抉られたわたしの心の傷は、それを聞いてあっという間に埋められました。
粉々になった膝の骨を接着して、固定する為にだと脚から生えている二本の金属棒を見ながら、一刻も早く治って欲しいと願いました。
(だからミリーちゃんの身体はコッチに任せて、沢山栄養になる物を食べて安静にしててね)
(そーそー。ソッチの問題はアタシ達じゃどーにもならないから、ガンバってね!)
───忘れてました!
わたしは命を狙われているのでした。
首だけ動かし周りの様子を伺うと、わたしの視線に気がついたホルデが、わたしの頬にそっと手を添えて語りかけて来ました。良くは見えませんが泣いている様に見えます。
「ミリセント、良くお聞き……」
棟の倒壊にアリシアと共に巻き込まれ、不幸にもアリシアは亡くなり、既に葬儀は終えて今に至る旨を気丈にも淡々と語ってくれました。わたしが生き残ったのは不幸中の幸いだと喜んでくれていますが、しかし安心は出来ないのだともいっています。
「彼女達から話しを聞いて、わたくも昔のツテを使って調べましたが……」
どうも妄言だともいえない様子だと、レニーも重々しく頷いています。
「貴女、何か思い当たる節は御座いまして?」
その言葉に暫し考えさせられました。
今この場にいるのはアリシアの養父に養母、レイチェルにマリアンナ、フランツィスカ。何も無条件にわたしの味方になってくれる方々です。
流石にわたしの頭の中にアリシアがいることまでは話さなくとも、アノことについて話すべきかどうか……口を開く前に脳内会議を開きます。
(緊急案件です! みなさん集合! ……そんな訳ですが、如何致しましょう?)
(お主の好きにせい)
アンナは面倒くさそうにぶっきら棒に答えました。
(ミリーちゃんを守ってもらうためにも、ちゃんといっておいた方がいいんじゃない?)
確かに、今の私は何も出来ません。安全の為に情報共有は必要ですね。
(他言無用だなんていっておいて黙ってたのに殺しにきたんだから、そんな約束守る必要なーし!)
実際に殺されてしまっているアリシアの言葉には重みがありますね。
わたしも戦場に於いては、頼りになる味方は多くあるのであればそれに越したことがないと思っています。無能な味方は敵より質が悪いですが。
(ではその方向で)
ゆっくりと目を開けると、首を動かしてみんなの顔を眺めた後に口を開きます。
「実は一つだけ御座います。ですがこれは王族案件として他言無用との名を受けておりまして……」
誰かからかはわかりませんが、ゴクリと生唾を飲む音が聞こえて来ました。
「わたしを含め、レイ達三人は家族子女とはいえど、叙爵している訳ではありませんからそこまで重く捉えずとも良いかとは思いますが、お養父さまとお養母さまは、それでもお聞きになりますか?」
わたしの問いに対し、少しばかりは考え込むかと思いましたが、直ぐにも笑い飛ばすかの様に答えが返って来ました。
「わたしが忠誠を誓ったのは先代の王であって現王でもこの国そのものではない。それに既にその方も鬼籍に入っている。既に引退をしている身でもあるし、我々のことは気にするな」
ホルデも大きく頷いている様に見えます。
「有難う存じます。では、順を追ってお話し致しますが、内容につきましては状況に即し、今の所は皆様方の胸の内に収めて置いて頂きたく存じます」




