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其の71 タレスとナイデイック

「姐上! そんなことを本気で仰っているのですか? それは国家の損失です!」

「タレス、お黙りなさい。お父上も参加している協議会で決まったことです。これは王命と知りなさい。貴方は口を挟める立場ではありません。身の程を知るのです」


 ……この姉には何をいっても無駄だ。目先のことしか見えていない……。


 退出の礼をすると乱暴に扉を開けて部屋を出た。


 如何に私が公爵家の子女であっても、爵位を賜っていない身では何者でもない。己の無力さを噛み締め、歩きながらどうすれば良いのか必死に頭を働かせた。






「ナイデイック、君の方はどうだった?」 

 

 彼は難しい顔をして首を横に振っている。


「……駄目か……」


 残魔術具による鑑定作業は限られた人数で秘密裏に行われた。


 我々は測定機を稼働させるだけでその内容は知らされていない。が……それを見た彼らの狼狽ぶりを見るに、その内容はおおよそ知れる。


 ……現政権にとって都合の悪いもばかりか……。

 

 そして長い時間を掛け全ての作業が終わった後、グレイラットを含む三人が王の御前に呼ばれたのだったが、その場で話された言葉に我が耳を疑った。


 ナイデイックと私は当然復唱しかねたが、ここは王の御前である。不敬に当たってしまうので異議など唱えられない。しかしグレイラットはその場で猛烈に抗議し抗った。その結果として、彼は今でも軟禁状態にある。

 しかし例えその実行力が伴わずとも、王へ直々に進言出来る者は限られる。そんな彼となんとか連絡を取ろうと画策しているのだったがこれが無理だった。


「君のツテであればと思ったのだがな」


 王道派といえば教の最大派閥。ナイデイックの家はその王道派の中でも発言力が著しい。しかしその王道派といえども一枚岩ではなく、彼の様に真摯にアリシア先生のことを初代女王アンナ様の生まれ変わりであり、その意志を引き継いでこの国を発展させていく存在であると信じて疑わない者達もいる。


 ……だが、黒髪の乙女であったとしたら、魔法の使えないミリセント先生の方が近いのかもと私は思うのだが……。


 それをナイデイックの前でいってしまうと、彼は、「元はアリシア先生も黒髪だった。今は違うだけだ。いずれ元に戻るかもしれない。そもそも君は彼女から、この世に在らざる神々しい波動を感じないのか? いいか? そもそもアンナ様は自ら剣を持ち前線で戦ったとされる。剣も魔法も優れている彼女こそ相応しいのだ!」云々……。

 

 長々とアリシア先生に対しての賛美を聞かされる羽目になるので余計なことはいわない。何れにしても大切な方々であるのには変わらないのだから。


「全く……頭の硬い老害どもめ……」


 忌々しそうにナイデイックが溢す。この場にはわたししかいないからこそ出てくる本心からの言葉だろう。


 それについては同意する。

 

 革新・発展よりも現政権の存続・現状維持を願った者達が多くいた為の結果がこれだ。さぞかし今の椅子は座り心地が良いのであろう。巻き込まれた方はたまったものではないが。

 

 この件については緘口令が引かれてはいるが、関係者はそれなりにいる。王道派の中でも特にアリシア先生本人を直に知っている若い連中の中には、今回の件について彼の様に意義を唱える者も少なくない。それを頼ったのだが難しい様だ。


 そうとなれば現状で動けるのは我々だけだ。


「それで、わざわざ呼び出したのだからには、他に何か進展があったのだろう?」

 

 軟禁はされていないものの、我々には常に監視の目が光っている。今もナイデイックと会っているのだってバレていることだろう。後で父から目玉を食らうことになるだろうが、そんなものを構っていられる状況ではない。

 

 彼女達と連絡を取らない様に講義室の鍵も取り上げられた。しかし彼女達の動向を探る為、毎日講義室に行っては無線機の術具の前に立たされ、交信を聞いている。もちろん監視付きでだ。そしてこちらの様子を怪しまれない様、たまに私も交信に混じらされる時もあるが、その際の文言も決められている。


 かつて音声の交信を始める前に、トンツーの音だけで文章を送る方法としてアリシア先生から二進の表を渡されたことがあったが、今こそそれを使うべきであろうと、監視の目を盗み危険を知らせるべく交信中の会話に混ぜ様としたのだったが、残念ながらそれは既に見破られていた。


「言葉を発すること以外は何もしてはならぬ。起動させた後、術具に触ることもだ」


 ……あの時は、ナイデイックやグレイラット様の裏切りを考える程に驚いたのだったが……。


 恐らくアラクスル辺りから漏れたのであろう。そうでなければもっと前から監視が付いていたのであろうか……そんなことは考えたくもない。


「で、それは良い知らせか?」


 今度は更に苦々しい顔で首を振った。


「彼女達は今正に命の危機に瀕している」

「何があった‼︎」

 

 王宮内には一般には知られていない秘密の部署が幾つかあるが、その中の一つに魔獣を飼育し操る者が所属する所があるそうだ。


「そこから大型の魔獣が複数頭、リモ領に向けて送られた」

「何? 魔獣だと?」


 聞けばその魔獣、例え一頭でも騎士団員が複数人掛かりで対処出来るかどうかという強さで、その部署の中でも持て余していた魔獣なのだそうだ。


「……そんなモノを領内に放つのか……」


 女性二人に対してなんと過剰過ぎることか。それにそんなモノが放たれてしまっては領民達もただでは済むまい。


 起こりうる凄惨な様子を想像して軽く吐き気がしてきた。


「奴らは、これを機会にリモ領も潰してしまおうとの算段らしい……」


 かの領はミリセント先生の実家があるが、そもそもは隣接するゼミット国の領土であり、かつて戦勝によって割譲された領地になるのだが、王都からも遠方であるし上がる税も少なく持て余しているという話しは聞き及んでいる。裏でゼミット国との話し合いが済んでいるのだろうか? そうでもなければその様な隣国にまで災害が及ぼされそうなモノを放つはずもあるまい。


 ……政とはなんとも残忍なものだ……。





 

 何も出来ない私は、まんじりともせずアリシア先生達の無事を祈りながら、定期交信を聞きつつ、ナイディックからの時報を待った。


「結論からして、先生方は無事だ……」


 吉報の筈であるのにナイデイックの顔は暗い。


「何故その様な顔をしている? 喜ばしいことではないか」

「……それがまた新たな問題を孕んでしまった……」

「何?」

 

 リモ領に放たれた魔術は六頭。その数を聞けばリモ領内のみならずゼミット国にまで多大な被害を及ぼさんことは明白だ。これは中々に残忍な計画であると唾を飲み込んだが、その続きを聞いて開いた口が塞がらなくなった。


「かの魔獣はリモ領内の山中にて全滅した。しかもそれに直接手を下したのは、ミリセント先生の支持の元、その弟妹達によってだそうだ。アリシア先生方は手出ししていないとのことだ」

「何⁉︎ ミリセント先生方ではなく、その弟妹達だけで仕留めたと?」


 ナイデイックがコクリと頷くり


「しかもその報告した者によると、危うげなく、まるで野鼠でも退治するかの様な振る舞いで、あっという間のことであったそうだ」


 伝聞であるし非常事態である。報告は誇張され話半分に聞いた方が良いのであろうが、ちょうどその間のアラクスルとの交信を思い出していたが、特に変わった様子が無かったことから察するに、先生方にとっては何でもなかった出来事なのだろう。そして領内でも、その魔獣の出現に対して特に騒いだ様子もなかったとのことだ。


「あの領内の者……いや、ミリセント先生のお身内の方は一筋縄ではいかない曲者揃いなのだな……今後、かの家やゼミット国とも付き合い方を考えなければならないかも知れない……」

「流石にあの領内でも、異常なのはお身内だけであると考えたいものですね」

「それだけでも十分問題であると思うが?」

『…………』


 じきにその弟妹達も学園に来ることになるのだ。二人とも、ミリセント先生の怖さを知っている者同士、いずれ訪れるのであろう騒動を想像して押し黙ってしまった。


 ……間違いなく、今回のこの騒動には絡まなくとも、今後我が国は、彼・彼女らによって混乱を招かれることになるのであろうな……。

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